109:合流(レオ視点)
貧民街へ行ったり、キャサリンの家で裏帳簿探したり、アーヴィン様にくっついてハクスリー公爵を取っ捕まえて消火活動をした挙げ句、徹夜が祟って公爵家に泊めてもらったりしたら、三日も経っちまった……。
トルヴェヌ神殿が伝書鳩を送ってくれたとはいえ、伝書鳩だって途中で大型の鳥に襲われたりする可能性もあるから安心は出来ねぇ。
俺は遅れを取り戻すためにも馬を急がせた。
ラズーに向かう大きな街道を、今度は寄り道することなくひた走る。夜には神殿に泊まらせてもらい、ついでに馬も交換させて貰って、また走り続けた。
そして皇都から出て三日目の昼に、俺はその大集団を見つけてしまった。
大神殿の旗をはためかせる馬車が数台。その後ろにはラズー領主館の旗を立てた馬車もある。神殿騎士団と領主館の護衛団がその周囲を守っていた。
……伝書鳩はまだ大神殿に到着してないよな?
別件で皇都に来たのか?
訳も分からずその集団に近づけば、先頭を走っていた神殿騎士の先輩が「お前、レオかっ!?」と、俺に気づいてくれた。
「ハクスリー見習い聖女様の護衛についていたはずのお前が、なんでこんなところに居るんだっ!?」
「先輩たちも、なんでこんな皇都の近くにいるんスか!? 俺、ベリー見習い聖女様にオジョーサマのことをお伝えしなきゃなんねぇから、大神殿に向かうところだったんですけど!!」
「ベリー見習い聖女様……。いや、ベリスフォード見習い神官様なら、あちらの馬車にいらっしゃる」
「ベリ……見習い神官!? 誰っ!?」
「…………まぁ、会えばわかる」
先輩騎士は後ろの集団の足を止めさせると、俺をひとつの馬車に案内した。
御者の手で馬車の扉が開かれると、まずは見習い神官の下衣が見えた。用意された踏み台も必要なさそうな長い足が現れ、馬車から一人の人物が降りてくる。
すっきりとした赤い短髪に、青紫色の瞳。女でもここまで整った顔をしてるのはオジョーサマくらいだろ、と俺でも思うほど、お綺麗な顔をした男ーーーベリーだった。
「ベリー!? なにお前、男装してんだよ!?」
「え、これは男装って言わないと思う。こんにちは、レオ」
「さっき、先輩からベリスなんちゃらって聞いたんだけど?」
「私の本名。ベリスフォードって言うんだ。でもベリーでいいよ」
「そうか……。俺、長い名前覚えらんないから助かるわ」
俺は改めてベリーを頭から足までじっくりと眺めた。
こうして見ると、綺麗なだけの青年だ。ちょっと前まで女の格好をしていただなんて想像出来ないくらい、堂々と男の姿をしている。なよなよした感じはない。ーーーうん、俺のお陰だな。
「……立派になったな、ベリー隊員。俺も鼻が高いぜ」
「ありがとうございます、レオ隊長。これもすべて、レオ隊長のご指導のお陰です」
「……あのさぁ、ベリーちゃん、レオ君。そんなことよりもペトラちゃんのこと話し合うべきなんじゃないかな? アンジーさんはそう思うな~」
「僕もそう思うよ」
「私も、アンジー聖女とセザール大神官の意見に賛同する」
俺が合流したことによって馬車の進行が止まったので、そのまま休憩になったらしい。
ほかの馬車からも大神殿の方々が降りてきて、すぐそばの原っぱでは職員さんがラグを敷いて飲み物や食べ物を広げていた。領主館の馬車からも人が降りてきて、別の場所で休憩を楽しみ始めている。
俺は大神殿のお偉方に丁寧に挨拶をし(よく考えるとベリーの奴が一番偉いんだが)、オジョーサマが皇城で監禁されていることを伝えた。
誰も慌てた様子がない。何故かは分からねぇが、オジョーサマの状況はすでに大神殿が把握していて、こちらまで遠征してきたのだろう。
ラズーからの距離を考えると、オジョーサマが皇城に監禁された翌日には皇都に向かってきてくれたらしい。恐ろしいな、大神殿の能力者たちは。
原っぱに用意されたラグに場所を移し、ベリーの乳母という人に飲み物や携帯食を渡されながら、お偉方の話を聞く。
「ハクスリー公爵閣下は屋敷に監禁状態か。ハクスリーさんのお兄さんは、我々大神殿に協力してくれそうだね」
「アーヴィン君とは以前お話ししましたけど、ペトラちゃん想いのいいお兄さんでしたよ。ペトラちゃん返還要求もきっと手伝ってくれると思うんで、私が彼を呼んできましょうか? クソ閣下にも『プークスクス、ねぇ今どんな気持ち? 今どんな気持ち~?』って煽ってきたいですし。本当は二三発殴りたかったけど、告発準備のために監禁されているところを殴っても仕方がないし」
ふと、セザール大神官がイライジャ大神官に声をかける。
「イライジャ大神官。そろそろ、ハクスリーさんの状況を確認する時間じゃないですか?」
「おっと、そうだな。ーーー《Look》」
突然、イライジャ大神官の目の色が赤く光り出したのでビビった。
隣に座るベリーが「イライジャは千里眼の能力者だから。あれでペトラの今の様子が分かるんだ」と説明してくれた。
それでオジョーサマの状況を早々に知ることが出来て、皇都までやって来たのか。
俺、皇城から脱出する必要なかったんじゃねぇか? 一瞬そう思ったが、四人で監禁されたまま『外部に連絡出来ない』と思い込んで過ごしていたら多分全員の精神が参っちまったと思うので、そういう意味では俺が脱出したのは間違いではなかったんだろう。
脱出したお陰で、クソ閣下も封印出来たしな。
「……事態がまた動き始めたようだ」
元の水色の瞳に戻ったイライジャ大神官が、眉間にシワを寄せながら言う。
「グレイソン皇太子殿下はハクスリー公爵令嬢との婚姻を急ぐため、上級貴族を集めた場で彼女との婚約を発表するつもりらしい。その準備で皇城中が慌ただしい様子だった」
「グレイソンはいつ、ペトラとの婚約を発表するつもりなの?」
「……明日の晩のようだ」
「ええー、うそ~。皇太子のあほんだらぁ~」
「僕の馬でも皇都まではあと一日半掛かりますね……」
頭を抱える大人達に、ベリーが呟く。
「要は時間稼ぎが出来ればいいんでしょう?」
「それはそうだが、どうやって時間稼ぎが出来ると言うのだね、ベリスフォード見習い神官よ」
「いっそダミアン大神官もお連れするべきでしたね……。ダミアン大神官は除霊の能力者ですから、逆に怨霊を皇城に飛ばして妨害することも出来ましたから」
「えぇっ、ダミアン大神官怖ぁぁぁっっっ!!!」
「ダミアンみたいに怨霊は飛ばせないけど、私、皇城がペトラとの婚約発表どころじゃない状況にすることは出来るよ」
「いったい、どうすればそんなことが出来んだよ、ベリー?」
最後の俺の問いかけに、ベリーはキッパリと答える。
「アスラーに、アスラダ皇国中のハーデンベルギアを枯れさせてもらうんだよ」
ベリーのあまりの発言に、この場にいる全員が慌てた。
ずっと静かに給仕をしていた乳母でさえ、「何をおっしゃっているのですか、ベリー様!?」と度肝を抜かれていた。
俺もマジでベリーの発言にビビってる。
あの神の花を枯らすということは、この皇国がアスラー大神から見放された不毛の地になるということだ。
大昔にも神の怒りを買ってしまい何度か枯れて、神の怒りが収まるまでは農作物が育たなかったことがあるという話を騎士団で習った。
それをやっちまったら、確かに皇城はオジョーサマとの婚約発表どころじゃねぇけど、皇国民だって暴動を起こすぞ。
「待って待ってベリーちゃん、それは諸刃の剣だよ!? 大神殿も大変になっちゃうやつ!!!」
「確かに婚約発表どころではないが、ハーデンベルギアの植え直し作業が大変であるぞ!?」
「せめてもうちょっと穏便な方向に出来ないかな、ベリー。皇国全土は収拾がつかなくなる」
「じゃあ、皇城のハーデンベルギアだけなら枯らしてもいい?」
「あ。それなら大丈夫でしょ~」
「皇城だけなら、ハーデンベルギアの植え直し作業もそれほど大変ではないか……」
「アスラー大神から皇城だけが見放されたという状況になったら、我々の有利に事が運びそうだね」
皇城にはリコリスさんの弟のアルが庭師見習いとして働いているし、オジョーサマにもすげぇ恩義を感じてるみたいだったから、神の花の植え替え作業も頑張ってくれんだろ。たぶん。
ベリーの乳母も「よく考え付きましたね、ベリー様……!」と感動しているし。
「じゃあ、みんなの賛成を得たから呼ぶね。ーーーアスラー、ちょっと出てきて」
ベリーが気安く神の名を呼んだ途端、上空から一羽の白い鳥が舞い降りてくる。
ベリーの傍に降り立ったその鳥はなんと白いカラスだ。
こんな珍しいカラスを見たのは初めてだ。こいつ、売ったら結構いい金になりそうだな。
『カァッ!! カァ!! カァァァァ!!』
白いカラスは翼を広げ、なんだか偉そうな態度で鳴きわめく。
こいつってもしかして、アスラー大神の眷属なんだろうか。
俺がマジマジと白いカラスを観察していると、ベリー以外の大神殿の人間が深々と頭を下げた。
眷属にも頭を下げなきゃいけないんだなと思って、俺も頭を下げる。
しかしセザール大神官が、とんでもないことを言い出した。
「……ベリー。アスラー大神は今なんと仰ったんだい? 大神のお言葉をすべて教えてほしい」
「え。すごく下らないけど……。『俺様!! 神様!! アスラー大神様、参上だぜー!!』だって」
ベリーの言葉に俺はギョッとした。
思わず「マジで!?」と驚きの声が漏れた。
「大神殿の本堂にあるアスラー大神像とは、全然違うじゃねぇか!!」
あの筋肉隆々の肉体美を誇る男性像はなんなんだよ、おい。俺、結構憧れてたのに、詐欺じゃねぇか!
『カァカァー! カァァ~!』
「『俺様レベルの神は、姿形も性別もすべてを超越してるからな! 本堂にある男の格好にもなれるぜ!』」
こんな訳の分からないモノが、いつでも地上の生き物を根絶やしに出来るだけの力を持って太古から存在しているのだから、そりゃあ畏怖の念を持って必死で祀るわけだよな……。
アスラー大神が誇らしげにくちばしを振るのを、俺は複雑な気持ちで見つめた。
「ねぇアスラー、皇城にあるすべてのハーデンベルギアを枯らしてくれない?」
『カァッ』
「ありがとう。頼んだよ」
ベリーの軽い調子のお願いを、アスラー大神がたぶん了承したっぽかった。
そしてアスラー大神はそのまま再び上空へと飛び立っていった。
「アスラーが枯らしておいてくれるって」
ベリーの言葉に、大神官達が冷や汗を拭いながら姿勢を崩した。
「いやぁ、アスラー大神のご光臨は本当にドキドキするね」
「やはり偉大な神であるな」
「私、初めてアスラー大神に拝謁しましたよ~。ひゃぁぁぁ、今になって緊張が出てきたー。手汗がすごい!」
偉大さはよく分からなかったが、色んな意味で恐怖を感じたのは確かだな。
そのあとはこれからの旅の日程を話し合い、再び馬車で移動することになった。
俺も神殿騎士団の配置に混ざろうとして、大事なことを思い出す。
「おい、ベリー。オジョーサマからの大事な伝言だ」
「なに?」
「『わたくしを助けて』ってさ」
俺がこの伝言を受けとる側だったら、どれほど嬉しかっただろう。
オジョーサマに頼られた、助けを求めて貰えたって、それだけで舞い上がるような気持ちになっただろうなぁ。
伝言を受け取ったベリーも、嬉しげに目を細めた。
「伝言を届けてくれてありがとう、レオ」
あ~あ、にやけた面しやがって。クソむかつく。
どうせ俺はオジョーサマに選ばれるような王子様にはなれなかったよ。
でもな、オジョーサマの王子様を男として育てたのはこの俺なんで。俺がこいつの師匠なんで。
「オジョーサマを助け出せなかったら、俺がお前をぶっ飛ばすからな!」
一生師匠面して、ベリーに偉ぶってやるぞ、俺は。
そう決意して、ベリーのにやけ面にベシッとデコピンしてやれば、「あうっ!」とベリーが痛そうな声をあげて額を押さえた。
「レオってば、急にひどいよ」
「フンッ」
涙目になって青紫色の目を潤ませるベリーを見下ろし、俺の方が泣きたいと、本気で思った。




