35:通行止め
「雨、止まないねぇ~、ペトラちゃん」
「止みませんわねぇ、アンジー様……」
いっこうに降り止まない雨に、わたくしとアンジー様、そして一緒に来てくださった神殿騎士や御者は、領主館にもう二晩も足止めされています。
領主様のご厚意に甘えて客間をお借りてていますが、早く大神殿に帰りたい気持ちでいっぱいでした。
この二日間は、パーシバル兄弟と遊んで過ごしています。
粘土ときれいな小石で『天空石・改~勇者パーシバル2世の平和への祈りを込めて~』と『天空石・新~覇者パーシバル3世の勇気を称えて~』と『天空石・超~大聖女ペトラの癒しの力を添えて~』を作ったり、まつぼっくりに絵の具を塗ったり、積み木で最強のお城を建造するのにご一緒させていただきました。
ちなみに私が作った天空石に命名してくださったのは2世様です。
ハクスリー公爵家ではまったくやらなかったタイプの遊びですが、前世の小学生の頃を思い出して、非常に楽しかったです。
わたくし、九歳ですしね。
そうやって楽しく過ごしていると気がまぎれますが、やはりベリーのことが心配です。
彼女と出会ってからこんなに長い間離れたことがなかったので、ちゃんと睡眠を取っているのかしらと、つい気を揉んでしまうのです。
もちろんマシュリナさんもおりますし、わたくしと出会う前のベリーは不眠がひどくても生き延びていたのですから、問題はないのかもしれませんけれど。
ついつい心配してしまうのです。
物思いにふけりながら客間の窓の外を眺めますが、雨の様子は変わりません。バケツをひっくり返したような雨が続き、時々雲の流れで小雨になるものの、また時間が経てば土砂降りに戻ります。
「こんなに大雨では、ラズーの川が氾濫してしまうのではないでしょうか?」
同じように窓の外を眺めていたアンジー様が、「それは大丈夫」と答えました。
「前に『浄化石』を一緒に見に行ったでしょ? あれが川の氾濫を抑えてくれてるの」
「まぁ、川の氾濫を……」
「正確に言うと、川の氾濫を浄化でなかったことにしているらしいよ」
「すごい機能が備わっているのですわねぇ」
「問題は川より土地の方だろうなぁ。降った雨水が川に流れ込めば浄化できるけれど、地面に染み込んだ雨水が地下から川に流れ込む前に、土砂災害があると思う」
「『浄化石』も万能ではないのですね……」
だからこそ、かつてこの地に『天空石』が存在したのかもしれません。
最初から天候を操れたら、災害など発生しませんでしょうから。
「『浄化石』で思い出した! ペトラちゃんに特別功労賞の勲章と、『アスラー・クリスタル』のペンダントを渡しておくねー!」
「はい。ありがとうございます」
アンジー様はご自分の荷物の中からわたくしの分の勲章とペンダントを取り出し、丁寧に手渡ししてくれました。
「『アスラー・クリスタル』は不思議ですわね……。水晶の中が虹色に輝いていますわ」
「ペトラちゃんのそのペンダント、あのときペトラちゃんが救ってあげた子供たちが三人がかりで研磨したんだって。天使様にあげるって言って頑張ったらしいよ~」
「まぁ、心暖まるお礼の品ですわね。大切にしますわ」
子供たちが鉱山の麓の村で、後遺症もなく元気に過ごしていることを知ることが出来て、とても嬉しいです。
わたくしは勲章と一緒に、ペンダントを自分の鞄の中に仕舞いました。
そんなふうにアンジー様と色々お話しをして過ごしていると、部屋の扉がノックされました。
扉の向こうから「ペトラ嬢、僕らと一緒に遊ぼうよ!」「きょうはさいきょうのドミノをおにいさまと作る予定ですよ、ペトラじょう!」とパーシバル兄弟の声が聞こえてきます。お勉強の時間が終わり、遊びに誘いに来てくださったようです。
「ささっ、行っといでペトラちゃん。遊べるうちに遊ぶのも、精神状態を保つのに大事だよ~」
「はい、アンジー様。失礼致しますわ」
その日も一日中、雨は降り止みませんでした。
▽
翌日ようやく雨が上がり、晴れ間が覗きました。
これでようやく大神殿に帰ることが出来ると、アンジー様たちと顔を見合わせてホッとし、馬車の準備を領主館の外で待つことにしました。
「ペトラじょう、もう帰ってしまわれるのですね。ぼく、じつにさみしいです」
「パーシー、ペトラ嬢にとっては大神殿がお家なんだ。パーシーも領主館から離れてお泊まりするのは辛いだろう?」
「なんとっ、それはたいへんつらいです、おにいさまっ」
「だから僕たちは別れの辛さを噛みしめて、ペトラ嬢を笑顔で見送ろうじゃないか……。ペトラ嬢がいつか僕らのことを思い出したときに、僕らの笑顔を思い出して心が暖まるように」
「はいっ、おにいさまっ」
相変わらず愉快なパーシバル兄弟が、わたくしたちを見送るためにやって来てくださいました。
「2世様も3世様も、大神殿へお越しの際はぜひまたお話しましょうね」
「そうだね、ペトラ嬢。僕たち、毎月大神殿へお祈りに出掛けているから、来月も会えるよ」
「たのしみですっ」
そうやって和やかな時間を過ごしていますと、領主館の門前でなにやら騒ぎが起こりました。
気になって皆で近寄って行きますと、門前に馬に乗ったひとりの使者が衛兵に誰何されています。しかし彼はよほど急いで来たのか、衛兵からの質問にも満足に答えられないほど疲弊しているご様子でした。
使者は衛兵から渡された水を一気にあおると、ようやく声が出るようになりました。そのまま喉を壊すような大声で叫びます。
「大神殿へ向かう大通りの途中で崖崩れ発生! 巻き込まれた怪我人や死者はおりませんが、人の行き来が出来ない状況になっております!」
交通障害発生の第一報がもたらされ、辺りは騒然となります。
昨日アンジー様が恐れていたことが現実になってしまったのです。
「あちゃ~……」
アンジー様が、お手上げだというように肩をすくめました。
「これは当分大神殿に帰れないみたいだぞぉ、ペトラちゃん」
「ほかに大神殿へ向かう道はありませんの?」
「ほかの道は道幅が狭くて、馬車は通れないかな~」
「あら、まぁ……」
「仕方がない。道が通れるようになるまでは領主館でのんびりしよっか」
崖崩れが起きた大通りの道が、馬車が通行できる状態になるまでかなり時間が掛かるでしょう。
わたくしが留守の間も、ベリーがきちんと睡眠を取ってくれていればいいのですけれど。
大丈夫でしょうか……。
明日で第2章終了です。やっとベリーが喋り出します(笑)




