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39:大会議場からの招待



「『ラズー祈祷祭』、楽しみですわねぇ、ベリー」

「そう?」

「ベリーもパレードに参加できるといいですわねぇ」

「ペトラが出るなら、私もいっしょに出るからね」


 衣装室でのサイズ確認も終わり、まだ勤務時間が残っていたので治癒棟で働き、退勤時刻になったので今はこうして中庭でベリーといっしょにのんびり過ごしております。


 初めて衣装室に行きましたが、大広間のように広いお部屋に大神殿が代々大切に保管してきた煌びやかな祭りの衣装や装飾品がずらりと並んでいて、まるで博物館のようでした。


 そんな歴史的価値のある祭り衣装を、大神官大聖女の位から見習いまで着用し、街を練り歩くのですから、それを見るためだけに観光客が集まるのも納得です。


 わたくしは衣装室の係りの方に採寸してもらい、見習い聖女用の衣装を何着か試着して、ちょうどよいサイズの衣装を見つけることができました。

 衣装はお祭りの前日まで衣装室で保管してくださるそうです。

 当日に臨時の更衣室ができるので、そこで着付けやお化粧をしてもらい、お祭りに参加する、という流れのようです。


 その日は朝から大浴場が混むことも教えてもらったので、わたくしも早めに身を清めてから更衣室に向かおうと決めました。


 わたくしが試着している間、ベリーは衝立の外側で待機……は「やだ」と拒否して聞いてくれず、内側で椅子に座って待っていました。

 アンジー様は「試着は係りの方と二人で」とおっしゃっていましたけれど、ベリーはまぁ、いいですよね? 女の子ですし。

 わたくしは公爵家育ちなので、メイド達に服や下着を着替えさせてもらったり、体や髪を洗ってもらうことに抵抗がありません。

 ベリーとは以前お風呂もいっしょに入りましたし、なんなら気絶したわたくしの体も洗ってもらいました。

 だから今さらスリップ姿で試着しているところを見られても、どうということもありません。


 でも、どうせなら、ベリーの試着に付き合ってみたかったですわ。

 美少女なベリーなら、どんなお祭り衣装も素敵に着こなしたでしょう。


「そうだわ、ベリー。今からマシュリナさんのもとへ行って、お祭りに参加できるか聞きに行ってみましょう? 参加の許可をいただけたら、そのまま衣装室に行ってお祭り衣装の試着が出来るかもしれませんわ」

「ペトラが望むなら」


 こくりと頷くベリーの手を取り、マシュリナさんが居るであろう職員室へ向かいます。


 中庭から大神殿内に入り、廊下を二人で歩いておりますと。

 廊下の向こう側からちょうどタイミング良く、マシュリナさんが現れました。


 ……マシュリナさんはこちらを見てベリーに気がつくと、恐ろしい表情でこちらに近づいてきます。

 この方がベリーに怒るのはとても珍しいので、よっぽどのことをベリーがやらかしてしまったみたいですわ。


「! ベリー様! 今日は上層部の集まりがあると、朝、お伝えしたじゃありませんか!!?」

「……やだ」

「まぁっ、ベリー様が言葉で意思を伝えましたわ! なんと素晴らしい……! ですがベリー様、その『やだ』は受け取り拒否いたします。さぁ、『大会議場』へ行きますよ!」

「やだやだやだやだ、私、ペトラといる」

「イヤイヤ期のなかったベリー様が、こんなに駄々を捏ねられるなんて……! 私は今、とても感動しておりますわ。でも、ダメです」

「やだぁぁぁ!!」


 九歳児と乳母の壮絶な戦いを眺めながら、わたくしはただおろおろすることしかできませんでした。


 こんなに嫌がっているなんて、ベリーが可哀想。

 でも上層部の集まりは大事に決まっています。ベリーは『神託の能力者』なのですから。

 どちらの言い分も理解できるために、わたくしは何も言うことができません。


「私はペトラと離れない……っ!」


 ベリーは眉間に深いシワを刻みながらそう叫ぶと、わたくしの体をぎゅうぅぅぅっと強く抱き締めてきました。

 こんなに小さく細い体のどこに、これほどの力があるのでしょう。結構痛いです。


 マシュリナさんが溜め息を吐きました。


「仕方がありませんね。ペトラ様、ひとまずベリー様と一緒に『大会議場』まで足を運んでもらえないでしょうか? そこでどうにかベリー様を切り離しますので」

「は、はい……。わかりましたわ」

「ペトラ、ペトラっ」


 この状態のベリーに上層部の集まりへ出席してもらうには、それしか方法がないようです。

『大会議場』は上層部以外立ち入り禁止なので、部屋の前に着いたあと、どうにかしてベリーをわたくしから引き離さなければなりませんけれど。きっとマシュリナさんに何かお考えがあるのでしょう。


 わたくしはベリーにしがみつかれたまま、マシュリナさんのあとを追うことにしました。





「『ラズー祈祷祭』に、ベリー様も参加したいのですか?」


 道すがら、わたくしはマシュリナさんにお祭りのことを話しました。

 驚いたように目を丸くするマシュリナさんに、ベリーは「ペトラといっしょに出るの」とハッキリ答えます。


「私の一存ではお答えできませんわねぇ。ベリー様に関しては上層部の方々のご意見も聞きませんと……」


 やはり存在を秘匿されている『神託の能力者』を表舞台にあげるのは難しいのでしょうか。

 神託ではなくほかの能力者だと偽っても、駄目なのでしょうか……。


「ちょうどこれから上層部の方々にお会いしますから、お尋ねてしてみましょう」

「はい、ありがとうございます。マシュリナさん」


 そうやって話している間に、『大会議場』の大きな扉の前にやって来ました。


 ここへ来たのは初めてですが、廊下にも扉の中にも人の気配がまったくしないので、ちょっぴり怖いですわ。


「マシュリナです。ベリー様をお連れいたしました」


 ノックをしたあと、マシュリナさんが用件を伝えます。

 すると中から「お入りなさい、ベリー見習い聖女よ」と女性の声が聞こえてきました。


 その声が聞こえたあとに起こったことは、一瞬でした。


 マシュリナさんが扉をさっと開けたかと思うと、わたくしにくっついていたベリーをベリッと引き剥がして部屋の中に押し込み、扉を閉めたのです。すごい力業ですわ。


「ふぅ、これでよし」

「……まぁ、すごいのですね、マシュリナさん」

「乳母ですから」


 一拍置いて、事態が飲み込めたらしいベリーが、扉の内側をこぶしで叩く音が聞こえ始めました。


「やだやだやだやだやだぁぁぁぁあああ!!!!! ペトラといっしょにいるって、私、言ったぁぁぁぁああ!!!! マシュリナぁぁぁああ!!!!」

「会議が終わるまで頑張ってくださいませ、ベリー様」

「あけて! ここ、あけてよぉぉぉ! やだぁぁ、ペトラっ、ペトラ、いる!? そこにほんとうにペトラ、いるの!?」

「……おりますわ、ベリー。わたくし、ここで貴女をお待ちしていますから、ちゃんと会議に……」

「会いたいよぉ! 私、ペトラに会いたいぃぃぃ!!!!」


 ベリー、パニック中です。


 ……幼稚園に登園した幼児が、母親から離れたくなくて泣き叫んでいる状況に実にそっくりですわ。


 わたくし、前世で妊娠出産した記憶はまったくないのですけれど、そんな例えが浮かびました。


 扉の向こうのベリーがあまりにもわたくしを求めて大声をあげるので、彼女をひとりにしてしまった罪悪感で胸が痛いです……。

 かつて、わたくしのことをここまで全身全霊で求めてくれた人が他に居たでしょうか? 居るわけありません。

 前世も現世もひっくるめて、ベリーがいちばん純粋な愛情でわたくしを求めてくれています。

 どうしましょう、ほだされてしまいそうですわ。


 ……いえ、これはベリーが乗り越えなければならない試練です。

 人生には多くの別れがあるものです。

 これはそれを乗り越えるための、最初のハードルです。

 わたくし、心を、鬼にしなければ……!


「うるせぇぇぇぇ!!!! ベリー、おまえ、いつからそんなに喋るようになったんだ!?」

「ベリー見習い聖女よ、実に見苦しいぞ。淑女らしくしたまえ。四肢をバタつかせてはならない」

「……これでは会議を始められませんわね。皆さん、いかがいたしましょうか」

「ベリーがこれだけ望むのですから、ハクスリーさんをこちらに呼んでみてはどうですか?」

「そいつぁ、面白ぇな」

「私はハクスリー公爵令嬢にお会いする準備はいつでも出来ておりますぞ、マザー大聖女よ」

「仕方がありませんわね」


 扉の奥からそんな会話が流れてきてーーー、『大会議場』の扉が内側から開かれました。

 と同時にベリーが走りだし、わたくしにがっちりとしがみつきます。


「ベリーと一緒に『大会議場』においで、ハクスリーさん」


 薄茶色の髪と黄緑色の瞳、そして銀縁眼鏡をかけた優しそうな若い男性が、そう言ってわたくしに微笑みかけました。


 思わず隣のマシュリナさんに視線を向ければ、いってらっしゃいませ、というように頷いて見せます。


「さぁ、どうぞ」


 まるで大学院生のような雰囲気の大神官様に招かれて、わたくしはベリーと共に『大会議場』へ足を踏み入れることになりました。


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