15:鉱山で治癒活動②
新たに広場へ運ばれてきた三人の子供たちは、かなり危険な状況でした。
口や胸元が吐瀉物で汚れており、意識がありません。けれど手足は痙攣を起こしていました。
わたくしも軽症者なら数人まとめて治癒できますけれど、重症者はまだ無理です。
アンジー様のような大技も持っていません。
けれど他人を羨んでいる暇はありません。
わたくしはわたくしに出来る最大限で、子供たちを救うしかないのです。
正直わたくしもたくさんの中等症患者を治癒したあとなのでヘトヘトですが、体に残っている力を集めます。
「《High heal》!」
まずは一人目。硬直し始めている女の子に治癒能力をかけます。
あと二人残っているので、力を出しきるわけにはいきません。
自分の持つエネルギーを三分の一だけ降り注ぐイメージで、女の子に治癒をかけ続けました。
「……あれぇ、わたし……?」
五分ほど経過すると、女の子がぼんやりと目を覚ましました。不思議そうにわたくしを見上げています。
「……きれい。天使さまなの……?」
「意識が戻りましたね。具合の悪いところは残っていませんか?」
女の子の様子を素早く確認し、彼女が「うん」と頷くのと同時に次の子供の治癒に取りかかります。
わたくしが二人目の子供を治癒しているあいだに、まだ力が残っている神官たちが三人目の子供に治癒をかけていました。弱い治癒力でも皆さんの分が合わされば、きっと延命効果があるはずです。
アンジー様も地面に横たわったままの体勢ですが、わたくしたちに励ましの声をかけ続けてくれました。
二人目の子供の治癒がようやく終わったのは、それから二十分も経ってからのことです。
《High heal》を連続使用するのは今日が初めてでしたが、これほどゴッソリ力を消耗するとは思いもしませんでした。
力の分配に気を付けようと思っていたのに、すでに限界に近付いていました。あと一人残っていますのに……。
「ふぅぅぅ……」
フラフラする頭を押さえ、わたくしは深呼吸します。
治癒能力を限界まで出しきると、貧血のような症状が出るのですが、すでにその症状が出始めていました。
「あと一人だよー、ペトラちゃん~。頑張ってぇ。打ち上げに街でお子様定食奢ってあげるからねぇ~」
「たのしみに、していますわ……」
へろへろのアンジー様の声に、わたくしも同じようにへろへろと答えると、三人目の子供の前に移動しました。
「皆さま、ご尽力してくださり本当にありがとうございます」
疲れきった顔で、それでも最後の力を振り絞って治癒能力をかけ続けてくれた町の神官聖女様たちに、わたくしは頭を下げます。
彼らは首を横に振りました。
「なんとか死なせないことは出来ましたけど、この子を治してやることは出来ませんでした……。不甲斐なくてほんとすみません……っ」
「……私たちの力はこれで限界です。ごめんなさい、ペトラさん、子供のあなたに頼るしかない大人で、本当にごめんなさい……」
「でも、どうか、この子を治癒してあげてください……!」
「もちろんですわ。どうか、わたくしをお頼りくださいませ」
ハッタリ九割で、わたくしは頷きました。
帰りはぶっ倒れて意識がないでしょうけれど、そんなこと、すでに何度も経験したことです。
わたくしは三人目の子供ーーー七歳くらいの男の子の体の上に、両手をかざします。
「《High heal》!!!!!!」
まばゆい治癒の光が見えたかと思うと、キーンとした激しい耳鳴りがわたくしの頭の内側に響きました。
視界に砂嵐がチラつき出します。
このままでは治癒の途中で意識がブラックアウトしてしまうと思い、わたくしは慌てて舌先をガリッと噛みました。
痛みと、血の生ぬるい不味さに、どうにか意識を保ちながら、わたくしは治癒能力を使い続けました。
「がんばれ、がんばれ、ペトラちゃん~」
「あともう少しです、ペトラさんっ」
「アスラー大神様、聖女様、どうかうちの息子を助けてください……!」
ふらつく体を誰かが後ろから支えてくれましたが、誰かはわかりません。
振り向きたくても、わたくしの体はちっとも動いてはくれませんでした。
でも、絶対に、治癒の手だけは止めません。
限界なんてとうに越えていますけれど、わたくしが治癒を止めてしまえば、男の子の方が死んでしまうのですから。
なおれ、なおれ、なおれ、どうか、いきのびて。
おかあさまがしんでしまったときにわたくしがあじわったかなしみを、ほかのだれかが、あじわうことのないように。
あいしあうかぞくが、ひげきにひきはなされることのないように……。
ふと、治癒が完了したことを指先から感じました。
「良かった、良かった、少年が目を覚ましたぞ!!」
「すごいです、ペトラさん! お手柄ですよ!」
「男の子の治癒が終わりましたー!」
もう目を開けていても、真っ暗でなにも見えません。
耳鳴りも酷くて完全に貧血状態だったのですけど。ーーー喜びに沸く明るい声が、なんとなく聞こえてきました。
わたくしの頭を撫でる温かな手を、たくさん、たくさん、感じました。




