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24:真夜中の来訪者



 街に戻り、アンジー様おすすめのお店で海鮮パエリアに似たものを夕食に食べ、それから大神殿へ向かう乗り合い馬車に乗りました。


 二十時発の乗り合い馬車でしたが、それが最終便だということです。

 この世界では前世のような街灯はまだ普及していないので、仕方がないのでしょう。馬車の御者台に設置された灯りを頼りに暗い夜の道を進むのは、危険なことですもの。

 暗闇のなかを進む分、行きよりも時間がかかり、大神殿に到着したときには二十一時を越えていました。


 大神殿の奥にある居住スペースは、いろいろ細かく分かれています。

 一般の職員が寝泊まりする個室がある階や、見習いの個室が並ぶ階、アンジー様たち神官聖女の個室があるのはさらに上階です。

 大神官や大聖女は大神殿最奥部の特別室にいらっしゃいますし、学者などはそれぞれの研究棟に個室を持っています。

 神殿騎士は訓練場のそばに立派な宿舎が建てられていて、そちらで暮らしています。

 ゼラ神官のような『幽閉組』はそれぞれ所属する施設にある地下牢だそうです。そちらはまだ見たことはありませんけれど。


 わたくしとアンジー様は階段で別れました。

 上の階へのぼっていくアンジー様は鼻唄混じりです。あの方があんなにお酒に弱いとは思っていなかったので、夕食の際にはとても驚きました。今は酔いがいくぶんか醒めていらっしゃるので、ちゃんと自室にお戻りになられるでしょう。


 わたくしも早く自室に戻って着替えを用意し、お風呂に入って、眠る準備をしなくては。

 休日はこれでおしまいです。

 明日からまた見習いとして学ぶことがたくさんの毎日が始まるのですから。





 ぐっすりと眠っていたはずなのに、ぼんやりと意識が浮上してきました。


 まだ体が重たく、お布団の中の心地よい暖かさから、動く気力が湧きません。

 なぜ目が覚めてしまったのかしら……。


 まだ朝が来ていないことは、室内の暗さから分かります。

 カーテンを締め切っているとはいえ、朝になるとカーテン越しに日が差し込んで室内がうっすら明るくなりますもの。

 今は本当に真っ暗です。


 なぜ目が覚めたかのは分かりませんけれど、もう一度眠りたい……と、ぎゅっと目を瞑った瞬間、わたくしの耳に奇妙な音が聞こえてきました。

 窓のあたりからゴツ……ゴツ……と何かがぶつかる音がしています。

 近くの木の枝が風でぶつかっているのでしょうか……?


 一度気になるとなかなか眠りに戻れないもので、わたくしは目を擦りながら、ベッドから起き上がりました。

 木の枝がぶつからないよう、庭師の方に剪定をお願いしようかしら、と思いながら、わたくしはカーテンを少しだけ捲ります。


「ひぃ……っ!!!!」


 あまりの驚きに心臓が止まるかと思いましたわ。

 窓の側に植えられた木の、その太い枝に人が腰かけているのですもの。


 その人物はわたくしの部屋の窓をどうにか開けようと、小石を投げつけていたみたいです。

 そしてどうにも窓硝子が割れないので、最終手段というように漬け物石並みの大きさの石を、細い両腕でプルプルと抱えあげていました。


 わたくしは慌てて窓を開け、小声で不審者に怒鳴ります。


「やめてくださいませ、ベリー……!! その石はお捨てになってっ!」

「…………」


 ホラー映画の殺人鬼のように現れたのは、小さくか細い美少女のベリーでした。


 ベリーは漬け物石をひょいっとそのまま木の上から中庭に落とすと(ドスンッ! と大きな音がしました)、猫のような身のこなしで木の枝からわたくしの部屋の中へと飛び込んできます。

 彼女の木苺色の長髪と見習いのワンピースの裾がふわりと巻き上がり、革靴の裏がジャリッという音を立てて着地しました。


「……それで、こんな夜更けにどうしたというのですか、ベリー?」

「…………」


 彼女は相変わらず無口です。

 まぁ、生まれたときから大神殿の奥で軟禁状態で、同世代の子供もいない環境で育ったとマシュリナさんがおっしゃっていましたし。コミュニケーションが不得意でも仕方がないのかもしれません。


 ……あら? ベリーの環境って、高位貴族の子供にはよくある環境のような気も? しないこともないような気がしますけれど?


 けれどわたくしには母が居ましたし、お茶会で同世代の子供に会う機会もありました。途中からはアーヴィンお従兄様もシャルロッテもおりましたしね。

 ベリーよりはずっとマシな境遇だったかもしれません。


 わたくしは一歩、ベリーに近付きました。

 そういえばわたくしは今、生地の薄いネグリジェ姿で、他人に会う姿ではなかった、ということに思い至りました。

 けれど相手は同い年で同性のベリーです。肌はうっすら透けておりますけれど、まだ恥じらうような凹凸のある体でもない、と思い、そのまま足を進めました。


「なにか急用があったのでしょう? どこか怪我でもしたのですか? すぐに治癒いたしますわよ」

「……まくら」

「え?」

「私の、まくら」


 ベリーはそう言ってわたくしの手を引き、まだ温もりの残るベッドへとダイブします。

 わたくしは完全にベリーに巻き込まれ、ベッドマットが二人分の体重に悲鳴をあげる音を聞きました。


 つまりベリーは、今日……というか、すでに日付変更線を越えているので昨日、一日出掛けていて会えなかったお気に入りの(わたくし)と寝るために、こんな真夜中にやって来たということなのでしょうか。


 わたくしはびっくりしたのと同時に、なんというか、ベリーのことをいじらしいと思ってしまいました。

 彼女にとっては友情などではなく、ただの枕欲なのでしょうけど。こうやって健気にわたくしを探し求めに来てくれたことに、ホロリと来てしまいました。あれほど彼女に枕ではなく人間として認められたいと思っておりましたのに。


 シャルロッテから健気な愛情を向けられたときのように、わたくしは無垢な心に求められるのに大変弱いようです。


「……わかりましたわ。今夜は一緒に寝ましょう、ベリー」


 わたくしがそう言えば、ベリーが答えるようにわたくしをぎゅうっと抱き締めてきます。

 わたくしはその腕をポンポンと叩きました。


「ただし、革靴を脱いでくださいね。ベッドが汚れてしまいますわ。あと、あなた、なんだかチクチクするのですけど……?」


 まだ窓とカーテンが開いたままだったので、そこから入る月光を頼りにベリーの全身を観察しました。

 ベリーの白いワンピースには、どこでくっつけてきたのか、ひっつきむしと呼ばれる草の種があちらこちらについています。


 わたくしは思わず脱力の溜め息を吐きました。


「……とりあえず、ひっつきむしも取りましょう」






 ベリーに付いた草の種を取り、靴も脱がせ、窓とカーテンを閉めてようやく就寝の準備が完了いたしました。

 もうすっかりベッドは冷えていましたけれど、ベリーと二人で潜り込めばまたすぐに暖かくなるはずです。


 ベリーはべったりとわたくしにくっついてきました。

 彼女の細い腕がわたくしの腹や脇腹に巻き付き、ベリーの両足がわたくしの足を挟み込みます。わたくしから暖を取る気満々のスタイルでした。抱きつかれる側のわたくしはすごく寝づらい状態です。

 ベリーの顔がわたくしの肩口に擦り付けられると、彼女の長い髪がバサッとわたくしの顔の上にかかりました。思わず払い除けます。


「ちょっと、ベリー、あなたの髪が邪魔で息がしにくいですわ……」


 わたくしも髪は長いですけれど、眠るときは二本に分けて結んでいます。

 これがわたくしの髪には一番寝癖がつかない方法なのと、寝るときに邪魔にならないからです。


「あなたの髪も結んだ方が……あっ、」


 彼女に話しかけながら、わたくしは思い出しました。街でベリーのために青紫色の髪紐を買ったことを。


 わたくしはべっとりと抱きついてすでに半分眠っているベリーから、どうにか上半身を抜き出し、ズリズリとベッドの端へと這います。

 ベッドの側には帰ったときに置いたのままの鞄があり、わたくしはどうにか腕を伸ばして中を漁りました。

 ベリーがわたくしのおしりを枕代わりにして顔を乗せている重みを感じつつ、ようやく青紫色の髪紐を見つけ出しました。


「ベリー、髪を結びましょう?」

「……すぅー」

「……勝手に結びますからね」


 完全に人のおしりを枕にしているベリーの頭をどかし、彼女の長い髪を一本に結います。眠るのだからあまりきつく結ばないように、けれどほどけないように、と気を付けて纏めました。


「これで大丈夫ですわよ」

「んー……」


 わたくしが自分の枕に頭を乗せ、眠る体勢を整えれば。ベリーも一緒にゴロゴロ動いて寝やすい位置に勝手に体をおさめています。


 そういえば現世でこんなふうに誰かと揉みくちゃになって眠るのは初めてです。

 前世では子供の頃に両親や妹と眠ることもありましたし、大人になってからも、女友達のアパートに泊めてもらって一つのお布団で眠ることもありました。


 自分以外の肌のぬくもりや体臭、骨の固さや抱き締めてくる力の強さというのは、こういうものだったなぁと思い出して、なんだか切ない気持ちになりました。


「おやすみなさい、ベリー」


 わたくしの言葉はもう彼女には届いていないでしょう。

 真っ暗闇の中で、ベリーの柔らかな寝息が続いていました。


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