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40:保護者がいっぱい



 大神官大聖女のみが足を踏み入れることが出来る『大会議場』は、ちょっとしたパーティーが開けそうなほど広い部屋でした。


 床にはアスラダ皇国古代の青いモザイクタイルが敷かれ、奥の壁には大神殿を表す紋章の入った大きな旗が飾られています。

 天井には『ラズー硝子』で作られた、巨大な天窓がありました。


 贅を凝らして作られたその部屋にあるのは、赤く塗られた巨大な円卓と、十二個の椅子だけです。

 その円卓と椅子も磨き抜かれて艶を帯び、公爵家で贅沢品に慣れているわたくしでさえ触れるのをためらうほど上質な品でした。


「ペトラ、会いたかった……」


 皇都のお城もかくやというほどの内装に内心動揺しているわたくしに、ベリーはべったりとしがみついたままです。

 ほんの少し扉で隔てられただけで、十年ぶりの再会レベルで喜んでくれるのは嬉しいのですが。周囲の視線が痛いですわ。


 いちばん近くでわたくしとベリーを観察しているのは、『大会議場』の扉を開けてくださった男性でした。

 まだ二十代ほどの大神官は「ふふふ」と柔らかく目を細め、わたくしとベリーのことを微笑ましそうに見つめています。


「初めまして、ハクスリーさん。僕は獣調教の能力を持つ大神官、セザールだよ。よろしくね」


 獣調教の特殊能力者!


 たしか、すべての動物と会話し、手懐けることが出来る能力です。


 土地を荒らす害獣たちと対話するだけで人里から離れさせることが出来たり、動物を使って情報収集するなどの隠密行動ができたり。大神殿に所属しなくても、使い方ひとつで色んな職業に就くことができる素晴らしい能力です。

 かつてアスラダ皇国が最も領土拡大の戦争を繰り広げていた時代には、獣調教の能力者が動物だけで作った軍隊で、敵国を滅ぼしたという逸話が残っているほどです。


 わたくしはベリーにしがみつかれたまま、なんとか最敬礼いたしました。


「初めてお目にかかります。治癒棟所属、ペトラ・ハクスリー見習い聖女と申します。どうぞよろしくお願い致します」

「じゃあハクスリーさん、こちらの椅子へ座ってくれるかな。ベリー、さすがに座るときは彼女から離れるんだよ? いいね」

「……うん」


 上層部しか座ることの許されない椅子に腰かけるのは、なかなか勇気が要ります。

 けれどベリーが率先して椅子に座ったのを見て、わたくしもえいやっと腰をかけました。


 わたくしが視線をあげますと、ちょうど、グレーがかった白髪を美しく結い上げた大聖女と目が合いました。

 気品に満ちあふれたその女性は、落ち着いた瞳でわたくしとベリーを見つめています。


「私は豊穣の大聖女マザーです。ハクスリー見習い聖女よ、ベリー見習い聖女が大変お世話になっていると、乳母のマシュリナから聞いております。上層部からもお礼を申し上げます。本当にありがとう」

「とんでもないことでございます。お役に立てて嬉しいですわ」


 豊穣の大聖女様は、正確には祝福の能力者だったはずです。

 祝福の能力者には人々に祝福の祈祷を与える方と、自然界に祝福を与える方がおり、後者の方を“豊穣”とお呼びしているのです。

 なのでマザー大聖女の祈祷は土地に祝福を与え、農産物の収穫量を左右します。アスラダ皇国において、とても重要な御方なのです。


 つづいてわたくしに声をかけてくださったのは、水色の髪と瞳をした、三十代ほどの紳士です。前髪をきっちりと七三に分けているところに、神経質さをうかがわせます。


「初めまして、ハクスリー公爵令嬢。私は元アベケット伯爵家長男のイライジャ大神官です。どうぞお見知りおきを。アベケット伯爵領では曾祖父の代から銀細工が盛んでしてね、ハクスリー公爵家から何度もご注文いただいたことがあるのですよ。ハクスリー公爵家の家紋の入ったカトラリーを、ご令嬢はもちろん覚えていてくださっていますよね? あの特殊加工は特に難しいものだったと、私の父が工房長から聞いておりまして……」

「イライジャ、てめぇの実家の話はもういい! いつも話が長すぎんだよっ!! スプーンの話なんか、九歳の女児が興味を持つことじゃねーぞ!」


 イライジャ大神官の話を遮ったのは、とてもガタイの良い男性でした。白い大神官の衣装の上からも、腕や肩の筋肉の発達がよく伝わってきます。

 焦げ茶色のモジャモジャの髪やお髭のせいもあり、聖職者よりもマタギが似合いそうな方でした。


「俺は除霊の大神官ダミアンだ。ちなみにイライジャは千里眼の能力者だ。よろしくな、お嬢ちゃん」

「こちらこそよろしくお願い致しますわ、ダミアン大神官、イライジャ大神官」


 前世の世界で、ダミアンという名前の悪魔憑きの子供が出る映画があったような気がします。

 ダミアン大神官はご自分で除霊が出来るのでとても安心だなと、どうでもいいことをわたくしは思いました。


 千里眼の能力者であるイライジャ大神官は、たぶんわたくしと同じように大神殿から使者が来て、貴族社会から引き抜かれた経験をお持ちなのでしょう。

 伯爵家の長男だとおっしゃっていましたし、跡継ぎとして大切に育てられたあげく大神殿に引き抜かれては、色々こじらせていても仕方がないような気がいたします。

 きっと、見習いから神官へ上がるか、貴族社会に戻るかの選択の時に、もう伯爵家に戻る場所がなかったのでしょう。


 一通り挨拶を終えると、「では」と一番年上のマザー大聖女が声を発しました。


「ベリー見習い聖女よ、最近のアスラー大神様のご様子はどうですか? お変わりはありませんか?」


「ふつう」


「うおおおおぉぉぉ、ベリーが喋ったぞ……!!」

「偉いよ、ベリー! お話出来るようになったんだね!」

「やるではないか、ベリー見習い聖女よ!」

「アスラー大神様、この子の成長に感謝いたします……っ」


 ベリーが一言喋っただけで、スタンディングオベーションが巻き起こりました。


 ダミアン大神官が興奮し、セザール大神官が慈愛の微笑みを浮かべ、イライジャ大神官が歓喜し、マザー大聖女が祈り出します。


 ベリー、あなた、皆様にどれだけご心配をおかけしていたのですか?

 あと、アスラー大神様のご様子とか、ただの見習いであるわたくしが聞いても良い内容なのでしょうか?


 ベリーは続けて発言しました。


「ねぇ、私、ペトラといっしょにお祭りに出る。出てもいいよね?」


「おいおいおいおいおいっ、ベリーが長文を喋ったぞ……!!」

「すごいよ、ベリー! 自分のしたいことを言えるようになったんだね!」

「見直したぞ、ベリー見習い聖女よ!」

「アスラー大神様、この子の自我の芽生えに感謝いたします……っ」


 まさかこの調子で上層部の会議が進行するのかと、内心ハラハラしていましたが。

 マザー大聖女が椅子に座り直したことにより、全員着席され、大会議場の空気に緊張感が戻りました。


「祭りってあれだろ、『ラズー祈祷祭』だろ。あれなら俺たち上層部も全員出席するんだから、目の届く範囲にベリーを置いとけばいいんじゃねーか?」

「ベリーは僕たちと出席したいのではなく、ハクスリーさんと一緒に出たいのでしょう。それなら見習いとしての参加が希望のはずです」

「そもそもベリー見習い聖女が『神託の能力者』で上層部確定であることは、民にも国にもまだ秘匿のはずであろう。見習いの身分での参加以外はありえませんぞ」

「ベリー見習い聖女に対する護衛の問題がありますね……。神殿騎士団と話し合わなければ決められないでしょう。この子の安全が確保できない限りは、どうしようもありません」


 マザー大聖女が護衛の問題から難色を示します。

 アスラダ皇国中から観光客が溢れるお祭りで、見習いの位であるベリーを完全に守りきるのは確かに難しそうです。

 神殿騎士団と話し合わなければ決められないというマザー大聖女の意見は最もでした。


「まぁな、マザーの言う通り、騎士団の連中に相談しなきゃ結論は出せないだろーけどよ。俺としては、大人としてガキのささやかな願いくらい叶えてやりたいと思うぜ。なにせベリーがこんなふうに何かをしたがるのは初めてだろ?」


 ダミアン大神官は楽しそうにベリーのことを見ています。

 ベリーは我関せずというように、わたくしの肩に頭を寄せていましたが。


「僕もダミアン大神官と同じ気持ちです、マザー大聖女。ベリーは大神殿内のことしか知りません。その目でラズーの地を見るのも良い経験だと思います」


 セザール大神官も、ベリーの祈祷祭参加には賛成のようでホッとします。


「だがベリー見習い聖女の身に万が一のことがあれば、大神殿どころか皇国が終わりますぞ。これは慎重に議論を重ねるべき問題だ」

「私もベリー見習い聖女に外出の機会を与えたいとは思いますが……。もし万が一、この子の()()()()()が皇国に知られてしまえば、大神殿はどうなるのです? 『神託の能力者』なき大神殿など、王なき玉座と同じですよ」


 イライジャ大神官とマザー大聖女のお二人は、慎重論派のようでした。


「我々神殿にとっての王はアスラー大神だぞ、マザー」

「ですがマザー大聖女の言い分もわかります。『神託の能力者』なくして、どうやって我々徒人がアスラー大神の御心に触れるというのですか」

「うーむ。しかしベリー見習い聖女の外出に関しては、成長に合わせていずれ出る問題だったと私は思いますな。ここは本腰を入れて決めねばなりますまい」


 三人の大人たちはそうやって顔を向け合って話し合い、ーーー結局のところ神殿騎士団の意見なしには結論は出せないということで、その日はベリーの祈祷祭参加の是非を決めることはできませんでした。





 そして一週間ほど経ってからようやく、マシュリナさん経由で結果を教えてもらいました。

 ベリーは今回の『ラズー祈祷祭』に、無事参加できるとのことです。


「祈祷祭、楽しみですわね、ベリー」

「ペトラがお祭りに行くなら、私も行くよ」


 今からお祭りが非常に楽しみですわ。


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