2巻発売記念SS『ベリー18歳の誕生日』
本日発売です! よろしくお願いいたします!
「……はぁぁぁ~……」
せっせと書き上げていた書類が終わった途端、わたくしの口から溜め息が零れました。
人目のない場所なら溜め息の一つや二つ、気にもならないのですが、ちょうど周囲には治癒棟の皆様の姿がありました。
同じように執務机に向かっていたアンジー様とスヴェン様が顔をあげ、ソファーで寝転んでいたドローレス聖女が体を起こし、所長室から伝達に来ていたゼラ神官がこちらに視線を向けました。
「どうしたの、ペトラちゃん? なかなか重い溜め息だったね?」
「そろそろ休憩にするか? 職員にお茶を頼むか」
「ペトラぁ、お菓子ならこっちのテーブルにあるわよん。アタクシの隣に座りなさいな」
「書類仕事ばかりで疲れたのでしょう。少し体を動かすといいですぞ、ハクスリー殿」
皆様がわたくしを気遣って声をかけてくださいました。
「皆様、ご心配いただきありがとうございます。けれど、今のは、仕事の疲れではないのですわ。ですから、大丈夫ですわ……」
こんなことで皆様に心配をかけてしまうなんて、恥ずかしいし、心苦しいですわ。
わたくしは首を横に振りましたが、「仕事の疲れじゃないのなら、プライベートで何かあったの、ペトラちゃん?」「俺で良ければ、話くらいなら聞くぞ」と、アンジー様とスヴェン様が心配げな表情を浮かべました。
わたくしはなんだかしどろもどろになってしまいます。頬もどんどん熱くなってきました。
「いえっ、本当にお気になさらないでくださいっ! 何も、大したことでは……っ!」
「あ~、アタクシ、分かっちゃったぁ。ベリーのことでしょ」
ドローレス聖女に図星を突かれて、わたくしは思わず黙り込みました。
自分でも分かりやす過ぎる反応だと思うのに、なかなか否定の言葉が出てきません。ただ焦って口をパクパク動かすわたくしを見て、他の三人が「あぁー、なるほどー」「ペトラがベリーから告られてから、結構経ったよな」「青春ですなぁ」とニヤニヤと笑い始めました。
恥ずかし過ぎて、身の置き場がありませんわ……っ!
「そろそろペトラちゃんも、ベリーちゃんに返事をする気になったのかなー?」
「……い、いえっ、アンジー様っ、そういう話ではなくて……っ!」
「え? いい加減ベリーの奴に返事してやれよ。いつまで曖昧にしておくつもりなんだ、ペトラ。ベリーが可哀想だろ」
「あら、いいじゃないの。男というのは生かさず殺さず曖昧な関係のままキープして、美味しいところを搾り取れるだけ搾り取ればいいのよぉ」
「スヴェン殿は恋愛という狂気をあまりよく理解してはおられないようですね。相手からの承諾など必要ありませんぞ。ただ一方的に捧げる愛こそが純愛なのですから」
「わたくしはベリーに金品を貢がせたいわけではありませんし、ベリーもストーカーになるような子ではありませんわ!!!」
恋愛沙汰で幽閉組となったドローレス聖女とゼラ神官は、考えが独特過ぎますわ!!!
こうなっては自分の懸念事項について、きちんと話してしまったほうが、余計な茶々を入れられずに済むでしょう。
わたくしは慣れない話題に顔を真っ赤にさせながら、小さな声で呟きました。
「……わたくしはただ、もうすぐベリーの誕生日なので何をプレゼントすればいいか悩んでいただけですの」
アンジー様が、「ああ、そういえばもうすぐ夏だもんねぇ」と頷きます。ベリーは夏の前の雨が降りやすい時期が誕生日でした。
「去年までは、その、ベリーのことを女の子だと思っていましたので、可愛いポーチですとか、花の香りのハンドクリームなどを贈っていたのです。でも、今年からはベリーに何を贈ったらよいのか、分からなくなってしまいまして……」
「そんなの、『プレゼントはアタクシよん♡』とか言って男の頬にキスの一つでもしてやりつつ、飲み物に眠り薬を仕込んで終わりよ。目が覚めた男は、記憶はないけれどアタクシを抱いたと思い込んで、ますますアタクシに金を貢いでくれるわん」
「お前は悪魔か。でも確かに、ベリーも今さら女子向けの小物を贈られても困るよなぁ」
「吾輩なら、愛しのご令嬢から髪の一束でもいただければ狂喜乱舞したでしょうねぇ」
「それを喜ぶのはゼラさんだけですよー」
アンジー様がゼラ神官に突っ込みをしつつ、わたくしのほうへ振り向きました。
「男の人にプレゼントをあげるとか、本当に悩むよねぇ。あたしも旦那と付き合ってた頃、何をあげたらいいのかまったく分からなかったもん。それで結局旦那に今欲しいものを聞いたら、大工道具が欲しいって言うのよ。それで実際にプレゼントしたら、『誕生日プレゼントの話だとは思わなかった。自分で買うつもりで話したんだ』って言うのよ。一応嬉しかったみたいだったけれど」
「ちょっとした勘違いだったのですね」
「最終手段としては肉でも奢ればいいと俺は思うぞ? ベリーの奴、まだまだ食べ盛りだからな」
「お肉を……こう……、可愛くラッピングすれば、お誕生日プレゼントっぽいでしょうか……?」
「まぁ、ベリーちゃんなら、ペトラちゃんが一生懸命選んだものならなんでも喜んでくれると思うよ」
「はい……」
皆様にいろいろアドバイスをいただきましたが、これといって思い浮かぶものもなく、結局わたくしの悩みは解決しませんでした。
▽
ベリーの誕生日当日になりました。
彼の誕生日パーティーは毎年治癒棟の地下牢で行われているのですが、皆様の前でプレゼントを渡すのは恥ずかし過ぎるので、パーティーが始まる前にこっそりとベリーを呼び出します。
大神殿最奥部から仕事を終えてやって来たベリーは、今ではすっかり髪が短くなり、当たり前ですが神官の衣装を身に着けていました。
もはやストールで隠すこともなくなった首元には喉仏があり、白い上衣の合わせ目からは真っ平らな胸板が覗いています。インドのシャルワールに似た、ゆったりとした白いズボンから見える足首や足は、男性らしい太い骨の形が浮いていました。
ベリーから漂う男性的な色香に、いけないものを見ているような気になり、思わず視線を逸らしました。……本当にどうして以前のわたくしは、ベリーのことを頑なに女の子だと信じられたのでしょう。
「やぁ、ペトラ。こんなところに私を呼び出してどうしたの? 今日はみんなで、地下牢でケーキやご馳走を食べる予定じゃなかった?」
口を開けば、ベリーは相変わらずおっとりとしていて、どこか浮世離れしていました。
「お仕事お疲れ様ですわ、ベリー。実は、あなたの誕生日パーティーの前にプレゼントをお渡ししたかったのです」
「毎年パーティーの途中で渡してくれるのに、今年は違うんだね? 地下牢に運び込めないくらいの大きさとか?」
不思議そうに首を傾げるベリーに、「いいえ、そういうわけではありませんの」と首を横に振ります。
「ただ、わたくしが皆様の前であなたにプレゼントをお渡しするのが恥ずかしいだけです……」
「恥ずかしい? どうして?」
ベリーがわたくしに告白したことが周知の事実になっているからですわ!!! その上、わたくしが墓穴を掘って、あなたの誕生日プレゼントで悩んでいることを相談してしまったからです!!!
……などと口にするのも恥ずかしく、「まぁ、理由はいいではありませんか……」と、ごにょごにょ答えます。
「もしかして、恥ずかしいものをプレゼントに選んでくれたとかかな。この間、二世から手紙が送られてきたんだけれど、王家や公爵家には、男女の閨事に関する極秘の指南書があるって……」
「わたくしとベリーの関係がどう変化していくのかを楽しんでおられる大人たちが多いので、見られたくないだけですわ!!!」
二世様!!! とんでもない情報漏洩ですわよ!!!
わたくしが叫ぶように言うと、ベリーは青紫色の瞳をきょとんと丸くしました。
「私とペトラの関係が変わる必要なんて、別にないのに。どうしたって私はペトラを愛していて、ペトラの自由にしていい男の一人というだけなのに」
世間一般では、愛の告白は受け入れるか断るかの二択で、そのまま宙ぶらりんにしていいことではありません。
ですが、ベリーのそういった大らかさに、彼の告白に対する答えを見つけ出せないわたくしは助かっているので、何も言えませんでした。
ベリーの熱烈な言葉がただただ恥ずかしくて、全身が熱いですけれど。
「こほん。……お誕生日おめでとうございます、ベリー」
咳払いをして、妙な空気を振り払ってから、わたくしはベリーにプレゼントを渡しました。
「ありがとう、ペトラ。さっそく開けてもいい?」
「……はい」
「ジャーキーがたくさん入ってる。このお肉屋さんのやつ、すごく美味しいよね。ありがとう。……あれ、まだ奥に何か入ってる」
スヴェン様のアドバイスをもとに大量のジャーキーを用意しました。ベリーって本当によく食べますもの。
でも、レオならともかくベリー相手にこれだけではちょっとなぁ、と思いましたので、おまけのプレゼントを入れました。
「あ、手袋だ」
ベリーがジャーキーの詰まった袋の奥から引っ張り出したのは、男性用のグローブでした。
「ベリーが公式の場に出る時は、たぶん大神官の衣装を着ることが多いと思います。ですが、紳士服を着る可能性もあると思ったので、念のため……」
必要があれば、ベリーはその時に最高級の品を集めることが簡単に出来る立場です。ですが、今まで男性用の小物を持つ機会がなかった彼が、そういったものに少しずつ慣れるのにいいかなと思って、プレゼントをすることにしました。
……いえ、これはただのこじつけです。
わたくしは今回のベリーの誕生日プレゼントに、どうしても男性物が贈りたかったのです。
あなたのことを異性として見ると、意思表示をするために。
これが、今のわたくしに出来る精一杯の歩み寄りでした。
そのことはベリーにも伝わったようで、青紫色の瞳を嬉しそうに細めます。
「ありがとう、ペトラ。大事に使うよ」
ベリーはそう言ってグローブを袋の中に戻すと、わたくしに手を差し伸べました。
「じゃあ、そろそろ地下牢のパーティーへ行こうか。お手をどうぞ、ペトラ」
「はい。お願いいたしますわ、ベリー」
ベリーのことを男性として愛せるかなんて、まだ分かりません。
でも、彼と離れて生きることを選択したくありません。その気持ちだけは、わたくしの中に以前と変わらずにありました。