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46:妹から婚約の報せ



 短い秋が終わり、冬が訪れました。


 ラズーは温暖な地域なので雪は降りませんが、朝晩はやはり冷えます。


 談話室や食堂など人が多く集まる場所には暖炉が設置されており、寒いときにはベリーと一緒に暖炉にあたりに行きました。

 ときどき暖炉の炎で串に刺したマシュマロを焼いたり、干しいもやスルメを炙っておやつにするのが密かな楽しみです。


 自室には暖炉が設置されていないので、大神殿にやって来てくださる御用聞きの商人さんから、小さな火鉢を購入しました。


 換気に気を付けなければなりませんが、お湯も沸かせるので重宝しております。おかげで朝の洗顔の水も温かくできますし、自室でお茶も入れられますから。

 火鉢を使えるのは冬場だけなので、お茶を入れられるのもその間だけなのですが、ラズーの素朴なお茶やティーカップも購入しました。

 わたくしのカップは薄紫色で、ベリーのカップが赤です。

 赤いカップでちびちびとお茶を飲むベリーはすごく可愛くて、見ているだけで和みますわ。


 冬場は温泉も今まで以上に極楽です。


 同じ見習い聖女の方々が『冬は保湿がとにかく大事!』と職員にリクエストしたそうで、今まであった化粧水やオイルの他に、保湿クリームが導入されました。

 保湿クリームの香りは常時三種類くらい用意されているのですが、若い娘たちばかりの脱衣場ではすぐになくなってしまうので、新品になる度に種類や香りが変わります。

 先週は薔薇とジャスミンとココナッツの三種類だったのが、今週はバニラとラベンダーとベルガモット、というふうに。

 わたくしはミルクが入った保湿クリームがお気に入りです。一ヶ月に一週くらいしか巡り会えませんけど。


 保湿といえば、ベリーが祈祷祭でわたくし用に買ってくださった、薄桃色の口紅のこと。


 ベリーは本当にわたくしに口紅を塗るのが好きらしく、毎日のように塗ってくださいます。

 合鍵を使って深夜のわたくしの部屋に忍んできたかと思えば、眠っているわたくしに口紅を塗って来ようとするので、とても困りましたが。寝る時用のリップクリームを買い、ベリーに持たせることで解決しました。


 とにかくそのお陰で、わたくしの唇は乾燥知らずの艶々プルプルになりましたわ。

 ベリー、ありがとう。


 治癒棟のお仕事は、現在患者の数が減っています。


 もともと治癒棟の患者は貴族や、ほかの地域の神殿では治せなかった重症者が多いのですが、雪で街道の状態が不安定なため、ラズーの地までやって来られないのです。

 わたくしも去年、大神殿に引っ越すのを春まで待ちましたもの。こればかりは仕方がありませんわね。

 逆に、町の小さな神殿のほうが風邪などの患者が集まって大忙しらしいです。


 また来年の春から忙しくなるので、今のうちにのんびりするようにと、所長のゼラ神官からお達しを受けました。

 なので最近は午後にも座学の授業を入れてもらったり、図書館で本を借りたりしています。

 雪が降らないので、いつも通り乗馬のレッスンも受けられるのも、ラズーの良いところですわ。





 今日はハクスリー公爵家から手紙が届いたので、談話室で読むことにしました。

 暖炉近くの二人掛けのソファーを選び、ベリーといっしょに腰かけます。ベリーは相変わらず猫のようにわたくしの肩に頭を擦り付けていました。


 メイドのリコリスからの手紙には、仲の良いご家族のことが書かれています。病気が治った弟のアルくんの様子に、わたくしも胸があたたかくなりました。


 護衛のハンスからは『今は詳細は言えないですが、ペトラお嬢様のために面白い仕込みをしてますぜ!』とのこと。何がなんやら、さっぱりですが、元気そうなのは伝わってきました。


 アーヴィンお従兄様からはハクスリー公爵家の様子について。

 そして異母妹のシャルロッテからの手紙にはーーー……。


「まぁ! グレイソン皇太子殿下との婚約が決まったのですね……!!」


 ゲームの展開では、悪役令嬢ペトラが十歳のときにグレイソン皇太子殿下と婚約を結んでいました。

 先月誕生日を迎えてわたくしも十歳になったので、ちょうど時期が一致しています。


 悪役令嬢ペトラとグレイソン皇太子殿下は、皇室とハクスリー公爵家の絆を深めるため、婚約を結びました。

 その後ペトラがグレイソン皇太子にどんどんのめり込んでいき、執着や束縛や酷くなっていくペトラに皇太子の心が離れていく……という流れでした。


 シャルロッテとグレイソン皇太子の婚約も、同じく政略的な意味合いが強いものでしょう。

 けれどシャルロッテが悪役令嬢ペトラのような相手の気持ちを考えない一方的な愛情を、皇太子に寄せたりするはずがありません。

 きっと二人の婚約は上手く行くでしょう。


「……どうしたの、ペトラ。なんだか嬉しそう」

「わたくしの妹が、皇太子殿下と婚約することになったのですわ」

「いもうと?? こーたいし?? こんにゃく????」


 聞いたことない言葉が多いね、とベリーは眉間にシワを寄せて悩んでいます。

 確かに蒟蒻はアスラダ皇国中を探しても見つからないでしょうねぇ。


 ご家族から引き離されて大神殿の最奥部で育てられた彼女には、もしかすると『普通の家庭』というものが分からないのかもしれません。

 男性と女性が結婚し、結ばれ、子供を生み育てるという『普通の家庭』。お父さんが居て、お母さんが居て、血を分けた兄弟と共に暮らす生活というものを。


「妹というのは、同じ両親から生まれた、自分よりも年下の女の子のことを言うのですよ。家族の一員のことです」


 片親が違う場合や、血の繋がらない場合もありますし、夫の妹が自分よりも年上というときも『義妹』と呼びますけど。今のベリーにはまだ必要な知識ではないと思うので、基本だけを説明しました。

 ベリーは「ふぅん」と頷きます。


「皇太子殿下は、次の皇帝になることを定められた人のことです。わたくしの妹はその方と将来結婚することを約束したのですわ。それが『婚約』です」

「ふーん。約束したんだ」


「良かったね」とベリーは呟きましたが、その声からは『もうこの話題に興味を失いました』という響きがありました。

 ベリーにはまだ少し難しい話題だったかもしれません。


 わたくしはまたシャルロッテからの手紙の続きを読み進めていきました。

 すると、驚くべき情報がもう一つもたらされました。


「『街道の雪が溶けて、暖かい季節になりましたら、グレイソン皇太子殿下との婚約を結ぶためにラズー大神殿へ参ります。ペトラお姉様に一年ぶりに会えることを、心から楽しみにしております』……。

 シャルロッテが、ラズーに……」


 アスラダ皇国の民の婚約や婚姻は、神殿に書類を提出し、神の名のもとに誓うことで結ばれます。

 平民や下位貴族などは町にある小さな神殿で行うのですが、皇族や高位貴族になると、わざわざラズーの大神殿まで足を運んで書類を提出に来ることが多いのです。そしてラズーは皇室ゆかりの地ですから、大神殿にグレイソン皇太子の婚約書を提出するのは当然というわけなのです。

 ……ただ、現皇帝陛下と皇后陛下のご婚約の際は、皇都にある神殿だったと聞きます。スケジュールの問題があったのかもしれません。


 シャルロッテの手紙を読み終わって、わたくしの胸のなかに湧いたのは、妹に会えるのが嬉しい、という気持ちだけでした。


 もちろんグレイソン皇太子に会うのは、悪役令嬢フラグ再発の可能性を感じて少々恐ろしいのですが。

 ……まぁ、わたくしがゲーム強制力に乗っ取られてグレイソン皇太子に不敬を行っても、どうせ『幽閉組』の皆さんの仲間になるだけですし!

 きっと、大丈夫ですわっ。


「……ねぇベリー、わたくしがもし『幽閉組』になっても、治癒棟に会いに来てくださいますか……?」

「治癒棟の地下牢? ペトラがそこで暮らすなら、私もそこに暮らしたいな」

「ふふ、心強いですわ」


 未来の『神託の大聖女』が味方してくださるのなら、きっと地下牢でも快適な住環境を用意してもらえそうですわね。


 わたくしは安心して、ベリーの髪を撫でました。


この4章でちびっ子編終了して、成長期に入ります。

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