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17:庭園に潜む美少女



 初勤務から二日後。

 わたくしはすでに休暇をいただいておりました。


「二連休ですわ……」


 正確に言えば三連休でしたが、最初の一日であった昨日は治癒能力回復のために寝て過ごしたので、今日を含めて残り二連休となりました。


 アスラダ皇国には児童労働に関する法律はほとんどありません。

 貧困層の子供は小さいうちから家業に駆り出されていたりしますし、貴族も早いうちから家門の仕事を覚えさせられたりします。

 ですから正直、わたくしにも二連休は必要ないのではと思ってしまいます。

 昨日のうちに体は回復しましたし、早く仕事も覚えたいですし、なによりどうせたったの二時間労働です。まだ一日しか働いていないのに三連休もいただいてしまうなんて、なんだか心苦しい気持ちになってしまいます。

 大神殿ってホワイト企業……ではなくホワイト宗教なんだなと、実感しました。





 わたくしは休日の今日も見習い聖女の衣装に、シャルロッテからプレゼントされたリボンという姿で、自室から出ました。

 せっかくですし、大神殿の敷地内を散歩することにしましょう。

 巨大図書館のなかを覗いてみたり、乗馬を習いたいので職員のマシュリナさんに相談に行ってみようかしらと、ふんわりとした目標を持って足を進めました。


 大神殿の敷地内にはハーデンベルギアのほかにも多くの種類の植物が植えられていて、花も緑も人の目を楽しませてくれます。

 特に、専属の庭師が作った庭園には噴水や東屋なども設置されていて、公爵家の庭と大差ないほど豪奢な造りをしていました。


 ここでのんびりお茶でも飲めたら最高に幸せだろうなぁ、とわたくしは庭園のあちらこちらにある小路を進んでいきます。

 小路はまるで迷路のように入り組んでいました。


 長いトンネルの形をした藤棚を通り抜け、柳のカーテンの向こう側に出ると、大神殿の敷地の外れに出ました。一応、木で作られた柵で大神殿の敷地とそれ以外を区切っているようです。


 高い丘の上から、ラズーの海や街が見渡せます。

 春のうすぼんやりとした水色の空が、頭上にどこまでも広がっていました。


「きれいな景色ですわ」


 春の風がさわやかに吹き、わたくしの髪を撫でてゆきます。

 ポニーテールの毛先が揺れ、リボンが揺れ、なんだか童心に返ったような心地になりました。ーーーまぁ、ペトラとしては九歳なので、わらべですけれど。

 とてもリラックスした心地で、わたくしは「ん~~っ」と伸びをします。


 そのとき、一陣の強い風が吹き抜けました。


「きゃあっ!」


 リボンがほどけた感覚がして慌てて後頭部に手を回しましたが、掴まえることはできませんでした。


 風の流れた方向へと目を向ければ、シャルロッテから貰った白いリボンが、ハーデンベルギアの枝にかろうじて引っ掛かっているのが見えます。

 良かった。取りあえず、なくさずに済んだみたいです。


 また風が吹いてはたまらないと、わたくしは慌ててリボンを取りに向かいました。






「今度、多少の風にもほどけないようなリボンの結い方を研究しましょう……」


 無くしたりしたら、シャルロッテに対する罪悪感が増えてしまいますし……。そうではなくてもお気に入りのリボンですもの。


 そんなことを考えながら、ハーデンベルギアの枝先からリボンを拾うと。


「……あら?」


 ハーデンベルギアの奥に緑で出来た小さな秘密基地のようなものがあり、そこに一人の少女が横たわっているのが見えました。


 具合が悪いのかしら、と思い、わたくしはハーデンベルギアの低木から身を乗り出して少女の様子を観察します。


 ……抜けるように白い肌をした少女は、わたくしより一つ二つ年下でしょうか、そんな体躯をしています。

 木苺のようにピンクがかった赤い髪が草むらの上へと広がり、前世でも現世でもちょっとお見かけしたことのないレベルの美少女顔が、そこにはありました。

 こんな自然の中でとんでもない美少女を発見してしまったせいか、一瞬、薔薇の妖精か苺のお姫様でも現れたのかと思いました。


 けれど木々が影になっているせいで、彼女がただお昼寝をしているだけなのか、具合が悪くて倒れているのか判断できません。

 わたくしはハーデンベルギアの隙間を通り、少女に近づくことにしました。


「あのぅ、ご機嫌いかが……? 具合がお悪いようでしたら、治癒いたしますわ?」


 少女のすぐ傍にしゃがみこみ、目を瞑ったままの彼女の手首にそっと触れます。脈は正常のようでした。


 熱を測ろうと額に手を当てれば、少女の目がぱっちりと開きました。


 青紫色の宝石のような瞳が、わずかな日差しに反射してチカチカと輝いているのを見て、わたくしは息を飲みました。

 目を瞑っていても恐ろしいほどの美しさでしたのに、目を開けるとさらに破壊力を増します。同性なのに思わず見惚れてしまいました。


 少女は無表情でした。わたくしを見上げたまま、なにも言葉を発しません。

 わたくしは我に返って手を離し、彼女に謝りました。


「ごめんなさい……! あなたが具合が悪くて倒れているのか、ただ眠っていただけなのか判断が出来ず、あなたに触れてしまいましたわ。気を悪くさせてしまったら、本当にごめんなさい」

「…………」

「あの、それで体調は大丈夫でしょうか? 必要でしたらすぐに治癒いたしますわ。わたくし、三日前に治癒棟に配属されました、ペトラ・ハクスリー見習い聖女と申します。あなたも見習いですよね? 歳も近そうですけれど……」

「…………」


 彼女が身に付けていたのが、わたくしと同じ見習い用のワンピースだったのでそう問いかけましたが、返答はありません。


 彼女はただじっと、わたくしの手を見つめています。


「……あの、どうかされまして?」

「…………」


 少女は横たわった体勢のまま、手を伸ばしてわたくしの手を取りました。手のひらのしわから、爪の形までを検分するようにじっくりと触れてきます。

 そしてようやく満足したのか、わたくしの手首を掴んだまま、先ほど額の熱を測ろうとしたときのようにわたくしの手のひらを額に乗せました。

 そのまま少女は目を瞑ります。


「え? え?? な、なんでしょう、これ……」

「…………スゥー……」


 問い質そうにも、なぜか少女はそのまま眠りに入ってしまいます。


「どうしたらいいのでしょう……?」


 目の前でスヨスヨと眠る美少女に、わたくしは途方に暮れました。


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