33:お見合いと天空石
壁紙の花柄が美しい客間に通されたわたくしは、パーシバル兄弟の向かいのソファーに腰掛けました。
ソファーの前に設置されたローテーブルには、すでにお茶の準備が整っております。香りからして紅茶ではなくラズーのお茶のようでした。皇族の皆さんもこのお茶がお好きなのですね。
「……あのぅ、ペトラ嬢」
兄であるパーシバル2世様が、天使のように整ったお顔を緊張に赤らめ、口を開きます。
彼の両手の拳はきつく握りしめられ、両ひざの上でぷるぷると震えていました。
「はい、2世様、なんでしょうか」
わたくしが言葉の続きを促せば、2世様はごくりと喉を鳴らし、ずいっと体を前のめりにさせて言いました。
「お父様とお母様からお聞きしたのですが……! ペトラ嬢が僕の彼女になってくださるという話は本当ですかっ……!?」
間。
「……いいえ、たぶん違いますわ」
「なんと! 違うのですね!?」
まさか違うだなんて、と2世様は驚きに目を丸くします。
その隣に座る弟のパーシバル3世様が「では!」と続いて前のめりになりました。
こちらも六歳児ながらとても美しいお顔立ちでいらっしゃいます。
「おにいさまの彼女にならないのでしたら、ペトラじょうはぼくの彼女になるということでしょーか!? ついにぼくにも、春が!?」
「いいえ。3世様の彼女にもならないと思いますわ」
「「なんと!!」」
お二人は息ぴったりに声を合わせて驚いたあと、「「なぁーんだ」」と肩を落としました。
それから急に、八歳と六歳の子供らしい表情になりました。
「じゃあ彼女じゃないなら、ペトラ嬢は僕たちのお友だちってことだね。わかったね、パーシー?」
「はいっ。ぼくらの春はまだ遠いということですね、おにいさまっ」
なんと言うことでしょう。先程まで緊張していたのが嘘のように、リラックスした態度を見せ始めます。
「ねぇねぇペトラ嬢、僕たちお友だちになったんだからさ、今日はまず何して遊ぶ?
本当はね、ペトラ嬢が僕かパーシーの彼女になってくれたら、宝物殿に行ってペトラ嬢にあげるティアラを選ぶ予定だったんだけど、彼女にはならないって言うし。
あ、ばあや、僕、この上着脱ぎたいな。肩周りが窮屈で、全力で遊ぶのには邪魔なんだよ」
「ぼくもです、ばあや。ぼくもぬぎますっ」
「彼女が出来ると思って、朝から頑張っておめかししたけれど、もういいよね、ペトラ嬢? いつもの僕たちに戻っても」
「どうぞ……ご自由になさってくださいませ」
わたくしが笑いを堪えて答えれば、お二人はいそいそと上着を脱ぎ、楽な格好になりました。
最初のお見合いムードよりもずっと素敵です。
パーシバル兄弟はお茶とクッキーに手を伸ばし、わたくしにも薦めてくださいました。
「このクッキーすごく美味しいよ。僕たちのお気に入りなんだ」
「シェフがいつもがんばって作ってくださるんですよ。おにいさま、ぼく、なんだかシェフにありがとうを言いたくなってきました」
「うん。そうだね、パーシー。僕も今日のお礼をシェフに言いたくなってきたな。……うん! ペトラ嬢、おやつを食べ終えたら厨房に行こう!」
「ささっ、どうぞペトラじょう。たべてください!」
本当に大切に育てられてきたご兄弟なのでしょう。
傍で上着を畳んでいるメイドや護衛の者達が、穏やかな表情でこちらを見つめています。きっとシェフとも日頃から仲が良いのかもしれません。
おすすめされたクッキーはバターの味が濃く、とても美味しかったです。
▽
厨房へシェフにお礼の挨拶をしたあとは、三人でそのまま中庭へと出ました。
城壁に囲まれているというのに、広々として解放感があります。植物が美しく植えられていて、ここにもハーデンベルギアが紫や黄色の花を咲かせていました。
あいにくの曇り空ですが、それでも十分素敵なお庭でした。
護衛とメイドに見守られながら辺りの風景を眺めていると、弟のパーシバル3世様が大きな声を上げます。
「おにいさま、ペトラじょう、見てください。ぼくはさいきょうの剣を見つけてしまいました!」
落ちていた木の棒を拾い上げ、パーシバル3世様はうっとりと言います。
「これはきっと、しょだいこうていへいかの、伝説の剣にちがいありません」
「なんと! 素晴らしい剣を見つけたね、パーシー」
「はい。おにいさま」
「よし、僕も初代皇帝陛下がお持ちになったという、折れない伝説の剣を探そう。どうです、ペトラ嬢もご一緒に?」
「わたくしはここで美しいお庭を拝見させていただきますわ。どうぞパーシバル2世様は伝説の剣をお探しください」
「そう、わかった。きっと素晴らしき剣を見つけてみせるよ」
そう言ってパーシバル2世様は中腰になり、良い感じの木の枝が落ちていないか探し始めました。
3世様も一緒について回りながら、時折「アスラダこう国の地を、たみをまもるため、ぼく、パーシバル3世はせんそうに行かねばなりません……姫よ、どうかぼくの帰りを待っていてください。そしてけっこんしましょうっ」などと死亡フラグを呟きながら、棒を振り回しています。
なんだか和む光景ですわ。
木の枝を求めて歩くお二人について中庭を進んで行きますと、目の前に古い石碑が現れました。ーーーラズーの川の中洲にあった『浄化石』とよく似ています。
苔むした石碑は、彫られた文字が欠けたり、すり減ったしていてボロボロです。
一番上にあるはずの『アスラー・クリスタル』は、ひび割れてその輝きを失っていました。
「パーシバル2世様、こちらの石碑はいったいどういうものなのでしょうか?」
わたくしが問いかければ、2世様はこちらに振り返りました。
「おお、ペトラ嬢、お目が高い。これはね、大昔には『天空石』と呼ばれていたらしいよ。
なんでも、このラズーの地の天気を操ることが出来たらしい。日照りが来れば雨を降らし、長雨が続けば晴れ間を呼び、ラズーの人々を守っていたとか」
昔のアスラダ皇国には天気を操る力まであったとは、本当に驚きです。
今でもこれが機能していて、さらに複製可能であったなら、人々はどれだけ助かったのでしょう。
「『天空石』……。今はもう使用されていないのですね?」
「ご覧の通り、壊れてるんだ」
2世様は『天空石』に手を当てると、悲しそうに言いました。
「これを直してもう一度使えたら、きっとラズーの領民たちの暮らしの役に立つのになぁ。だけど今の僕はこれを直すだけの知識がないんだ、残念なことに。……あぁ、僕、頭が良くなりたいなぁ」
「2世様……」
皇族として、次期領主としての英才教育をきちんと受けている2世様だからこそ、『頭が良くなりたい』という言葉には重みがありました。
「本当に直せたらいいのにな。なぁ、パーシー」
2世様は無理矢理明るい声を出して、3世様に笑いかけます。
3世様はニコニコして答えました。
「きっとおにいさまなら直し方を見つけられますよ! ぼく、そう信じています!」
「そうか、パーシー。お前の言葉は心強いよ」
そう言って優しく弟の頭を撫でる、この心優しいパーシバル2世様が将来どんな青年になってラズーの地を継承するのか。
今からとても楽しみです。
▽
わたくしとパーシバル兄弟は随分と長い間、『天空石』の側におりました。
そのうち、朝から曇っていた空がどんどん暗くなり、大粒の雨が降り出します。
「パーシー、ペトラ嬢、城の中に戻ろう!」
「はいっ、おにいさま!」
「はい」
メイドや護衛たちがわたくしたち三人にローブを被せて、雨粒から濡れるのを防いでくれました。
そして城の中に戻ったときには、外はもう土砂降りの雨になっていました。
これでは今日はもう、大神殿に帰れそうにありません。
わたくしとアンジー様はそのまま、領主館の客間に泊まることになってしまいました。




