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110:相互理解の限界(アンジー視点)



 レオ君が合流したあと、あたしたち大神殿の一行は一日半かけて皇都へ向かった。

 そして貴族街へ入ると、あたしはペトラちゃんの実家へ向かう為に馬車から離脱する。


「じゃあ、あたしはここからペトラちゃんの実家に向かうね~」

「アンジー、気を付けてね」

「うん! ベリーちゃんもトルヴェヌ神殿まで気を付けてねー」

「わかった。まぁ、私は馬車に乗っているだけなんだけども」


 あたしは馬に乗ると、ベリーちゃんに手を振った。地図も確認したし、神殿騎士を二人つけて貰ったから安全面もバッチリ。


 ただ問題があるとすれば……。


「アンジー聖女様ぁぁぁ!! 貴族街で爆走はやめてくださいぃぃぃぃ!!」

「えー? ごめーん、今なんて言ったの、騎士のひと~?」

「ですからっっっ!! 我々が並走できる速度で……!! …………!!」

「う~ん。騎士達が遅すぎて会話が出来ないや」


 毎回あたしが馬に乗ると、馬の方が勝手に暴走するので、神殿騎士が遥か後方へ見えなくなってしまうことだ。


 まぁ、目的地はお互い分かっているんだから、のちほど合流で!





 一足どころか百足くらい早く公爵家に到着しちゃったあたしは、そのまま一人で公爵家に突入した。

 ペトラちゃんの義兄であるアーヴィン様に取り次ぎをお願いし、さっそく面会してもらう。

 アーヴィン様は少々疲れたご様子だったけど、大神殿がペトラちゃんの返還の為に動いていることを知ればすぐに「僕にもお手伝い出来ることがあれば」と、決断してくれた。


 あたしとアーヴィン様はお互いの持っている情報を共有した。

 なんとアーヴィン様、クソ閣下を部屋に閉じ込めた後、公爵家の屋敷すべてを捜索してクソ閣下の脱税を裏付ける証拠まで見つけ出したらしい。

 さすがペトラちゃんのお兄ちゃん。血はあんまり繋がってないらしいけど、仕事の出来る人間の一族って感じだね。

 クソ閣下はその才能を脱税に使っちゃったところが残念なんだけど。


「ハクスリー公爵閣下は現在どのようなご様子ですか? 是非一度お会いして、罵りたいのですが……」

「罵る……。アンジー聖女様はとても正直な御方ですね」

「はい。それが若々しさの秘訣です」


 あたしが誠意を込めてお願いすれば、アーヴィン様はクソ閣下を閉じ込めている部屋へと案内してくださることになった。





 公爵家の護衛の方々が交代で見張っているという部屋からは、男性の叫び声が断続的に響いてくる。


「嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁ!! 私の全財産が燃えてしまうぅぅ!!」

「やめてくれぇぇぇ、燃やさないでくれぇぇぇ!!」


 ふむ。レオ君が言っていた爆破担当おじいちゃんの件だろう。完全に火炎恐怖症になっちゃっている。

 廊下に立つ護衛はそれを何時間も聞いているようで、うんざりしたような表情をしていた。


「閣下の様子はどうだい?」

「相変わらず錯乱しております」

「アンジー聖女様が閣下にお会いしても平気だろうか?」

「話しかけても無駄だとは思いますがね。それでも面会しますか?」


 アーヴィン様と護衛があたしに視線を向けてきたので、大丈夫だと伝える為に笑って見せる。

 こちとら色んな修羅場を掻い潜って五十歳まで生きてるんでね。


「クソ閣下、たのもー!」


 あたしは部屋の扉を開けて突入した。


 部屋の様子は悲惨だった。

 錯乱したクソ閣下が暴れたのだろう。お高そうな椅子が倒れているし、絨毯には紅茶が飛び散った染みがあった。

 ベッドの上にはシーツにくるまった閣下が居て、真っ青な顔で震えながら「燃えてしまう……全部灰になってしまう……!!」とブツブツ呟いている。


「お久しぶりでーす。実に三年ぶりですね?」

「火が怖い……火が……」


 閣下はあたしに気付くことなく、ただひたすら脳裏に映る炎の幻影に怯えている。

 他人を平気で踏みにじる奴に限って、自分が踏みにじられることに耐えられない奴が多いんだよなぁ。

 この男の顔を見るだけで向かっ腹が立つ。


 なんでこんな自分の子供すら大事にしないような親がのうのうと生きていて、あたしが大事にしていた息子も旦那も生きられなかったんだろう。

 それはそれ、これはこれ、全然違う話だと分かっているのに、怒りのせいであたしの思考はぐちゃぐちゃになる。


 子供を大事にしない親なんか嫌いだ。

 ペトラちゃんはあんなに良い子なのに、こんな親に振り回されて平穏を脅かされるなんて、可哀想でならない。


 どうせこんな男、錯乱していなくたって話が通じない。あたしの言いたいことなんて理解も出来ない。ただの言葉の羅列だと思うだけなんだろう。

 だって人として大事な部分が欠けちゃっているから。

 もしかしたら閣下自身、親から物として扱われてきたから欠けてしまったのかもしれない。そういう悲しい背景があるのかもしれない。

 けれどもう、同情出来るボーダーラインは越えちゃっている。だからあたしは一切この男に同情しない。


「ねぇ、クソ閣下」


 あたしは閣下の胸ぐらを掴んだ。

 炎の幻影に怯える閣下はされるがままだ。ぐらぐらと頭を揺らしながら「公爵邸が燃えている……!」と呟くだけだ。

 あたしはそこ(火事)から立ち上がったけれど、あんたはそこで一生メソメソしていれば?


「あんたなんかが父親で、ペトラちゃんが可哀想。ペトラちゃんがあたしの娘だったら、うんと可愛がったのに。

 あんたは親になるべきじゃなかった!!!」


 これはあたしのエゴで、八つ当たりで、怒鳴り散らすだけ自分が消耗する虚しい行為だ。

 しかも閣下を叱りつける権利など、あたしには一つもないのである。

 あたしはペトラちゃんの上司にすぎず、身内ではないのだ。


 でもどうしても、言わずにはいられない言葉だった。

 てゆーか、言葉で済ましただけでも有り難く思えよって気持ちだ。

 タコ殴りにして治癒をかけて、またタコ殴りにするエンドレスでも良かったんだぞ、若造め。


 あたしは閣下から手を離すと、ぽいっと床に捨てた。

 とても虚しい気分で部屋を出る。





 公爵家の護衛が扉を施錠するのを眺めていると、ずっと廊下で待っていてくれたアーヴィン様が「アンジー聖女様」とあたしに声を掛けてきた。


「あの、折り入って聞いていただきたいことがあるのですが」

「……なんでしょう、アーヴィン様? 閣下の更なる悪事ですか?」

「いえ。ペトラのことです」


 あたしがアーヴィン様を見上げれば、彼は優しげな表情でこう尋ねた。


「ペトラを養女にする気はありませんか?」

「はい……?」


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