14:鉱山で治癒活動①
「重症者はこっちにガンガン並べて~。あたしのエリアヒールの範囲は十メートル四方だから、患者を寄せ集めてくださーい!」
周囲の人々にそう声をかけるアンジー様に、わたくしは首を傾げました。
「あのぅ、アンジー様、エリアヒールとは一体なんでしょうか……?」
「うーんとね、エリアヒールは名前そのまんまで、そのエリアに居る人間全員をいっぺんに治癒出来るんだ。あたしは範囲十メートル四方だけど、ゼラさんなんかは大神殿敷地内くらい一気に治せちゃう化け物だよ~」
つまり複数の重症者を一気に治癒出来ると言うことですね。
わたくしなど、重症者一人治癒するだけでもヘトヘトでしたのに、本当にすごいですわ。
「すごいのですね、アンジー様も、ゼラ神官様も!」
アンジー様は「へへへっ」と笑うと、わたくしに向けてウィンクします。
「ペトラちゃんも経験さえ積めば出来るようになるよっ。だって大神殿所属になれるのは、本当に才能がある人だけだし。治癒能力の伸び代がない連中は、そこらの神殿所属止まりだもん」
十メートル四方に集められるだけ集めた重症患者を、アンジー様は見つめました。
「今日はペトラちゃんにのんびり見学させてあげられないけれど、一回目は見てて」
「はい」
「いくよ……《Area heal》!!」
かざされたアンジー様の両手から治癒の光が現れ、指定された範囲の地面に降り注ぎます。きっちりと十メートル四方にまばゆい光が降り注ぎ、そこに横たえられていた患者たちの体にどんどん吸収されていきました。
そして五分も経たずに、そこにいた患者たちは生気を取り戻し、つぎつぎに目を開けました。
永遠の命を人々に与えるといわれているアスラー大神。
治癒能力者がその使いであるといわれているのも、納得できる大技でした。
わたくしは思わず憧れの目でアンジー様を見つめてしまいます。
「すげえ、さすがは大神殿の聖女様だ……!」
「カルカロス、カルカロスっ、良かった! 良かった! 意識が戻ったんだな……!」
「ありがとうございます、聖女様っ!! このご恩は決して忘れません!!」
意識を取り戻した患者の元に、村人たちが殺到します。泣きながら患者を抱き締め、アンジー様に何度もお礼を言いました。
そしてまた次の重症者たちを治癒してほしいと、人々がアンジー様のもとに集まってきました。
「じゃ、あたしはまだまだエリアヒールを続けなきゃいけないからさ。ペトラちゃんは重症者以外の患者を治癒していってくれる?」
夏風のようにさわやかに笑うアンジー様に、わたくしは頷きました。
「お任せくださいませ、アンジー様」
アンジー様が重症者に集中できるよう、わたくしは中等症以下の患者を治癒していきましょう。
アンジー様の聖女としての素晴らしい活躍に胸を熱くしたわたくしは、はりきってほかの患者たちのもとへ走っていきました。
▽
近隣の神殿から派遣されていた神官聖女たちには、主に軽症者の治癒をお願いしました。
どうやらアンジー様がおっしゃっていた通り、町の神殿所属の治癒能力者はレベルがあまり高くないようです。軽症者の治癒でやっとという感じでした。
それなのにわたくしたちが到着するまでは率先して重症者の治癒に挑戦していたのですから、本当にご立派です。
「何度治癒をかけても全然治せなくて絶望していたんで、大神殿の方々が来てくださって本当に良かったです……!」と涙ぐんでおられました。
わたくしたちの到着が遅れていたら、きっと重症者どころか軽症者さえ救えなかったかもしれません。
そんな最悪を想像してしまえば、暴れ馬に乗ってきた恐怖もおしりの痛みも、どうということはなかったという気持ちになります。
わたくしは中等症の患者をつぎつぎに治癒していきます。
アンジー様のように重症者をいっぺんに救えるような大技は持っていませんけれど、地道に、確実に、一人一人数をこなしていきました。
実働二時間などとおの昔に過ぎ去ってしまった頃、中等症の患者すべての治癒が終わりました。
もうかなりヘトヘトですが、ホッとして周囲を見渡しました。
アンジー様の方は、ほかの神官聖女のお手伝いを、と辺りを確認すれば、もうほとんどの患者が治癒されたあとでした。
軽症、中等症の患者は全員完治し、アンジー様が最後のエリアヒールを試みています。
「もう今日はこれであたしの力は最後だからね! 絞りカスもぜーんぶ集めて……《Area heal》!!!!!」
『最後の力』とおっしゃった通り、アンジー様はもう限界だったのでしょう。最初よりも治癒の光は弱く、時間も二十分近くかかりました。
そしてアンジー様は治癒が終わると同時に地面へ大の字に倒れ、そのまま動かなくなってしまいました。完全にエネルギー切れです。
けれどこれで無事、広場にいた患者たちの治癒はすべて完了したのでした。
「お疲れさまですわ、アンジー様。お水をどうぞ」
「つ、疲れたぁぁぁぁ……。本当はエールを浴びるほど飲みたいんだけど、もはや酒場に行く気力もにゃ~い……」
「帰りは馬車をお願いしましょう。わたくし、手配をしてきますわ」
「おっと、ちょっと待って、ペトラちゃん」
アンジー様においでおいでと手招きされたので、わたくしはトコトコ近寄りました。
「きゃあっ」
「教育係として、新人を褒めなくちゃね」
アンジー様の腕にぐいっと引きよせられ、わたくしはそのまま彼女の柔らかな胸へと倒れ込みました。アンジー様もガス欠でしんどい状態でしょうに、わたくしのことをきゅっと抱き締めてくださいました。
温かくて柔らかくて、オレンジのような香りが、アンジー様から薫ってきます。
「ペトラちゃん、初仕事がこんなに大変だったのにちゃんと乗り越えられて偉かったねぇ。まだ九歳なのに、よく頑張ったね。ペトラちゃんのお陰で本当に助かったよ、ありがとう」
「……アンジー様ぁ」
実母が亡くなって以来、こんなふうにわたくしを抱き締めて褒めてくださったのは、アンジー様が初めてでした。
前世で二十代まで生きた記憶を思い出したわたくしは、精神年齢が体年齢よりもずっと年上になったと思っていたのですが……。
こんなふうに優しくされてしまうと、だめです。
涙で目の前が潤んでしまいます。
しょせん前世の記憶は“記憶”でしかありません。
ペトラとしての実体験は今がすべてで、母のように優しくされてしまえば、わたくしは胸の奥が震えて泣いてしまうのです。
「ふぇぇぇぇん、アンジー様ぁ……」
「よしよし、とんでもない修羅場で怖かったよねぇ。頑張った、ペトラちゃんは頑張ったよー」
泣き止むまでよしよしと頭を撫でてもらっていると。
村の奥から一人の若者が、なにかを叫びながら広場に向かって駆けて来るのが見えます。
なんだかとっても嫌な予感が……。
「毒ガスが発生している坑道の近くに、ガキどもが三人倒れてるんだ! たぶんガスが発生してることを知らないで、遊んで入り込んじまったんだと思う! ガキどもを運ぶために誰か来てくれ!! ガスを吸わないように、マスクも持ってきてくれ!」
ガスが発生している坑道の近くで、大人よりも体の小さい子供が三人……。これは重症患者の予感です。
アンジー様に視線を向けると、「うわー」という顔をして青空を見上げていました。
「あたし、今日はもうこれ以上、治癒出来ないんだけど……。四十歳を過ぎてから、回復力が落ちてるんだよねぇ」
「え、四十歳だったのですか!?」
女性の年齢に反応するのは良くない、と思い出す前に、わたくしの口からぽろりと言葉が溢れていました。
アンジー様は「イエーイ」とピースサインをします。
「四十二歳でーす」
「見えなさすぎますぅぅぅぅ!」
「というわけで、ごめんね、ペトラちゃん。新しくやって来る患者の治癒、任せたよー。頑張って!」
「あたし、ペトラちゃんの応援係してるから」と、アンジー様はちょっと困ったような笑顔を浮かべたのでした。




