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41:ラズー祈祷祭①



 小さな羊の群れのような、もこもこの雲が広がる秋の晴天。

 一週間の終わりである休息日の今日、『ラズー祈祷祭』が開催されます。


 ラズーの街は先週あたりからすでに観光客でごった返し、当日の今日はますますの人出が予想されているそうです。

 安全を第一に、ラズーの経済が潤えばいいですわね。


 わたくしは気合いを入れて早起きすると、見習い聖女用の大浴場に向かいました。

 ここはベリー専用のお風呂と違い、とてもシンプルな作りをしています。

 なんの模様もない白いタイルが壁や床に敷き詰められ、設置された鏡も小さく、数も少ないです。壁の一部に巨大な凹みが作られ、そこにアスラー大神の大きな石像が飾られているところが、唯一の大神殿らしさでしょうか。


 けれど、浴槽がちょっとしたプール並みに大きいのが自慢です。千人は入れるとのこと。

 聖女用の浴場はもっと豪華絢爛だが、これほど大きな浴槽はないので見習いの間に堪能した方がいい、とはアンジー様のお言葉です。

「あたしはもともと町の方の小さな神殿所属でね~、大神殿所属になったのも聖女になったあとからなんだよね。だから大神殿の見習い用のお風呂に一度も入ったことがないんだぁ。本当に残念」とのこと。アンジー様にはそのような経歴がおありだったのですね。


 そのほかにサウナと小さな水風呂まで設置されていて、わたくしは毎日極楽な入浴タイムを送っております。


 お祭り当日の朝風呂は混むと聞いていたので、早めの時間を選びましたが、すでに五、六人ほどの先客がおりました。

 けれど洗い場はまだ空いていたので、ささっと自分の身を清めます。


 石鹸はいつも数種類用意されているのですが、今日はきっとたくさん汗をかくと思うので、レモンの皮とハーブが練り込まれた石鹸にしました。すでに体中から爽やかな香りがして、少し残っていた眠気も消えました。


 それから浴槽に浸かり、今頃ベリーもあの大聖女用の素敵な個人風呂で身を清めているのかしら……、などと想像します。

 マシュリナさんに禁止されてしまったので、ベリーと一緒にお風呂に入るのは今後難しそうですけれど。でも、あの豪華なお風呂はもう一度入りたかったですわねぇ……。


 朝からあまり長風呂にすると疲れてしまうので、体が温まったらすぐに浴槽からあがります。

 脱衣場はちょうど今からお風呂に入る見習い聖女のお姉さん方で混雑し始めていたので、やはり早めの時間を選んで正解でした。


 これまた数種類用意されている香油や化粧水で肌と髪を整え、いつもの見習い用のワンピースに着替えます。

 どうせこれから臨時更衣室で着替えるのですけど、さすがにバスローブ姿で大神殿内を歩くわけには行きませんからね……。


 本格的に大浴場が混んできたので、九歳の小さな体を使ってお姉さん方の間をすり抜け、わたくしは臨時更衣室に向かいました。





「去年の見習いの最年少の子は十三歳で可愛かったけれど、今年は九歳のペトラ見習い聖女様がいるから、さらに微笑ましいパレードになるでしょうね~!!」

「……そうでしょうか」


 わたくしの髪を結い、祭り用の化粧を施してくださる化粧師さんのテンションの高さに、わたくしは困惑しながらも相槌を打ちました。


 ーーー遡ること三十分前。

 見習い聖女用の臨時更衣室に行けば、それぞれの名前が書かれた紙が貼られた祭り衣装が、ずらりと並んでいました。

 職員に手伝ってもらいながら衣装に着替えている見習いの方が、十名ほど。すでに着替え終わった方は、壁際にずらりと用意された鏡の前で、化粧師の方々に祭り用のお化粧をされていました。

 この化粧師の方々は、ふだんは街の化粧品店で働いていたりする方達だそうで、お祭りの時だけ臨時で雇われているそうです。


 わたくしが更衣室に入った途端、職員や化粧師の方々が叫びました。


「ペトラ見習い聖女様の着付けは私が担当するから!」

「ちょっと、ズルいでしょ? 私もやりたいっ」

「言ったもん勝ちよ」

「せめてジャンケンで!」


「うそぉー、今年はこんなに小さな子がお祭りに参加するの!? ぜったい可愛いじゃない!!」

「私、聞いたことあるわ。鉱山で毒ガス発生したときに、すごく小さな女の子が大神殿所属として治癒活動に来たって」

「小さくても立派なのね~」


 お姉さんたちがいっぱいいる所に小さな子供が現れると、なぜか猫可愛がりされるという、よくある現象が起こりました。

 前世の幼い頃に経験したことはあります。

 けれど、現世では公爵令嬢のため周囲から気安く話しかけられてこなかったわたくし、どう反応すればいいのか返答に困ります。

 大神殿に住み込んでからも公爵令嬢の身分が強大だったのか、治癒棟の方以外からは気安く話しかけられませんでしたし。


 わたくしの身分を知らない化粧師はともかく、職員の方は祭りの雰囲気に飲まれてはっちゃけちゃっている感じがしました。


 そうやってわたくしが困惑している間に、職員にいつのまにか着替えさせてもらい、気付けば化粧師におしろいをはたかれていました。


「いや~小さい子って本当お肌スベスベだよねぇ。あ、まぶたちょっと閉じてね~、目尻に紅を引くから~。あとお口も。ほんとお嬢ちゃん、目も大きいねぇ。鼻の形も唇の形もきれいで、逆に化粧のし甲斐がないわー」

「…………」

「あ、もう目も口も開けていいよ。わぁ、すごくきれい!!」

「まぁ」


 鏡に映るわたくしは、非日常な彩りに溢れていました。


 目尻と唇には紅を差し、まぶたから頬にかけて金粉が散らされています。それだけでもゴージャスですのに、特殊な植物で作られたインクを使って、額に不思議な紋様を描かれています。『浄化石』や『天空石』に彫られた文字と似ている気がしました。

 まさしく神の使いらしい、神秘的な雰囲気でした。


 衣装は、ふだん着ている古代風ワンピースに形は似ていますが、黄金のビーズやクリスタルが縫い付けられ、袖や裾に赤や金の糸で細かな刺繍が入っています。

 丁寧に編み込まれた髪には、色とりどりのハーデンベルギアと、黄金の髪飾りが五つも六つも飾られていました。……非情に頭が重いです。


 ちなみに見習い聖女が使う黄金の装飾は、銀製で上から純金を被せたものだそう。聖女や大聖女の位になると、本物の黄金製らしいですわ。


「きれいにお化粧してくださってありがとうございました、化粧師さん」

「どういたしまして。あ、お嬢ちゃん、朝食はこれからだよね? 口紅落ちちゃうと思うから、これ持って行きなぁ」


 化粧師が、口紅を少しだけ削ったものを蝋引き紙に包んでくださいました。


「重ね重ね、お礼申し上げます」

「私もこんなに可愛い見習い聖女様のお支度ができて、楽しかったよ!! お祭りがんばってねー!」

「はい」


 今日は一日この格好なので大変ですけど、こんなふうにお祭りに参加できるのは現世初です。ベリーも一緒ですし、とてもわくわくいたしますわ。


 今頃ベリーは自室でお着替えかしら。

 彼女の祭り姿もとても楽しみです。


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