22:ラズーの街を観光しよう②
アンジー様に案内していただいた雑貨屋さんは、少女めいたパステルカラーに彩られ、大人から子供までたくさんの女性客で溢れていました。
ミントブルーのレース編みのショールを手に取った老婆が、鏡の前で嬉しそうにご自分の首元に当てています。
白馬の飾りがついたオルゴールを、小さな女の子が憧れの瞳で見つめています。
年頃の少女たちがキャアキャアはしゃぎながらビーズ編みの鞄を指差し、買い物途中の主婦が野菜の入った籠を腕にぶら下げたままネックレスを眺めていました。
庶民の女性がちょっとずつお金を貯めて、時々自分だけの素敵な宝物を買いに来る、という感じのお店のようです。
「あ、ペトラちゃんの妹ってことは公爵令嬢か……。こういう庶民的な店だと駄目だった? 貴族向けの店はまた別の通りにあるんだけれど」
「いいえ、このお店、とっても素敵ですわ、アンジー様。妹の気に入るものが見つかるかもしれません」
「そっかー。なら良かったぁ~」
値段の高い安いは、きっとシャルロッテは気にしないでしょう。心優しい子ですもの。
問題は……わたくしがシャルロッテの趣味を知らないということです。
ずっとシャルロッテを避けていたので、彼女の好みがまったくわかりません。
好きな色も、モチーフも。
オルゴールや手鏡のような雑貨の方が嬉しいのか、アクセサリーやショールなどの身に付けられる品物の方が喜んでくれるのか。目の前に並んだ商品を眺めながら、なにひとつ思い浮かびませんでした。
狭い店内を、ほかのお客さんの邪魔にならないようにゆっくり進んでいくと、ガラス細工のコーナーに行き当たりました。なんとなく足を止めます。
「すごく、綺麗ですわ……」
「これはねぇ、ラズーの伝統工芸のひとつだよ。『ラズー硝子』っていわれている、半透明のガラスと透明なガラスを組み合わせて作る作品なの。貴族向けの店には、ラズー硝子で出来たシャンデリアやランプを扱うお店もあるよ~」
「そうなのですね」
庶民向けのお店の商品だからなのか、高級な色ガラスはありません。白く霞んだ不透明のガラスと、雪解け水のように透明なガラスの二種類を組み合わせた『ラズー硝子』は、まるで溶けない氷のようでした。
様々なデザインの製品があり、白鳥や薔薇の置物、アスラー大神を描いたペンダント、お皿やグラスなど日常で使える物もありました。
そのなかにハーデンベルギアの花を象ったヘアピンを、わたくしは見つけます。
見た瞬間にこれだと思いました。
「こちらのヘアピンに決めましたわ」
「いいねーいいねー、清楚な感じがしてとっても素敵だと思うよ!」
「……きっと妹によく似合うと思いますの」
シャルロッテが気に入ってくれるかはわかりません。
けれどきっと、わたくしと同じラベンダー色の髪と銀の瞳を持つあの子に、この氷のようなハーデンベルギアの花はよく似合うと思うのです。
わたくしは店員に代金を支払い、包んで貰ったヘアピンを大事に鞄に入れました。
▽
それから色んな店を見て回り、ほかの人へのお土産も購入しました。
リコリスやハンスたち公爵家の使用人宛に、日持ちのするドライフルーツやチーズ、焼き菓子などを大量に手配しました。
アーヴィンお兄様にはラズーで流行しているデザインの万年筆を。
お父様とお義母様にはラズーの高級酒を箱で送るよう、酒屋に注文しておきます。これはアンジー様おすすめのお酒だそうで、味の保証は間違いなしです。
……正直お父様とお義母様に贈りたい気持ちは欠片もありませんでした。
けれど、前世で働いていた頃に先輩達からお菓子外し(いわゆる、お土産などのお菓子を自分だけ配られないアレです)をされた時に、自分だけはそんなさもしい真似だけはするまいと思いました。
別にお菓子なんて働いているから自分で好きなものを買えますし、そんな意地悪を見せてくる相手から欲しいとはまったく思わないのですが。やられると、腹の奥がモヤァッとするんですの。
それから最後に、ご老人が敷物の上に商品を並べているだけの簡素なお店で、一本の髪紐を購入しました。
ご老人が手ずから編んだという髪紐は、なんの飾りもないシンプルなものでしたが、その色が驚くほどベリーの瞳の青紫によく似ていたのです。
ーーーこの色を見せたら、彼女もなにか反応するかしら。
そう思った時わたくしはすでに、鞄からお財布を取り出しているところでした。
そして購入した髪紐をシャルロッテのヘアピンといっしょに、鞄の中へと仕舞いました。
そうこうしているうちにお昼を回り、いよいよアンジー様がお子様定食をご馳走してくれる時間が来ました。
「ここのご飯はハズレがないから、覚えておくといいよ~。大将、こんにちは~」
「おや、アンジーさん。また来たのかい?」
「だって美味しいんだもん。今日は二人ね! この子、あたしの娘だから!」
「ご贔屓にどうも。……おいおい、どこの金持ちの子を拐ってきたんだ、アンジーさん。俺は嫌だよぉ、アンタをラズー領主様に突き出さなきゃならなくなるなんてさぁ」
アンジーさんに手を引かれてテーブル席に座ると、大将が軽口を言って笑いながらお冷やを持ってきてくれます。
最初のお店ではご挨拶がうまく出来なかったので、今度は自分から挨拶をしました。
「初めまして、大将さん。アンジー様の部下のペトラと申します。どうぞよろしくお願い致します」
「おんや、見習い聖女様でしたか。ご丁寧にどうも」
大将はニカッと笑います。
「ラズーに来たのは最近ですかな? なら、うちより安くてウマイ店はないから、料理、楽しみにしててくだせぇ」
「はい」
「じゃあ大将、ペトラちゃんにお子様定食、あたしには魚介温麺で!」
「あいよ。お子様、魚介麺一丁~!」
大将は店の奥に居た若い店員に注文を伝えると、そのまま厨房へと入っていきました。
すぐに、熱された鉄鍋に油が注がれるジュワッという音が聞こえてきます。とても楽しみです。
店内を見渡せば、まだお昼を回ったばかりだからか客はまばらでした。けれど皆さん、運ばれてきた料理を美味しそうに食べています。
若い店員がわたくしたちの注文した料理をすぐに運んできてくれました。
わたくしの前にはお子様定食と呼ばれるプレートを、アンジー様の前には魚介温麺という丼を置きました。
「とっても美味しそうですわ、アンジー様!」
「でしょでしょ。ラズーの子供たちはそれに夢中になるもんなんだよ。あったかいうちにお食べ~」
「はいっ。いただきますっ」
「あたしもいただきまーす」
ラズー流のお子様定食には、マカロニとベーコンのクリーム煮に、トマトソースがかけられた肉団子と海老のフリッター、半熟目玉焼きまでついていました。
全部メインと言っても過言ではありません。野菜の成分がトマトしかないところも、お子様大喜びの定食です。
おまけに苺が一粒、ちょこんとついているのです。これは季節によってフルーツの種類が変わるのでしょう。実にニクい演出ですわ。
大神殿の食堂のご飯は美味しいですし、ハクスリー公爵家のご飯は当たり前に豪華でしたが、ここまで子供の舌を喜ばせるのに全力投球した食事にありつけるのは現世では初めてなので、わたくしは夢中になってフォークを動かしました(わたくし、九歳の子供の体なので、味覚もまだ子供なのです)。
肉団子にかけられたトマトソースは子供舌でも美味しく食べられる程度のスパイスがかけられ、そのあとにマカロニのクリーム煮を食べると、まろやかで美味しいです。
海老のフリッターはサクサクですし、半熟目玉焼きの黄身の部分を崩して肉団子につけたりフリッターにつけても二度美味しいです。たいへん素晴らしいですわ。
「……やっぱり子供は、それが好きだよねぇ」
マカロニをもちもち食べているわたくしを、アンジー様がどこか懐かしそうな眼差しをして見つめています。ーーーいえ、わたくしを通して、誰かを見ているという感じがしました。
でも口の中のマカロニがもっちもちしていて、喋れません。
わたくしはただアンジー様を不思議そうに見上げることしかできず、咀嚼し続けました。
ちなみにアンジー様の頼んだ魚介温麺は、海老や貝の入ったトムヤンクンヌードルという感じの見た目をしています。スープに浮かんでいる油まで真っ赤でした。
アンジー様の目や鼻が赤らんでいたのは、その魚介温麺とやらが結構辛かったからなのでしょう。




