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11:大神殿に到着



 乙女ゲーム『きみとハーデンベルギアの恋を』の舞台であるアスラダ皇国は、神々の頂点であるアスラー大神が、「この肥沃な土地を平和に治めるように」と初代皇帝に与えたことが始まりだと言われています。


 そしてそのとき初代皇帝に与えた場所こそが、聖地ラズーでした。


 アスラー大神はラズーの丘に、一本のハーデンベルギアを植えました。

「これは私の意思そのもの。私の喜びが続く限り咲きつづけ、失望した時には枯れるであろう」と言い残し、神は去っていたと言われています。

 アスラダ皇国の長い歴史のあいだにハーデンベルギアは三回枯れ、その度に皇帝の代替わりが起こったといわれていますが、この二百年ほどはずっと咲き続けているそうです。

 夏の日照りでも、極寒の冬も、昼夜も問わず花びらを広げるその姿は、たしかに神秘的でした。


 時代の移り変わりと共にアスラダ皇国は領土も人も増え、皇都を現在の場所へ移しました。

 現在のラズーは政の中心ではありませんが、最初のハーデンベルギアが現存している大神殿や、古代の建造物が美しく建ち並んでいます。

 それを目当てにやって来る観光客のために、宿泊施設や商業施設が増えていき、人も増え、アスラダ皇国の第二都市として栄えているのです。





 というわけで、わたくしペトラ・ハクスリー、聖地ラズーに無事到着いたしました。


 来る途中に馬車の中から見かけた街の様子は、皇都とは違うおおらかな空気と、それを満喫する人々の笑いにあふれていて、見ているだけで楽しい気分になりました。

 いずれわたくしも、ラズーの街を観光してみたいですわね。


「ようこそ聖地ラズーの大神殿にお越しくださいました、ペトラ・ハクスリー様。本日案内役を勤めます、神殿職員のマシュリナと申します」

「初めまして、マシュリナさん。本日よりお世話になりますわ」


 マシュリナさんは、人好きのする温かい笑顔を浮かべる優しそうな方です。

 五十代くらいの女性で、なんとなく『寮母さん』のイメージが湧きました。


「馬車のお荷物はこちらでペトラ様のお部屋にお運びしましょう。それではまずは、お茶にしましょうか。ここでの生活の説明をさせていただいた後、実際に神殿内の各施設をご案内いたします」

「感謝申し上げますわ、マシュリナさん」

「いえいえ」


 わたくしは神殿に越してきましたが、身分は未だ『公爵令嬢』のままです。

 見習い聖女としてここで学び、働き、暮らし、そして十八歳で成人になるときに見習い期間が明けて、『聖女』と呼ばれることになるのです。

 貴族籍は聖女になるときに外されることになっていました。


 ちなみに貴族が聖女や神官になった後、家の事情で還俗することが可能だったりします。

 そこらへんは結構ゆるいみたいですわね。





 マシュリナさんと別室に移り、ラズーのお茶と素朴なお菓子を摘まみながら、ここでの生活についての説明を受けました。


 公爵家にいらっしゃった使者から受けた説明と重複するところもありましたが、わたくしがきちんと理解しているかの確認のために繰り返してくださいます。


「食事は食堂にご自分で取りに行かねばなりません。食堂で食べても自室で食べても、場所は構いませんが、とにかく食事の上げ下げはご自分でされなければなりませんよ」

「はい。わかりましたわ」

「入浴場では、髪を洗うのも体を洗うのも、すべてご自分一人で行ってください。……ペトラ様は石鹸を見たことがありますか?」


 たぶん神殿入りした貴族の御令息御令嬢が、毎度いろいろやらかした結果なのでしょう。

 彼らは食器の上げ下げも出来ず、お風呂に入っても石鹸すらわからず、きっと寝具の整え方も、衣類を洗濯場にもって行くことも、出来なかったのでしょうね。


 マシュリナさんがとても心配そうにわたくしを見ています。


「(前世で)学んで来たので、たぶん大丈夫かと思います」

「わからなかったら、とにかく周囲の人にお尋ねになってくださいね。わからないことは何も恥ずかしいことではありませんから」

「はい。そういたしますわ」


 そしてお茶を飲み終わると、マシュリナさんが大神殿の敷地内を簡単に案内してくださいました。


 朝と夕方にアスラー大神へ祈りを捧げる神殿の本堂や、わたくしが働くことになる治癒棟、治癒能力者以外の神官や聖女が働く様々な研究施設、巨大な図書館。

 神殿騎士が生活する宿舎や訓練場なども敷地内にあり、鍵が掛けられていて見ることは出来ませんでしたが、立派な宝物殿もありました。


 それから神殿の奥にある、神官や聖女が暮らす居住スペースに案内していただきました。

 食堂や談話室、温泉の引かれた大浴場は好きな時間に入って良いと聞かされ、元日本人としての血が騒ぎました。現世初の温泉です! わくわくします!


 そして最後に、わたくしの自室を案内して貰いました。

 公爵令嬢への配慮でしょうか。居間と寝室の二部屋があてがわれていました。

 自室内にバストイレはありませんけれど、とても嬉しいです。


「ペトラお嬢様のお荷物はこちらです。寝室の奥にクローゼットがあるのですが、ご自分で荷物の整理をしなければなりません。その……本当に大丈夫ですか?」

「はい。何事も自分でやってみますわ。本日は案内してくださってありがとうございました、マシュリナさん」

「荷物の整理が出来なかった場合は、談話室の側にある、管理人室へ行ってくださいね。誰かしらアドバイスできる者が居るはずなので……」

「なにからなにまで、痛み入りますわ」

「では私は次の仕事がありますので、これで。無理だと思ったら早めに管理人室へ駆け込んでくださいね!」

「はい」


 ここに来た貴族たちは荷物整理で、どれほどのやらかしをしたのでしょうか。


 マシュリナさんがあんなに青い顔をしていらっしゃるのを見ると、ちょっと気になってしまいますわ。


 わたくしはマシュリナさんを見送ると、自室の扉を閉め、まずは奥の寝室へと向かいました。


 荷物整理をする前に部屋の換気をしようと、窓を開けます。


 寝室の窓を開けると、春の暖かい日差しとは裏腹のヒンヤリとした空気が室内に流れ込みました。

 わたくしは首をすくめて、外の景色に目を向けます。


「やはりここでも、ハーデンベルギアの低木が咲いていますのねぇ……」


 アスラー大神が植えたといわれる『始まりのハーデンベルギア』は、神殿の最奥部に隠されているそうです。皇国中のハーデンベルギアが枯れたときでも、その最初の一本だけは未だ枯れたことがない神秘の木なのだそう。

 大神官クラスでないと最奥部へは行けないそうなので、ちょっと残念です。


 それでも、『始まりのハーデンベルギア』の枝を挿し木して増やされた中庭の花々は、とても綺麗でした。


 いろんな色の花が咲くハーデンベルギアですが、つい紫色の花に視線が向いてしまいます。

 それはきっと、異母妹のシャルロッテがくれたリボンのせいでしょう。

 彼女が施してくれたハーデンベルギアの刺繍は紫色でした。

 わたくしのラベンダー色の髪に調和するようにと、色を選んでくれたのでしょうね。


 出立する馬車から見た、シャルロッテの泣き顔。

 手を振ってくださったアーヴィンお従兄様、リコリスやハンスの寂しげな表情。

 お世話になった人たちの顔が次々に脳裏に浮かんで、わたくしの胸の奥をきゅっと締め付けます。


「……わたくし、きっと精一杯頑張りますから」


 聖女になりたかったわけではなく、公爵家から逃げ出したかっただけのわたくしですが、迎え入れて貰った場所で自分に与えられた責務を全うしたいです。


 それくらいしか、お世話になった方々に返せるものがありませんから。


「さて、荷物整理を始めましょうか」


 それが終わったらシャルロッテや皆さん宛てに、ラズーに到着した報告の手紙を書きたいなぁと、わたくしは思いました。


旧タイトルがしっくり来なかったので、タイトルを変更しました。

問題は安易に略すと『ペトラ神殿』になってしまい、世界遺産になることですね。

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