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26:私のまくら(ベリスフォード視点)

ベリスフォード視点と銘打っていますが、彼の心の動きがまだ鈍いので三人称です。

成長するにつれて一人称になる予定です。



「わたくしはこれから朝のお祈りに出て、神学の授業を受けますので、ここで失礼いたしますわ。

 お祈りの前に食堂に寄って朝食の残りを片付けて来ますけど、ベリーはもう食事はよろしいのですか?」


 薄紫色の髪の少女が紙袋にオレンジの皮や卵の殻をまとめながら、隣に居る子供ーーーベリスフォードにそう尋ねた。


 ベリスフォードはぼんやりとした表情で、東屋のテーブルの上に並べられた手付かずの朝食に視線を移す。

 いらない、ほしくない、と思い、そのまま視線を少女に戻した。

 少女は仕方がないというように小さく肩を下げ、ベリスフォードの朝食を片付けていく。

 そして「では、ごきげんよう、ベリー」と去って行った。


 薄紫色の少女が去ってしまうと、ベリスフォードにするべきことはない。ただそのまま東屋のベンチに腰掛けて、朝の光を浴びていた。


 ふと気になって、ベリスフォードは自分の鼻に指先を持っていく。

 指の腹や爪の間から、先程食べたオレンジのみずみずしい香りが漂ってきた。指先がベタベタしていたけれど、良い香りがするので手を洗う気にはならなかった。


 ベリスフォードはあまり食事が好きではない。

 食べ物の好き嫌いは特にないけれど、噛んだり、飲み込んだりするのがとても面倒に感じるからだ。

「食事をきちんとしなければ大きくなれませんよ、ベリー様」と乳母のマシュリナがよく言うが、大きくなることのなにがそんなにいいことなのか、ベリスフォードにはよくわからない。

 小さな体はどんな茂みの中でも進んでいけるし、隠れる場所に困らない。人に気付かれずに済むことも多いので、ベリスフォードは自分の小さな体が嫌じゃない。


 ああ、でも、昨日はたいへんだった、とベリスフォードは思う。


 昨日は薄紫色の少女がなかなか庭園に現れなかったから、どこかで迷子になったのだろうと思って、ベリスフォードは彼女を探しに出掛けた。


 少女はうさぎの巣穴に落っこちてしまったのかもしれない。

 薔薇の茂みに引っ掛かったのかもしれない。

 大きな鳥につつかれて泣いているかもしれない。


 いろんな可能性を考えて、ベリスフォードは大神殿の庭中をぽてぽて歩き回った。

 そのとき少しだけ、ベリスフォードは思った。小さな体で歩き回るのは、たいへんだな、と。

 いつも庭園のどこかでじっとしていることが多かったから、ベリスフォードは小さな体の大変さを知らなかったのだ。


 夜になってようやく、大神殿の一角に少女の気配を感じた。

 二階の部屋だったから木に登って近付き、窓を割ろうとしたところで、少女自ら部屋の中にベリスフォードを招いてくれた。

 少女はベリスフォードの服に草の種がくっついていることを怒っていたが、仕方がないじゃないかとベリスフォードは思った。だって迷子になったのは少女の方なのだから。


 でも許してあげよう、とベリスフォードは思う。

 少女は迷子になった先でベリスフォードのために『かみひも』とかいう綺麗な物を手に入れてきてくれたから。


 ベリスフォードは指先のオレンジの匂いを嗅ぐのをやめて、そのまま左手首に視線を移した。

 左手首には、少女がベリスフォードのために手に入れてきた青紫色の髪紐がぐるぐると巻かれている。午前の陽光に当たって、キラキラと輝いていた。それを見ているだけで、ベリスフォードはなんだか胸の真ん中がぽかぽかするのだ。


 ベリスフォードはまたじっくり、髪紐を眺めることにした。





『よぉ、ベリスフォード! 今日はなんだか、ご機嫌そうだなぁ!』


 今日は白い狐の姿をしたソレが、東屋に現れた。


 だがそんなことは珍しいことでもないので、ベリスフォードは変わらず髪紐の観察を続けている。

 白い狐は陽気な男性の声で『おいおいおい、相変わらず俺様を無視かよっ!』と言いながら、長い尻尾をふりふりしている。


『友達が出来たからちょっとはマシになっているかと思ったのに、相変わらず無視無口無表情だなぁ、お前は』

「……ともだち?」


 白い狐が放った単語のひとつに、ベリスフォードは首をかしげる。


『あの髪が紫の、ちっこい女のことだよ! 治癒能力者の!』

「まくら」


 あれはベリスフォードの枕である。


 初めて少女を見たときに分かった。これは自分のものだと。

 ともだちなどという、なんだか得体の知れないものなんかじゃない。

 一緒に居れば安心して身をゆだねられる、ベリスフォードだけの枕なのだ。


『枕って、お前、どんだけあのちっこいやつの人権を無視してんだよ……』


 白い狐がドン引きした声を出したが、ベリスフォードの主張は一貫して変わらない。

 あれは私のまくらである、とベリスフォードは胸を張る。


『そういう思いやりのねぇー態度だと他人から嫌われるって、昔ウェルザが言ってたぞ。お前の母ちゃんの遺言のひとつだと思って、肝に銘じとけよ……』

「…………」

『どうでもよさそうな顔すんな』


 今日も相変わらずソレはお小言ばかり言う気のようだ。

 ベリスフォードはベンチから立ち上がり、東屋から庭園の奥へ逃げることにした。


 けれど白い狐はベリスフォードよりもよほど俊敏な動きで、横についてくる。


『ベリスフォード、友達ってのは大事にしてやるもんだぞ。枕とか言ったらダメだ。ちゃんと相手の名前を呼んでやることが肝心……』

「…………」

『おいコラちゃんと俺様のアドバイスを聞けって、おい~!』


 ごちゃごちゃうるさい、なにが言いたいのかわからない、まくらのことはちゃんと大事にしている、とベリスフォードは思う。

 だってあの少女は、あたたかくて柔らかくて、触れているとホッとして、眠りたくなる。


 だからベリスフォードのものなのだ。


あらすじに先の展開のネタバレを加筆しました。

よろしければ一読ください。

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