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【書籍2巻&コミカライズ企画進行中】悪役令嬢ペトラの大神殿暮らし ~大親友の美少女が実は男の子で、皇室のご落胤だなんて聞いてません!~(WEB版)  作者: 三日月さんかく
第7章 ペトラとベリスフォードのそれから

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115:踏み込まずにいた、たくさんのもの



「ペトラは来年十八歳で成人するね。その時に大神殿で選択の儀があり、貴族籍を抜けて聖女になるつもりだということは、僕も理解している」


 アーヴィンお兄様がゆっくりとそう仰いました。

 その内容に相違ないので、わたくしも頷きます。


「けれど、それは君が天涯孤独の身になるということと同義だ。いくら僕やシャルロッテがペトラを愛し、守ろうとしても、籍を抜けた以上は身内として扱えないことが多くあるだろう」

「覚悟の上ですわ、アーヴィンお兄様」

「いいや、君は分かっていないよ、ペトラ」


 眉間にシワを寄せ、アーヴィンお兄様は心配そうにわたくしを見つめました。


「ペトラの血は、僕やシャルロッテよりもずっと高貴なものだ。その血の価値は、君が貴族籍を抜けたあとでも呪いのように君の歩む未来にまとわりつくだろう。

 後ろ楯を無くした君を強引に娶ろうとする貴族が現れたって、おかしくはない。今回の件だって、君が例え貴族籍を抜けていたとしても閣下は強行したと僕は思うよ」

「……大神殿所属という後ろ楯だけでは足りないでしょうか?」

「実際、足りなかっただろう? 君を守る後ろ楯は一つでも多い方がいい」


 今回は仕掛けた人間が実の父親で、宛がわれそうになった相手は皇太子という、逆らうのが難しい相手ばかりだったから……。というのは、楽観的過ぎる考えなのでしょう。


「今はまだいい。閣下が貴族籍剥奪された後は、当主の僕が保護者として君を守れる。

 だがペトラが成人して貴族籍を抜けたあと、アンジー聖女様の養女となって守ってもらった方がいいと僕は思う。身近に頼れる大人がいた方がいいよ」


 わたくしはチラリとアンジー様に視線を向けました。

 今まで頼れる上司だと思っていた方が養母となると聞かされると、妙に気恥ずかしさが込み上げます。


「……アンジー様は、本当によろしいのでしょうか? わたくしが養女としてお世話になっても」

「あたしは平気だよ、ペトラちゃん。というか、もうペトラちゃんのことはうちの子の一人みたいな気持ちになってたし」


 それからアンジー様は、昔話をされました。


「あたし、大神殿に来るまでは街の小さな神殿で働く聖女だったの。旦那と息子の三人でのんびり暮らしていて、すごく幸せだった。でも火事で旦那と息子の両方を亡くしちゃってね。それから色々あって大神殿に来たんだ。

 忙しく働いてないと、どうしても二人のことを思い出しちゃって、辛くてね……。

 そんな時に小さなペトラちゃんが大神殿にやって来てくれたのよ。

 ペトラちゃんに息子のことを重ねて見ていたわけじゃないんだよ? だってペトラちゃんは本当にしっかり者で、部下としても手が掛からなかったし。うちの息子は本当に騒がしい子だったから。

 だけどペトラちゃんと関わっていくうちに、あたしは自分の中にある行き場の無くなった母性が慰められていくのを感じていたんだよね。息子を失って悲しいという気持ちより、あの子の小さな頃の出来事とか、好きだったものとか、笑顔とか話してくれたことを思い出すことの方がずっと多くなって……。

 あたし、そんなふうに小さなペトラちゃんからいっぱい力を貰っていたの。ありがとう、ペトラちゃん」


 アンジー様はそう言ってオレンジ色の頭を下げました。

 わたくしは何と答えたら良いか分からず、「いえ……」と呟きます。


「だから、ペトラちゃんがあたしの籍に入ることを望まなくても、あたしは勝手に『ペトラちゃんの大神殿のお母さん』という気持ちになっちゃっているので。養女になる、ならないはともかく、必要な時はあたしに頼って欲しいと、アンジーさんはそう思っています!」

「アンジー様……」


 わたくしはずっと、アンジー様のことを独身主義者だと思っていました。

 ベリーのこともそうですが、プライベートの重そうな話に首を突っ込むのは野暮なことだと逃げていました。

 けれど、こうして隠されていたものが目の前に曝け出されると、今まで首を突っ込まなかったことは本当に正解だったのかしら? という疑問が湧きました。


 わたくしはもっと、ベリーにもアンジー様にも首を突っ込んで、その内側に抱えていた悲しみや苦しみに触れるべきだったのではないでしょうか?

 シャルロッテのことだって、彼女に踏み込まずに逃げてしまったから、あんなことになってしまったのかもしれません。


 変な境界線を他人との間に引かず、相手の内側に飛び込むべき時に飛び込めるような人になりたい。そんな強く優しい人になりたいと、ふと思いました。


「ふつつかものですが、養女としてよろしくお願いします、アンジー様」

「ペトラちゃん……」


 誠意を込めて頭を下げると、アンジー様も「こちらこそ至らない養母ですが……!」と頭を下げてくださいました。


 アンジー様の籍に入るのは来年ですが、わたくしはこうして新しいお母さんが出来たのでした。





 その日は一日中、ひっきりなしに来客が訪れました。


 ラズー領主様は「この度は災難だったね」とわたくしに労りの言葉を掛けてくださいましたが、……喜色満面の笑みを隠せずにいました。パーシバル2世様が立太子なされることが本当に嬉しかったようです。


 わたくしは皆様に何度もお礼を伝えたあと、2世様に尋ねました。


「立太子おめでとうございます、2世様。……けれど、ずっとラズーの領主となられる為に努力しておりましたのに、ラズーの地を離れる結果となってしまって、本当によろしかったのでしょうか?」

「ペトラ嬢、心配してくれてありがとう」


 2世様はほがらかに笑います。


「確かにラズーから離れるのは寂しいよ。あそこが僕の終の栖だと思っていたから。

 でもモニカは僕がどんな人生を歩むとしても、ずっと一緒に付いてきてくれて、僕と一緒に困難と戦ってくれるもの。独りじゃないから頑張れるよ。

 それによくよく考えたら、僕ほど皇帝に相応しい人間って、この国に居ないじゃない? 僕、皇帝になるべくして生まれてきたような気がしてきたもの」


 そう自信満々におっしゃる2世様に、わたくしはホッとしました。

 わたくしの事がきっかけで人生をねじ曲げられ、ご本人が納得いかない道を歩ませるとしたら申し訳ないですもの。


 モニカ様と3世様が「当たり前ですわ! パーシバル様ほど素晴らしい御方はこの世界を三周したって見つかりません!」「僕はお兄様がいずれアスラダ皇国中の民から崇められるようになることを、ずっとずっと知っていましたよっ!」と、横から持て囃します。


 この三人はこれからもお互いのことが大好きなまま、その運命を捩じ伏せていくのでしょう。


「わたくしの力が必要な時はいつでも仰ってくださいませ。すぐに駆けつけますから」

「ありがとう、ペトラ嬢」





 その後は貧民街の皆様まで面会にやって来てくださいました。レオも交えてお話をします。


 皇城から脱走後のレオの話を感謝しながら聞いていたら、わたくしの父の脱税を暴いたのが貧民街の皆様だったことを知り、大変驚きました。


「お嬢さん、キャサリンは昔から手癖が悪くて有名だったのさ」

「前に言ったでしょう、ペトラちゃん。ばぁばは裏帳簿を見つけるのが趣味だって。うふふ」

「ワシもペトラちゃんの為に火炎瓶をいっぱい投げたんじゃよ!」

「その火炎瓶をたくさん作ったのはじぃじだよ。ペトラちゃんを思って頑張ったんだよ」

「オジョーサマ、こいつら昔『銀世代』と呼ばれて義賊の真似事をしてた、イカれた集団なんっすよ」


 ブラックジョークだと流して聞いていたことが、本当の事だったなんて……。

 皆さんに感謝を伝えながら、わたくしは本当に誰のこともよく知らなかったのだと痛感致しました。





 ベリーともきちんと話をしましょう。


 実は男の子だったからといって、何も恐れる必要なんかありませんわ。

 確かに、同性だと思ったからこそ無防備なところをたくさん見せてしまって、すごくすごく気まずいです。恥ずかしいですわ。


 でも、それでわたくしとベリーの友情が消えてなくなってしまうわけではありません。


 これからは異性として気を使い合わなければいけない部分もたくさん出てくると思いますが、一つひとつ乗り越えて、ベリーと変わらぬ友情を築いていきましょう!


「ペトラ」

「ひぃっ!!」


 後ろからベリーに名前を呼ばれただけですのに、うっかり悲鳴を上げてしまいました……。


 バクバクと鳴り響く心臓を押さえながら振り向けば、見習い神官服を着たベリーが側に立っていました。


 平常心……、平常心ですよ、ペトラ……。

 狼狽えてはなりません……。

 過剰に反応するなんて相手にとても失礼なことですから……、とにかく平常心を貫くのですよ、ペトラ……。


 わたくしは自分に言い聞かせ、ベリーをしっかりと見つめました。


「ペトラ、顔が真っ赤だけど大丈夫? 熱はない?」

「ダイジョウブデスワ」

「そう?」


 ベリーの顔が良いのはいつものことです。今までだって溜め息が出ちゃう程の美少女でしたし、これからは溜め息が出ちゃう程の美少年だというだけの話です。

 なにも変化はありませんよ、わたくし!

 だから変な感じに心臓がバクバクするの、止まってくださいぃぃ!


 わたくしの額の熱を確かめようとするベリーの大きな手のひらをかわしながら、わたくしは自分の心臓と戦い続けました。


「ペトラ、今時間はある? 私のことを、ちゃんとペトラに話そうと思うんだ」


 ついにベリーの口から、きちんとした説明をして貰えるのでしょう。


 わたくしの心臓は自然と落ち着き、頬や額の熱が引いていくのを感じます。

 彼の瞳を見て、わたくしはしっかりと答えました。


「聞きたいです。ベリーの本当のことを、わたくし、ちゃんと知りたいです。……どうか教えてくださいませ」


 ちゃんとベリーの内側に踏み込むとすでに決めていたわたくしの声に、迷いはありませんでした。


お陰様で、短編『前世魔術師団長だった私、「貴女を愛することはない」と言った夫が、かつての部下』が、アニメイトの『耳で聴きたい物語』コンテスト2022に一次通過しました! 本当にありがとうございます!

あとは読者投票に委ねられたので、投票用シリアルをお持ちの方はぜひ一票入れてやってください!

ペトラが完結したら、ちゃんと活動報告書きます……。


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