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43:ラズー祈祷祭③



『ラズー祈祷祭』は、まず大神殿の本堂で、大神官大聖女による祈祷から始まります。


 本堂にはすでに多くの信者や観光客が詰めかけ、特等席には領主館の方々やラズーに住む貴族、大商家など、街の重鎮たちが腰掛けていました。

 遠目ですがパーシバル親子の姿もありました。あとでご挨拶する機会があれば良いのですけど。


 わたくしたち大神殿の人間は、一度控え室に集まってからそれぞれの階級に別れて入場します。

 今日のベリーは治癒能力者の見習い聖女という肩書きで、わたくしと一緒です。

 まぁ、ベリーは治癒能力も使えるので嘘ではないですしね……。


 ほかの見習い聖女のお姉さん方に混じって本堂に入場すれば、周囲の信者がわたくしとベリーを見て、ひそやかに言葉を交わすのが聞こえてきました。

「見て、あんなに小さな女の子達がいるわ」

「こんなに幼いうちに大神殿所属になるなんて、将来有望なんだなぁ」


 それから見習い神官、聖女、神官の順に入場します。


 聖女の階級でアンジー様を見つけました。

 見習い聖女のものよりも格式高い衣装を着込み、堂々と通路を歩くお姿はとても凛々しいものでした。アンジー様はオレンジ色の髪と朱色の瞳をしていらっしゃるので、黄金の装飾がとてもよく映えます。太陽の化身のようでした。

 本当に蛇足ですけれど、ゼラ神官やドローレス聖女たちはお祭りに参加できません。治癒棟から離れると首輪が爆発してしまうので……。


 そして最後に、豊穣のマザー大聖女、除霊のダミアン大神官、千里眼のイライジャ大神官、獣調教のセザール大神官が現れました。


 信者たちの熱気は最高潮で、四人のお姿を一目見たとたん泣き出す方もいらっしゃいました。

 四人とも、祭り衣装でさらに神々しさがアップしておりますものね。


「これより、『ラズー祈祷祭』を始めます」


 本堂の祭壇には、一際大きなアスラー大神の像が置かれています。

 筋肉隆々の男性の姿で形作られたアスラー大神は、とても雄々しいお顔立ちをされていました。


 アスラー大神像の周囲にはハーデンベルギアが飾られ、今年ラズーの地で収穫できた農作物や加工品、今朝獲れたばかりの大きな魚、お酒などが美しく並べられています。

 その祭壇の前で、上層部四人が声を合わせて祈祷を始めました。

 それに合わせてわたくしたちも頭を下げ、両手を組んで祈りを捧げます。

 横目で確認すると、ベリーもわたくしの動作に合わせて、手を組みました。偉いですわ!





 ラズーの恵みを神に感謝し、これからも土地やそこに住まう人々の平穏を願う、という内容の長い長い祈祷が終わると、次は街に繰り出してパレードです。

 ここからはベリーの身を守るために、職員のマシュリナさんと五人の神殿騎士に護衛されることになっています。


「表向きはベリー様の護衛ではなく、ハクスリー公爵家ご令嬢のペトラ様をお守りするというのが建前になっております。どうかよろしくお願い致しますね、ペトラ様」

「わたくしの身分でベリーを守れるのでしたら、とても嬉しいですわ」


 ベリーの安全が確保できるのなら、いまだ貴族社会から完全に抜けきることのできないこの身分も、たまには役に立つじゃないかという気持ちです。


 職員の案内で本堂から大神殿前に移動すれば、わたくしたちが乗る幌無しの馬車や馬がたくさん用意され、神殿騎士たちがずらりと勢揃いしています。

 大神殿の門の向こうには、本堂に入ることのできなかった信者や観光客、ラズーの領民たちが街道に沿って並んでいました。

 現世では初めて見る光景ですが、前世でも有名なお祭りにはこんなふうにたくさんのお客さんで溢れていたことを思い出します。


 マシュリナさんとともに幌無しの馬車に乗り込めば、ベリーが不思議そうに椅子や背もたれに触れました。


「私、これ、初めて座った。ずいぶんと揺れる椅子だね、ペトラ」

「これからもっと揺れますわよ。ほら、馬車と繋がっているあの馬たちが引っ張ってくれるのですわ」

「ふーん」


 馬車に乗るのも初めてなら、大神殿の外を見るのも初めてのベリーです。

 きっと今日は彼女にとっても忘れられない一日になるのでしょう。


 見習いから上層部の四人まで全員がそれぞれの乗り物に乗ると、先頭にいる銀の鎧兜姿の神殿騎士たちが動き始めました。

 普段はもっと簡素な制服を身に付けている神殿騎士たちですが、今日はお祭り仕様でフル装備のようです。秋とはいえ今日のような快晴の日はまだ暑いので、大変そうですわ……。


 大神殿の旗を掲げる騎士、太鼓や笛を鳴らす騎士が続き、わたくしたち見習いの馬車が動き始めます。それに合わせて護衛の騎士も前後左右を囲って歩き出しました。


 街道沿いに立ち並ぶ人々に、わたくしたちは手を振りました。

 神官聖女の中には特殊能力を披露する方もおりました。

 雨乞いの聖女様が雨を降らせて虹を作り、祝福の神官様が手のひらに乗せた植物の種を発芽させて花開かせます。

 とても楽しく美しいショーで、観客たちを湧かせました。


「……人がいっぱい」


 ベリーは街道の人々を見ながら、ぽかんと口を半開きにしました。

 こんなに多くの人間が一斉に同じ場所に集まるのは珍しいですし、大神殿でも信者や観光客の立ち入り禁止区域ばかりで過ごしてきたベリーには、驚きの連続なのでしょう。


「人がたくさんいるのが怖いのですか、ベリー?」


 怯えもあるのかなと思って尋ねれば、ベリーは首を横に振ります。


「大神殿の外がこんなふうだってこと、私、初めて知った……」

「この人出は今日のお祭りだけですよ。明日になれば、ここにいるたくさんの人々もそれぞれの家に帰って、また日常に戻るのですわ」

「そうなんだ。ふしぎだね」


 ベリーはわたくしに寄りかかり、わたくしの肩の辺りに頭をぐりぐりと擦り付けてきます。まるで猫のよう。


「ペトラといっしょなら、どこでも平気。私、ペトラといっしょに出掛けて、いっしょに帰るよ」

「そうですね、ベリー。今日はお祭りを楽しんで、楽しい気持ちのまま一緒に帰りましょうね」

「うん」


 パレードの列はお店が並ぶラズーの街の中心地を通り、だんだんと海岸沿いの道に入っていきました。

 少し生臭い潮風の香りが流れてきて、波の音も聞こえてきます。海沿いでも出店がたくさん出ていて、ソースの香ばしい匂いとともにお酒に酔った人々の楽しげな声が聞こえてきました。


「わぁ……っ! 見てください、ベリー! 海ですわ!!」

「うん。ほんとだ」


 大神殿の丘からよく海を見下ろしてはいましたが、実際にラズーの海岸に来るのは今日が初めてでした。


 白い砂浜が続き、海は美しいエメラルドグリーンです。

 浅瀬では珊瑚礁のようなものが見え、沖にはすでにたくさんの漁船が浮かんでいました。上層部による海への祈祷が終われば、大漁旗を掲げて近くの海域を周回する予定だと聞いております。とても迫力のある光景なのでしょう。


 パレードの列が次々に海岸に到着し、馬車や馬から神官聖女が降ります。

 わたくしとベリーはマシュリナさんと騎士に守られて、見習いの列で待機しました。


 波打ち際には新しい木で作られた祭壇があり、ハーデンベルギアで飾られ、供物が用意されております。

 そして上層部が現れ、マザー大聖女お一人だけが祭壇の前に立ちました。

 これからマザー大聖女による豊穣の祈祷が始まるのです。


「……聖地ラズーの青海原の恵みをアスラー大神に感謝し、机上の供物を天に捧げ、永年の豊穣を祈りましょう。ーーー《Fertility》!!!」


 マザー大聖女が海に向かって両手を掲げると、エメラルドグリーンだった海が波打ち際から水平線まで一気に発光し、ネオンブルーに輝きました。

 あまりにも海が眩しく輝くので、昼間の空の方が暗く見えるほどです。

 光り輝く海のなかを魚たちの群れが泳ぎ、珊瑚が呼吸し、見たことのない不思議な生き物たちが海底を這う様子まで見えました。沖の方では亀やイルカの影も見えます。


 あまりにも神々しい光景に、集まっていた者たちは皆声をあげました。


 もちろんわたくしも、

「こんなすごい光景を見たのは初めてですわ!!」

 と、思わずベリーの腕を引っ張ってしまいました。


 ベリーは「私も、はじめて」と一応答えてくれましたけれど、彼女のテンションはいつも通りのようです。


 光は徐々に収まり、またふだんと変わらぬ海の姿に戻っていきます。

 そしてそれを合図に、漁船がたくさんの大漁旗を掲げて、辺りを周回し始めました。赤や黄色や青、オレンジや緑といった、ビビッドな色合いの旗がとても美しいです。


 美しい祈祷の余韻に浸りながら海を眺めているわたくしと、それに付き添うベリーに、マシュリナさんが横から声をかけてきました。


「ベリー様、ペトラ様。無事、マザー大聖女の祈祷が終わりましたので、これより一時間は自由行動になります。大人には祝い酒が振る舞われますが、子供にはジュースが配られますよ。海岸沿いの出店を覗く時間もあります」

「まぁ、出店! ぜひ見てみたいと思っておりましたの。ベリーはどうしたいですか?」

「私はペトラについていくよ」

「では、さっそく出店の方へ参りましょうっ」


 わたくしはベリーと手を繋ぎ、護衛の騎士に守られながら出店を見に行くことにしました。


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