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12:治癒棟に初出勤



「うーん、こんなものかしら……?」


 今日はいよいよ治癒棟での初勤務の日です。


 わたくしは自室の鏡の前で首をかしげました。

 気合いを入れて早起きし、支給された聖女見習いの衣装を着たのですが、まだ着なれない衣装のせいか、どうも違和感があります。


 聖女見習いの衣装は、ヴェールのように薄い生地が何層にも重なった、古代風の白いワンピースです。

 ドレスよりずっと軽いですし、体への締め付けがないので動きやすくて嬉しいです。

 一緒に支給された革靴と、聖女見習いの証であるブローチを胸元に付ければ、小さな見習い聖女の完成でした。


「髪は纏めた方がいいかしら……?」


 公爵令嬢として伸ばしてきたラベンダー色の髪の毛先を手ですくいながら、呟きます。

 もう大神殿に引っ越しましたし、勤務中に邪魔になると困るので、いっそ髪を短く切ってもいいのですけれど……。


「あ、そうですわ」


 わたくしは机の上に飾っていた陶器製の小物入れを開けました。

 なかに入っている細々とした品の中から、シャルロッテから貰ったリボンを取り出します。

 もう一度鏡の前に戻り、わたくしは髪を手早くポニーテールに纏めて、リボンで結びました。


「これで服装はばっちりですわ」


 わたくしはようやく自分の姿に満足し、自室を出ました。





 アスラー大神を崇める神殿には、大神官と大聖女からなる上層部を頂点に、多くの神官や聖女、その見習いや職員の方々が働いています。


 神官や聖女たちと、普通の職員の違いは、その人が持っている特殊能力の有無です。


 わたくしの場合は治癒能力ですが、ほかにも植物の言葉が分かる神官や、星読みの聖女、雨乞いの聖女など、様々な特殊能力者が存在しています。特殊能力を二、三種類持っている方も、なかには居るようです。

 その中でも特に貴重なのは、神託の能力者で、数十年に一人しか生まれないといわれている存在だそうです。


 そして特殊能力者以外で神殿に携わるお仕事をしているのが、昨日お会いしたマシュリナさんなどの職員の方々です。

 ほかに神殿と神官聖女を守る神殿騎士や、神話を研究している学者など、とても多くの方々が働いています。


 わたくしもそんな大神殿に在籍する見習いの一人として、今日から治癒棟にやって来る患者さんたちを治癒するのですが……なんと実働二時間の予定です。


 もともと見習いには授業があります。

 午前中は語学や計算やマナー、歴史など様々なことを学び、午後にそれぞれの勤務先へ移動して働くことになっています。

 ほかの見習いの方々は午後の勤務時間がもっと長いのですが、わたくし、まだ九歳になったばかりなんです。

 さすがに子供に長時間勤務はさせられないということで、二時間の時短パート状態になるそうです。


 ちなみに午前の授業に関しても、わたくしは一人で特別授業なのだそう。

 現在大神殿に在籍する見習いは男女合わせて二十名ほどらしいのですが、みなさん平民の方で、文字の読み書きから学んでいる段階らしいのです。

 わたくしは幼い頃から公爵令嬢として英才教育を受けてきたので、基礎的なことはすでに終わっています。

 だから神殿に在籍する学者たちから、特別授業を受けさせてもらえることになりました。


 このまま聖女になれば貴族学園に通うことはないので、高度教育を受けられる機会が与えられたのは大変ありがたいことです。

 それにほかの見習いの方は、十三歳から十七歳だそうです。貴族出身の九歳なんてクラスメート扱いしづらいでしょうから、一人で特別授業の方が気楽そうだなと思いました。





 朝のお祈りの時間が終わると、さっそく特別授業を受けました。

 高等数学と語学、神話という時間割りでした。


 この世界の高等数学はどうやら前世のそれよりレベルの低い内容らしく、問題なくついていけました。語学も今のところ大丈夫そうです。

 神話は、令嬢教育では基礎的なことしか習いませんでしたけれど、これからは聖女見習いという立場なので必須科目です。頑張って勉強していこうと思いました。


 そして昼食を挟み、午後。

 わたくしはついに治癒棟へ初勤務に向かいました。





 三階建ての治癒棟は、大神殿と同じ白亜で出来ていました。


 ここでも周辺にハーデンベルギアが咲いています。

 胡蝶蘭に似た小さな花がいくつも花開いているのを眺めながら、わたくしは治癒棟の扉に向かいました。


「新しくいらっしゃった、見習い聖女様でしょうか?」


 扉の前に立っていた二人の神殿騎士のうちのひとりが、わたくしに確認を取ってきます。


 わたくしは胸元にある見習い聖女のバッチを、騎士に見せました。


「ペトラ・ハクスリー見習い聖女です。今日からよろしくお願い致します」

「治癒棟へようこそ、ハクスリー様。我々は治癒棟を警護する騎士です」

「どうぞ、治癒棟のなかへお進みください。受付に所長がお待ちです」


 騎士二人が開けてくれた扉を通り、なかへ進めば、広い玄関ホールがありました。

 アスラダ皇国の古代に流行したといわれている青いモザイク画が床一面に広がっていて、目に鮮やかです。まるで前世のテレビ番組で見た、モロッコの宮殿のようでした。


 玄関ホールのすぐ目の前には受付があり、職員が事務作業に追われているのが見えます。

 そしてその側には、一人の年老いた男性が立っていました。

 白い神官服は見習いのものよりずっと立派で、胸元のバッチも神官を表すものです。

 首には虹色に輝く不思議なクリスタルの付いたチョーカーのようなものが巻かれていました。


 神官様はわたくしを見て穏やかに微笑みます。

 この方がここの所長でしょうか。


「初めまして、神官様。本日より治癒棟に配属されました、ペトラ・ハクスリー見習い聖女です」

「ようこそ治癒棟へいらっしゃいました、ハクスリー殿。我輩はこの治癒棟の所長を勤めております、ゼラ神官と申します」


 やはり所長さんだったようです。


 ゼラ神官様は長い白髪と髭が特徴的な方で、仙人という雰囲気です。

 話し方もゆったりとしていて、初勤務に緊張していたわたくしの気持ちもいくぶん落ち着きました。


「本日は治癒棟内の案内をしつつ、ハクスリー殿の仕事内容について説明していきましょう。その後、教育係を紹介いたします」

「ありがとうございます、ゼラ神官様。どうぞよろしくお願い致します」


 ゼラ神官様はまず、受付のなかを見せてくれました。


「大神殿の治癒棟で担当するのは、基本的に寄付金が多い方、高位貴族の方や、大神殿内にツテがある方ばかりだと思ってくださって結構です」


 セレブ御用達の私立大学病院みたいなイメージでしょうか。

 前世では縁のない存在すぎて、よくはわかりませんが。


「その他に、町の神殿にいる神官や聖女たちでも治癒することが出来なかった患者たちがやって来ることもあります。そちらも前もっての予約があるので、この治癒棟の受付が突然混雑するということは、ほぼありません」

「患者が救急搬送されることはないのですか?」

「ほとんどありませんね。ラズーには大神殿以外にも小さな神殿が点在し、治癒能力を持つ神官聖女たちがそこに在籍していますから。

 彼らの治癒が追い付かないほど大量の重症者でも現れない限り……」



「ゼラ神官様、大変です!! 近くの鉱山で有毒ガスが発生し、多くの労働者たちが有毒ガスを吸い込んだ模様です!! 町にいる神官たちでは手が足りず、治癒棟に救護要請が届けられました!!」



 突然、先ほどの騎士が玄関ホールに転がるように駆けてきて、受付の職員によく聞こえるように通達しました。


 職員たちはざわめき、わたくしは息を飲み、ゼラ神官様は「まさか……」と呟いて青ざめます。


 早々にフラグ回収がやって来てしまったようです……。


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