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21:ラズーの街を観光しよう①



 ついに待ちに待った休日がやって来ました!

 アンジー様といっしょに、ラズーの街中へ初めて遊びに行く日ですわ!


 わたくしは張りきってお出掛けの準備をしました。

 公爵家から持ってきた、商家のお嬢さん風衣装たちの出番です。

 わたくしのラベンダー色の髪に合わせやすい、レモンイエローの春らしいワンピースを選び、いつものポニーテールではなくハーフアップに髪をまとめました。シャルロッテから貰ったリボンはもはや、わたくしのトレードマークになりつつあります。


 公爵家で暮らしていたときには持ち歩くことのなかった鞄に、ハンカチやお財布などを詰めてゆきます。

 お財布……これも前世ぶりの存在です。

 今まではお店で買い物をするとハクスリー公爵家に請求が行くようになっていましたし、ちょっとした屋台で買い食いするときもメイドのリコリスがわたくしのお小遣いを持っていたので、支払うときは彼女がさっと出していましたから。

 お金に触ることすら久しぶりだと思うと、なんだか初めてのおつかいのようにワクワクした気持ちになりますね。

 今日素敵なものを見つけたら、公爵家のみんなに送ってあげましょう。


 わたくしは逸る足を抑えつつ、アンジー様との待ち合わせ場所である大神殿の門へと向かいました。





「じゃあペトラちゃん、まずは乗り合い馬車に乗ってみようっ」

「乗り合い馬車? 初めて乗りますわ」

「大神殿のそばから出発して、街の中心や港、ラズー領主館前まで行くルートを、毎日決まった時刻に発車してるんだ~」

「(完全にバスですわ)」


 まだ午前の早い時間ですが、大神殿の周りにはすでに多くの信者や観光客の姿があります。

 一般公開されている本堂や前庭、神々を奉る彫像や絵画などの美術品を見て回るだけでも一日以上かかるので、皆さん気合いが入っているようでした。

 もちろんそれ以外にも、上流階級の馬車が敷地の奥へ進んでいくのが見えます。治癒棟の患者であったり、祈祷や占いに来た参拝客でしょう。


 大神殿へ向かう人波とは反対方向に歩いて行きます。

 街へ向かう乗り合い馬車の待合室には人っ子一人おらず、やって来た馬車も貸しきり状態でした。

 そして何度かほかの停留所に寄りつつのんびりと進み、街の中心地に着いたのは、出発してから五十分ほど経ってからでした。


「やっぱ長時間乗ると、おしりが痛いね~。乗り合い馬車は時間がかかるから、早く街に行きたい時は馬で行った方がいいよ。馬なら二十分くらいだと思う。あたしは十分で着くけど」


 アンジー様の恐ろしい乗馬技術を思い出してしまい、わたくしはブルッっと震えました。


「あ、寒いの、ペトラちゃん? まだ春だしねぇ。そのワンピース、可愛くてペトラちゃんにめちゃくちゃ似合ってるけど、お昼頃になるまではまだ肌寒いかも」

「そういうわけでは……」

「よしっ、じゃあまずはあったかいお茶でも飲もっか!」


 アンジー様の明るい笑顔に、まぁいいかとわたくしは頷きました。


「こっちにあたしのお気に入りのお店があるんだー」


 そう言ってさっと手を繋いで下さったアンジー様は、上司というよりも保護者に近い気がして、なんだか胸の奥がくすぐったくなってしまいます。

 小さい頃はお母様ともこうして手を繋いで歩いたことを思い出しました。


 アンジー様が案内してくださったのは、移動ワゴンでドリンクを販売しているお店でした。

 いつもこの辺りでお店を開いているそうで、アンジー様は慣れ親しんだ顔で店主に「いつもの二つ!」とピースサインをしています。


「おやアンジーさん、その子は隠し子かい?」

「そうそう。可愛いでしょ。あたしの娘のペトラちゃん」

「街の男どもが泣くなぁ、こりゃあ」

「『子持ちでも構わない、ペトラちゃんごと幸せにする』って言ってくれたら考えなくもないんだけどねー?」

「そうだな、それくらいの甲斐性がなきゃアンジーさんを娶るのは無理だわな」


 すごく適当なことをおっしゃるアンジー様と、調子を合わせて笑う店主に「娘ではありません」と訴えるべきかどうか悩みつつ、つい口をつぐんでしまいます。

 冗談を楽しんでいるのか、本気でわたくしをアンジー様の娘だと思っているのか……。判断できませんわ。


 そうしている間に、店主がわたくしの目線に合わせてしゃがみ込み「ほい、ペトラちゃん」と木製のカップを渡してくださいました。


「熱いから気を付けてな」

「あ、ありがとうございます。……あの、わたくし、アンジー様の実子ではありませんの……」

「ブハッ。そんなこと見りゃあわかるよ」


 店主は気さくに笑い、近くに設置されたテーブル席を指差します。


「ほら、好きな場所に座って飲みな。最高に美味しく淹れたからさ」

「はい。ご丁寧にありがとうございます」


 わたくしはお礼を言って、アンジー様と共にテーブル席に座りました。


 温かいうちにと湯気の立つ木のカップに口をつければ、パイナップルとオレンジとスパイスの香りが口一杯に広がります。ホットフルーツティーでした。砂糖は入っていないようですが、かなり甘めです。

 聖地ラズーは皇都よりも気候が暖かいので、南国フルーツやスパイスが育ちやすいのでしょう。馴染みのない味ですが、とても美味しくて気に入りました。


「美味しいでしょ、これ」

「はい、アンジー様。とても気に入りましたわ」


 パチンと朱色の瞳をウィンクするアンジー様に、わたくしも笑顔で返しました。





 ラズーの街の中心には、メインストリートと呼ばれる商業地区が続いています。

 皇都のお店よりもずっと小さなお店が所狭しと並び、さらにその隙間に布を敷いて商品を並べている出店があり、籠を持って歩きながら商売をする人がおり……という感じの、商人の街です。

 近くの港から流れてくる潮の香りに、食べ物や香油のにおいが入り交じり、一歩足を踏み出しただけで異国のように感じられました。


 近くのお店を眺めれば、今朝水揚げされたばかりであろうお魚の腹を捌き、軒先で干物にしているのが見えます。

 ラズーのお茶が木箱ごと乱雑に並べられて量り売りされている様子や、何度も繰り返し使われてきたであろう茶色い油がいっぱいの大鍋の中へ、小麦を練った生地をスプーンでベシベシッと投入して揚げていく光景もありました。アンジー様いわく、庶民の揚げ菓子なのですって。

 肉屋では当たり前のように豚が天井から吊るされ、血まみれのエプロンをした店主が嬉々として肉を切り分けています。

 客から注文されたスパイスを棚から取り出し、擂り鉢で調合する魔法使いのような男性が居たり。色とりどりの古着を手直しし、出来上がったリメイク品を店先に並べていく女性も居ました。


 買い物客も熱気に溢れています。

 地元の方がザル一山の野菜の値切り交渉をしていたり、焼きたての魚介の串焼きを食べようと観光客が長い行列を作っていたり。

 雑踏をものともしない明るい声に溢れていました。


 そして、そんな荒々しい人々のあいだにひっそりと、アスラー大神の石像が置かれていたりします。

 神殿のシンボルマークを縫い付けた旗が店々に掲げられ、国花ハーデンベルギアがそこここに咲き乱れていました。

 生活の中に宗教が静かに根付いているのです。


 ここには、貴族令嬢として暮らしていた頃には一度も見たことがない、人々のリアルな営みがありました。

 前世のスーパーやショッピングモールでも、ちょっと見たことのない熱量です。


「どう? びっくりした? 皇都とは全然違うでしょ」


 オレンジ色の髪を跳ねるように揺らし、アンジー様がいたずらっぽく言います。


 わたくしは頷きました。


「ええ。皇都の貴族街でも、貧民街でも、見たことのない光景ばかりですわ。庶民の市場を馬車で通ったこともありますけれど、ここまでの活気はなかったように思います」


 ラズーに比べれば、皇都はもっと暗い場所のような気がします。

 それは単にわたくしだけの心象かもしれませんけれど。

 ここには母を亡くした悲しい思い出はなく、愛してくれなかった父もおらず、乙女ゲーム『きみとハーデンベルギアの恋を』にまつわるフラグもありませんから。

 それだけでわたくしは、ラズーで羽を広げることが出来るのです。


「ラズーの人間はみんな気持ちの良い人ばかりだからさ。あ、でも、値切り交渉は素人には難しいから気を付けてね~」

「は、はい」

「じゃあ、まずはどこへ行こっかな。ペトラちゃんはどこか見たいところはある? 欲しいものとか」

「わたくし、実家に送れるようなラズーの特産品がほしいですわ」

「ラズーの特産品かぁ。布織物や硝子工芸、装飾品にスパイスやお茶、酒に保存食なんかも良さそうだよね~」

「あと……」


 わたくしはなんだかもじもじして、その言葉を口にします。


「一つ年下の妹がおりまして……。大神殿に出発する前に妹から贈り物をいただいたので、お礼の品を送りたいのです。なにか、小さい女の子が喜ぶような品を売っているお店をご存じありませんか、アンジー様?」

「わっ、いいね、ペトラちゃんの妹の話、初めて聞いた! ペトラちゃんに似て、絶対可愛い子でしょう!?」

「髪と瞳の色は同じですけど、顔は似ておりませんわ。妹の方がずっと可愛らしいのですよ」

「ペトラちゃん、さてはあんまり自覚がないタイプだな? アンジーお姉さんが予言しておいてあげよう。ペトラちゃんは将来めちゃくちゃ美人になりますよ」

「……恐縮ですわ(悪役令嬢らしい威圧感のあるタイプでしょうけど)」

「じゃあ、ラズーの女の子達に大人気のお店から回ってみようか」


 アンジー様が当たり前にわたくしの手を繋ぎ、わたくしにぶつかってくる人が居ないか安全を確認しながら歩き出します。

 アンジー様はもしかしたら、姪や甥など身近に小さな子供がいる環境で暮らしていたことがあるのかもしれません。保護者慣れをしていました。


 それをこそばゆく感じながら、わたくしはアンジー様の手に引かれて、歩いていきました。


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