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45:ラズー祈祷祭⑤

後半にラズー領主視点があります。



 一時間の休憩が終わり、また馬車や馬に乗ってパレード状態で大神殿へ戻ると、次は食事会です。


 大神殿の人間以外に、ラズー領主館を始めとした街の重鎮たちが参加するのですが、お昼から深夜まで開催されるただの飲み会のようです。

 わたくしやベリーはまだお酒は飲めませんから、食事をしたらすぐに退散する予定です。治癒棟にお祭りのお土産も届けたいですし。

 食事だけしてすぐに退席する神官聖女も一定数居るとマシュリナさんがおっしゃっていたので、わたくしたちが退席しても問題なさそうです。


 本堂の近くにある大広間が食事会の会場として用意されており、今日のためにテーブルや椅子がセッティングされていました。


 職員として忙しいマシュリナさんとは入り口で別れ、ベリーと空いたテーブルを探して会場内を歩いていると。

 パーシバル2世様と3世様にお会いしました。


「やぁ、ペトラ嬢! 久しぶりだね。その衣装、最高にきれいだよ」

「おひさしぶりです、ペトラじょうっ。今日もびじんですね。おおむかしのお姫さまってかんじがします」


 前回お会いしたときと変わらない薔薇色のほっぺたに、手入れされて艶々の金髪、そして愛情たっぷりに育てられた子供特有のキラキラ輝く笑顔を浮かべて、お二人がお声を掛けてくださいました。

 ご兄弟お揃いで紺色の衣装でおめかしされていて、相変わらず仲が良さそうです。


「お久しぶりです、2世様、3世様。お褒めいただきありがとうございます。お二人の今日の装いも素敵ですわね。お揃いですか?」

「うん。今日のために母上がデザインしてくださったんだ」

「おにいさまとおそろいのお洋服で、ぼく、とっても幸せなんです」

「良かったですわねぇ」


「……だれ?」


 立ったままパーシバル兄弟と挨拶をするわたくしの後ろから、ベリーがひょっこり顔を覗かせます。

 そしてそのままわたくしの肩に頭を押し付け、そう尋ねました。……地味に髪飾りが当たって痛いですわ。


 わたくしがベリーとパーシバル兄弟の紹介を取り持つ前に、今まで椅子に腰掛けたまま喋っていたご兄弟が、揃って立ち上がりました。

 息ぴったりの動きです。


「初めまして、美しいお嬢さん! 僕はラズー領主パーシバル1世の長男、パーシバル2世です! こちらは弟のパーシバル3世」

「3世ですっ! どうぞお見知りおきを、うつくしいおじょうさんっ。ぼくのことは気軽にパーシーとお呼びください!!」

「お嬢さんのお名前はなんとおっしゃるのでしょうかっ? お嬢さんも大神殿所属の見習い聖女なのですね!? 所属はどこでしょう? あの、あのっ、ところでもし宜しければ、僕か、弟のパーシーと結婚するという未来について考えていただいても……!?」

「おにいさまっ、まずは結婚をぜんていとした交さいからですよ!」

「おっと、そうだったね、パーシー。僕としたことが気を急いてしまったよ。……んんっ、では美しきお嬢さん、僕かパーシーの彼女になってください、宜しくお願いします……!!」

「よろしくおねがいします……!!」


 パーシバル兄弟がお見合い番組のように片手を差し出しました。

 相変わらず結婚願望が強いご様子です。


 しかしベリーはどうでもよさそうにパーシバル兄弟から視線を外すと、再びわたくしの肩に頭を擦り付けます。


「……私、このひとたちがなに言ってるのか、わからないや。ペトラ、早く部屋に戻ろう?」


 最近ようやく他人と会話するようになったばかりのベリーには、さらに他人と深い関係になる『交際』や『結婚』について考えたりするのは、まだ難しいようです。


 わたくしはベリーの背中をそっと撫でました。


「まだお食事をしておりませんわよ、ベリー? お部屋に戻るのはそれからですわ」

「んー」

「パーシバル2世様、3世様。彼女の名前はベリーです。ベリーにはまだ結婚願望がないようなので、ふつうにお友だちとして接してあげてくださいませ」


 わたくしがベリーの代弁をすれば、お二人はがっかりしたように肩を竦めました。


「なんと、非常に残念だね。美しい人が結婚願望を持たないことは、アスラダ皇国の損失だよ」

「ぼくもそう思います、おにいさま。ひじょうにざんねんです」


 ベリーはすでに誕生日を迎えて十歳になっておりますが、ふつうの十歳でも切実な結婚願望などないと思いますわ。

 あっても「素敵な人のお嫁さんになりたーい」くらいの緩さなので、こんなふうに出会い頭に交際を求められても応えられないと思います。


「ではペトラ嬢、ベリー嬢、お友達として一緒に食事をしようじゃないか。空いてる席に座ってよ」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、失礼いたします」


 パーシバル兄弟に招待されたので、そのまま相席することにしました。


 椅子に座ると、ちょうど最初の食事と飲み物が運ばれてきて、上座にいらっしゃる上層部と領主様がねぎらいの挨拶を始めました。

 除霊のダミアン大神官が大ジョッキのエールで乾杯の音頭を取り、ようやく食事が始まりました。

 遠くの席でアンジー様がさっそく酔っぱらっているのが見えます。

 というか多分アンジー様は、海での振る舞い酒の時点で出来上がっていた可能性があります。





 お祭りでイカ焼きと揚げさつまいもの蜂蜜がけという、お腹にたまるものばかり食べてしまったことを若干後悔しつつ、ローストビーフのサラダを食べていると。


「やぁ、お小さい方々、食事の方は進んでいるかい?」


 領主パーシバル1世様がわたくしたちのテーブルにやって来ました。

 愛息子たちが食事しているからというわけではなく、全てのテーブル席を回って挨拶をしていたようです。


「久しぶりだな、ペトラ嬢よ。今日の祈祷祭は楽しめたかね?」

「はい、領主様。ラズーの街に人々がたくさん集まっていて、とても驚きましたわ。大神殿の者として、祈祷祭を盛り上げることが出来て大変嬉しいです」

「そうかそうか。ペトラ嬢の評判もかなり良かったようだぞ。やはり小さな少女が祭り衣装でパレードに出席するのは、美女が出席するのとはまた違う愛らしさで目を引くものらしいな」

「恐縮ですわ」

「それで、そちらのお嬢さんの評判も良かったのだが、彼女と挨拶をさせて貰ってもいいかね?」


 領主様はニコニコと笑って、ベリーに視線を向けました。

 ベリーの顔がよく見えるようにと腰をかがめ、彼女の顔を覗き込んだとたんーーー領主様の笑顔が消えました。


「その、顔は……」


 領主様はまるで亡霊でも見たかのように青ざめています。

 いったいどういうことでしょうか。絶世の美少女を見ての反応にしては奇妙でした。


「領主様? ベリーのお顔になにか?」

「……いや、なんでもないぞ、ペトラ嬢よ。この子があまりにも美しくて、驚いてしまったようだ。……お嬢さん、私はこのラズーの地の領主、パーシバルだ。きみの名前と年齢を私に教えてもらえるかね?」


「…………」


 答えないベリーに、わたくしがそっと促しました。


「ベリー、領主様にご挨拶してみましょう?」

「……ベリー。十歳」

「そうか。きみの名はベリーで、年は十か……。教えてくれてありがとう、ベリー嬢よ」


 それから領主様は少しだけお話しすると、次のテーブルへと向かわれました。


 わたくしたちは食事を続けます。


「お父様、ベリー嬢を見たとき、なんだか変な顔をしたね」

「そうですね、おにいさま。ぼくもお父さまのへんなお顔、見ましたっ」

「一瞬だけでしたけれど、なんだったのでしょうね? ……あらベリー、もう少し食べませんと」

「うーん。めんどう……。じゃあペトラが食べさせて」

「仕方がないですわね。ほらベリー、あーん?」

「あーん」


 この日の領主様の不自然な反応について、九歳のわたくしは確かに引っ掛かりを覚えました。


 けれど年月を重ねるうちに次第にこのことを忘れてしまい、次にわたくしが思い出したのは、皇城に監禁されていた十七歳の時でした。





「執事よ、調べて貰いたいことがある」

「なんなりと、領主様」


 領主パーシバル1世は大神殿から領主館に帰宅し、上着を脱ぐ間もなく執務室へ向かう。

 そして付き従ってきた執事に向き合うと、ようやく固い口を開いた。


「十年前に亡くなった大聖女ウェルザに関する情報を、出来る限り集めてくれ」

「大聖女の位ですと、皇族が使える影の者たちを動員しても難しいかもしれません……。すでに亡くなられた方なら尚更、情報が隠蔽されている可能性が高いでしょう」

「わかっておる。だが出来る限り情報が欲しいのだ」

「いったい何があったというのです、領主様」

「今はまだ、お主にも言えん……」


 額に分厚い手のひらを当てて俯く領主に、執事は諦めたように頭を下げた。


「やれるだけやってみましょう」

「頼む」

「承りました、領主様ーーー我がパーシバル皇弟殿下」


 執務室から退室する執事の背中を見送ったあと、領主はソファーに深々と沈み込み、両手で顔を覆った。


 目を閉じれば瞼の裏に、今日出会った小さな少女の顔が浮かび上がってくる。


 ベリーという名の少女は、大聖女就任の挨拶のために一度だけ皇城に訪問されたウェルザ大聖女と瓜二つの美しい顔立ちをしていた。


 そして、よく知っていたはずなのに、今は理解することが出来なくなってしまった兄と、同じ髪、瞳の色をしていた。


「十歳、か。逆算すると、皇帝陛下が皇后と結婚する直前になってしまう……」


 あの少女の存在を、兄は知っているのだろうか。

 いや、まだそうだと決まったわけではないが……。


 侍従がやって来て着替えを促すまで、領主はそうやって深い考えの底に沈んでいった。


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