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23:ラズーの街を観光しよう③



「ごちそうさまでした、アンジー様。お子様定食、とっても美味しかったですわ」

「鉱山でペトラちゃんが頑張ってくれたから、本当に助かったよ~。また美味しいもの食べに連れて行ってあげるから、この調子でお仕事がんばってねー」

「はいっ。精進いたしますわ」


 お昼ご飯を食べ終え、定食屋さんから出ると、すぐそばを流れる小川のせせらぎが聞こえてきました。

 何とはなしに小川へ視線を向けると、そこには騒がしい街の中心部を流れる川とは思えないほど、清んだ水が流れております。


 わたくしは驚いて、小川のふちに近寄りました。


「ラズーの川は、こんなに小さな支流まで美しいのですね……」


 一メートルほどの川幅しかないその小川は、家々の間をゆったりと流れております。

 川端には生活用水として水を汲む住人の姿がチラホラ見えました。


 思い出すのは、貧民街に流れていたドブ川です。


 マリリンさんたちの住まいの側を流れていたドブ川は、泥のように濁って、悪臭を放っていました。

 飲み水としてはもちろん、生活用水にも向かない水でしたが、貧民街の人々はみな諦めてドブ川の水を使っていたものです。飲み水には、出来るだけ雨水を溜めて使っていたようですが。


 あのままではいずれ疫病が流行ってしまうだろうと、わたくしは確かに心の隅で思っていたのに、見て見ぬふりをしました。ーーー皇太子の婚約者でもない、ただの幼い令嬢にはなにも変えられることなどないのだと、目を逸らしたのです。


 けれど、こうして綺麗な小川が当たり前のように人の生活区域にあるのを見ると、あの貧民街のドブ川も再生し、人の生活と共存する方法があるのではないかと、考えずにはいられません。


 川端に立つわたくしの隣に、アンジー様がやって来ます。


「そういえば、これってラズーだけだったっけ」

「これ?」

「ラズーの川には浄化作用が組み込まれてるの。建国の頃に、初代皇帝陛下がアスラー大神とともに造り出した『浄化石』が、川の中洲に設置されてるんだよ。観光客が立ち寄る、ちょっとしたスポットになってるよー」


 前世の水の浄化施設の代わりになるものが、『浄化石』というものなのかもしれません。ぜひ見てみたいです。


 もしかしたら貧民街のドブ川や、それ以外の川にも『浄化石』を設置できれば、疫病の発生はぐっと抑えられるのではないでしょうか。


「それ、ぜひ見てみたいですわ! ここから遠いのでしょうか?」

「んー。ここは支流だからまずは本流に出て、そこから小舟に乗れば行けるけど。帰り、遅くなっちゃうけど大丈夫、ペトラちゃん? 疲れてない?」

「疲れておりませんわ! あの、でも、アンジー様は大神殿に帰るのが遅くなるのは平気でしょうか……?」

「いいよいいよ、大神殿の食堂は閉まっちゃうから、街で夕食を食べてから帰ればいいよ。お風呂はいつでも開いてるし」


 アンジー様は爽やかに笑いました。


「じゃー、川の中洲へ『浄化石』を見学しに行こっかぁ、ペトラちゃん!」

「ありがとうございます、アンジー様!」


 わたくしはぴょんっと小さく跳ねて喜びました。





 たまに観光客が立ち寄るコースだというだけあって、客待ち顔の船頭が幾人も川縁に腰かけています。

 アンジー様は手際よく船頭と交渉し、小舟で中洲に向かうことができました。


 到着した中洲は、大神殿の庭園よりも広いようです。背の高い葦が広がり、所々木々も生えています。

 観光客のために手作りされたのか、葦の間には木の板を並べただけの道があり、奥へ奥へと続いていました。


「この道を進めば『浄化石』が見れんぞぉ。ワシはここで待っとるから、お嬢さん方、ゆっくり楽しんで来なぁ」

「ありがとうございます、船頭さん」


 船頭はそう言って近くの岩に腰掛けて、煙草に火を点けながらわたくしたちに手を振ってくださいます。

 お辞儀をして、わたくしはアンジー様と共に木の道を辿っていきました。


 十分ほど歩くと、目の前に『浄化石』が現れました。

 ご丁寧に木の看板も用意されているので、間違えようがありません。


「結構小さいものなのですねぇ……」


 高さ五十センチほどの岩に、びっちりと何かが彫られています。古い文字のようにも、紋様のようにも見えました。

 そして岩の上部に、虹色に輝く不思議なクリスタルの大きな塊が埋め込まれておりました。


「これ、もしかしてゼラ神官が首に掛けられているチョーカーのクリスタルと同じものでしょうか……?」


 ほとんど独り言のように呟いたわたくしの言葉に、アンジー様が「うん」と頷きました。


「これは『アスラー・クリスタル』っていう、神の力が宿ると言われている鉱石だよ。ほら、あたしとペトラちゃんが治癒活動に行ったあの鉱山で、昔から採れるの」

「まぁ、あの鉱山で……。神の力が宿るとは、具体的にどういうことなのですか?」

「うーん、あたしが知ってるのは一般的な情報までなんだけど……」


 そう言いながら、アンジー様は考え込むように腕組みをします。


「ラズーの川の浄化もこの『浄化石』に埋め込まれた『アスラー・クリスタル』の力でぇ、ゼラさんたち幽閉組が大神殿の外に出れないようにしているのも『アスラー・クリスタル』の力。通信用のクリスタルもそう。あと領主館にも、似たような石碑があるって聞いたことがあるかな。

 ほかにもこのクリスタルを使った聖具を色々作って、貴族に売ってるって話は聞いてるよ~。領地の祭りの祝福に使うとかで」

「ああ、それなら知っていますわ。ハクスリー公爵領のお祭りで、ハーデンベルギアの花吹雪を産み出せる聖杯がありますわ」

「そう。そういう毒にも薬にもならない道具を売り払ってるって、ゼラさんが言ってたなぁ」

「この『浄化石』は複製して売ったりはしないのですか?」


 花吹雪製造機や、罪人用の爆発する首輪より、この『浄化石』を作った方がアスラダ皇国のためになりますし、大神殿にとってもお金になりそうですのに。

 わたくしが稼げる額でしたら、ぜひとも頑張って購入して、貧民街のドブ川に設置したいです。


「もう無理らしいんだよね。初代皇帝陛下の頃は、『アスラー・クリスタル』を使って、神の力そのものみたいな道具が作れたらしいんだけど。永遠に消えない炎とか、絶対に折れない剣とか、昔にはあったんだって。

 この『浄化石』に書かれてる文字だか紋様だかも、今のあたしたちには何を意味したものなのか解読できない。『アスラー・クリスタル』の本来の力を引き出せる技術も残ってない。

 大神殿の神秘部の連中がずっと研究は続けているけど、もう、現代のあたしたちに『浄化石』の複製は無理なんじゃないかなー」

「そう、なのですね……」


『浄化石』は大昔のオーパーツということなのでしょう。現代のわたくしたちでは解き明かすことの出来ない謎を秘めた……。


「せめて皇族に神託の能力者が再び現れれば、話は変わるかもしれないけどね~」

「? なぜ皇族に、神託の能力者なのですか?」


 皇族の方にも、特殊能力者は度々現れます。

 わたくしのような治癒能力者や、浄化の能力者などが生まれた記録が過去にあります。ここ百年ほどはないようですけれど。


「だって初代皇帝陛下って、神託の能力者でしょ? 神の声を聞いてこのアスラダ皇国を築いたって。歴代最強の血筋ってことじゃんねぇ。初代皇帝陛下の再来が現れたら、またこの地に神の力が満たされるかもしれないよ」

「なんだか英雄伝説や、お伽噺みたいですわねぇ」

「あたし、そういうの好きよ~」


 初代皇帝陛下の再来が現れたら、この『浄化石』の謎を紐解いて、皇国中に新たな『浄化石』を設置してくださらないかしら。


 ……まぁ、現在の皇族には、神託の能力者どころか特殊能力者は一人もおりませんが。

 ハクスリー公爵家には過去に幾人もの皇子や皇女が縁付いてきたので、わたくしにも一応皇室の血は混じっております。ですが、わたくしが持っているのはただの治癒能力なので、初代皇帝陛下の再来には該当しません。


「『浄化石』が皇国中に普及されれば素晴らしいと思ったのですが……、とても難しいのですねぇ」

「そうなったら本当に素敵なんだけどねー」


 ふと空を見上げると、その裾がオレンジ色に染まり始めています。いつの間にか夕方になっておりました。

 流れる雲は赤々と燃え、川を渡ってくる風もいくぶん冷え込んできました。


「ペトラちゃん、そろそろ小船に戻ろっか。そんで街で夕飯食べてから帰りましょー!」

「はい、アンジー様」


 わたくしは頷き、アンジー様とともに中洲を後にします。


 ーーー貧民街で暮らすマリリンさんとお孫さんのケントくんとナナリーちゃん、ガキ大将たちはまだお元気でいてくれているだろうかと、胸の奥に棘のようなものが刺さったまま。


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