表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

103/121

102:VSグレイソン皇太子

最初に少しだけベリスフォード視点があります。



「イライジャ、ペトラの様子を視て欲しい」


 イライジャの執務室へ移動し、彼にそう伝えれば。イライジャは水色の瞳に虫けらを映す侮蔑の色を浮かべた。


「ベリスフォード見習い神官よ……。いくらハクスリー公爵令嬢がおらず寂しさを募らせているからと言って、個人的な理由で淑女の動向を覗き見しようなど、畜生にも劣る振る舞いでありますぞ。貴殿には失望した」


 なにか、私はイライジャからとんでもない誤解を受けているらしい。


「違うよ、イライジャ。ペトラに会えなくて寂しいのは本当だけれど、緊急事態なんだ。ペトラが私の異母弟に政略結婚させられそうになってるみたいで、事実確認をして欲しいんだよ」


 私の説明に、イライジャが焦ったようにガタリと椅子から立ち上がる。


「ハクスリー公爵令嬢が、グレイソン皇太子殿下と政略結婚!? 彼女は大神殿所属の見習い聖女だというのに、こちらになんの説明もなく彼女を還俗させるつもりなのか? 皇室はなにを考えているというのだ!? 大神殿を蔑ろにするつもりか!」

「とにかくペトラの状況を調べてよ」

「了承した。ーーー《Look》」


 イライジャの水色の目が赤色に変化し、中空をさ迷うように視線が動き出した。





 貴族街のもっとも奥に位置する皇城は深い森を背景にして、どっしりと建っていました。

 大神殿は全体で見ると平屋部分が多い建物なのですが、皇城は逆に高さのある造りをしています。パッと見ただけでも五階分の窓があり、尖塔がいくつもあります。それだけで見る者に威圧感を与える外観をしていました。


 ハクスリー公爵家の屋敷から父と共に移動させられ、馬車から降りた途端に見える光景がこの威圧感溢れる皇城なのですから、さらに気が滅入ります。

 そんなわたくしを励ますように、リコリスとハンスとレオが視線を送ってくれました。

 ……そうですね、この状況から抜け出す方法はまだ思い付きませんけれど、父にも、皇城の人間にも、弱味を見せるわけにはいきませんわ。わたくしはどんな時でも大神殿の人間なのですから。

 抵抗を諦めず、見習い聖女であることの誇りを忘れず、毅然とした態度で戦っていかなければなりません。


「ぐずぐずせずに早く来なさい、ペトラ」


 目の下がドス黒くなっている父が、冷たい銀の瞳でわたくしを睨みました。

 わたくしはぐっと背筋を伸ばし、敵陣へと足を進めました。





 父に連れていかれた場所は、皇城の中の奥まった場所にある部屋でした。

 ここに辿り着くまでの廊下では、進むにつれてすれ違う使用人の数が減っていき、到着したときには扉の前に控える近衛騎士の姿しか見なくなりました。どうやら人払いをされているようです。


 部屋に入ると、すでにグレイソン皇太子殿下がソファーに腰かけていました。

 そして入室したわたくし達を無言で睨み付けてきます。


 グレイソン皇太子とお会いしたのは、大神殿で、彼がまだ十歳の頃のことでした。

 わたくしと同じ歳のグレイソン皇太子は、現在十七歳。白銀の髪と青紫色の瞳をした美青年に成長され、乙女ゲームのスチルで見た彼と同じ外見をしていました。


「グレイソン皇太子殿下、大変お待たせ致しました。長女のペトラを連れて参りました。ペトラ、挨拶をしなさい」

「お久しぶりですわ、グレイソン皇太子殿下。大神殿所属、見習い聖女のペトラです」

「ペトラ、貴様……!」


 公爵令嬢としてではなく大神殿の人間として挨拶したのが気に食わなかったのか、父が横で声を荒げました。ですが、どうでもいいですわ。


 グレイソン皇太子はソファーに腰掛けたまま、挨拶をしたわたくしではなく、父に視線を向けました。


「この女と婚姻すればいいのだな? そうすればシャルロッテを、僕の寵妃として差し出すのだな?」

「はい。お約束した通りに」


 目の前で交わされた二人のおぞましい会話に、わたくしは目を見開きました。


「どういうことですの、お父様!? シャルロッテはグレイソン皇太子殿下のお姿も声も認識出来ないのですよ!? それなのに妃とはどういうことなのですかっ!?」


 意味がわかりません。

 シャルロッテがどれほどこの皇城でストレスを抱えていたのか、父はまったく理解する気がないようです。グレイソン皇太子を認識出来なくなるほど精神的に追い込まれ、愛情も枯れ果てていたというのに。

 傷だらけのあの子を、まだこの男に宛がおうと言うのでしょうか。


 わたくしが父に詰め寄れば、グレイソン皇太子が答えました。


「ああ、そうだ。今のシャルロッテは僕のことが認識できない!! 僕を愛しげに見つめることも、僕の愛の言葉を受けとることも出来なくなってしまった!! それは分かっている!!」

「ならば、なぜ……」

「それでもシャルロッテを愛しているから、僕の傍に居て欲しいのだ!」


 グレイソン皇太子の青紫色の瞳に、真っ黒な焦燥感が滲んでいます。見ているこちらまでも闇の底へ引きずり込みそうな負のオーラが漂っていました。


「シャルロッテを皇后にするのは諦めてもいい。代わりにお前を娶り、お前に皇后としての仕事をさせ、お前に僕の世継ぎを生ませる。

 お前はシャルロッテの姉だからな、髪と目の色は彼女と同じだ。お前なら抱いてやってもいい。シャルロッテは血が穢れているから、子を成しても後々面倒だっただろう。お前は正妻から生まれているから、そういった意味でも都合が良い。

 シャルロッテはもう何もしてくれなくていいんだ。ただ皇城の奥で、僕のために生きてくれればそれでいい。僕を見てくれなくても、僕の言葉を聞いてくれなくても。代わりに僕がシャルロッテを見つめ、シャルロッテの声を聞ければ、それでいいんだ。

 誰のものにもならず、ただ僕のために生きてくれればいい……」


 どこまで他人を馬鹿にすれば気が済むのでしょう、この男は。


 シャルロッテの気持ちなんて本当にお構い無しです。愛してるからという言葉が免罪符になるとでも思っているのでしょうか?

 それに本当に、あの子のことを血が穢れていると言うなんて。紛うことなきモラハラですわ。よくそんなことを好きな人に言えますわね。


 あの子がどうしてグレイソン皇太子への愛情を失ってしまったのか、その一端だけでも分かる気がしました。


「シャルロッテが何故グレイソン皇太子殿下を認識できなくなったのか、分かる気が致しますわ。ーーーだってあなた、あまりに独り善がりなのですもの」


 ハッキリと申し上げれば、グレイソン皇太子殿下がわたくしをギロリと睨み付けました。

 傍に居た父が「ペトラ!」と大声をあげ、わたくしの頬を打とうとすると、すぐさまハンスとレオが駆けつけて盾になってくださいました。


「貴様ら!! どけっ! 私は父親としてこの子をしつけねばならないのだ!」

「大神殿の見習い聖女様に暴力を振るおうなんて、それが実の親であれ許されないんで!!」

「落ち着いてくださいよ、公爵閣下。ペトラお嬢様を皇室に嫁に出すってんなら、怪我させちゃだめでしょうが」


 わたくしの不遜な態度を怒る父を見て、ふと思い付きました。

 このままグレイソン皇太子に楯突いていれば、不敬罪で捕まることが出来るのでは? と。


 稀有な治癒能力者であるわたくしに下される刑罰は、貴族籍を抜かれることと、治癒棟への幽閉でしょう。つまり願ったり叶ったりの状況ですわ。

 治癒棟の地下牢暮らしになっても、ベリーは遊びに来てくれると昔約束してくださいましたし。


「……僕が独り善がりだと? ふざけるな。僕はシャルロッテに優しくした。彼女に尽くし、時間の限り愛を囁き、たくさんの高級品を贈った。これのどこが独り善がりだと言うんだ!?」


 血走った目で言うグレイソン皇太子に、わたくしは真っ向からぶつかることにしました。


「グレイソン皇太子殿下は、血が穢れていると好きな人に言われたらどれほど悲しい気持ちになるのか、そんなことも分からないのですか?」

「だが、それは事実だろう。シャルロッテは妾腹だ」

「事実ならなんでも本人に伝えていいとお思いで?」

「僕は間違っていない!」

「正解でもありませんわ。そして二人の間にある正解を、二人で模索しなかった、……いいえ、模索させなかったことが、独り善がりだと言っているのですわ」

「……そんなことは母上から教わらなかった」

「教わらなかったことに気付くことが出来たのなら、これからご自分で学ばれるとよろしいでしょう。もっとも、シャルロッテがもう一度殿下に心を開くかはわかりませんけれど」


 早く不敬罪でわたくしをしょっぴいて欲しい。そんな気持ちでグレイソン皇太子を睨み付け続けましたが、彼は表情を歪ませ、「もういい……!」と、わたくしから視線を逸らしました。


「シャルロッテの姉はこのまま部屋に閉じ込めておけ! ハクスリー公爵よ、移動するぞ」

「はっ、かしこまりました、グレイソン皇太子殿下」


 グレイソン皇太子はわたくしに言われっぱなしのまま、部屋を退室していきました。

 そのあとに続く父は一度わたくしの方へ視線を向けると、


「大人しくしていなさい、ペトラ。これ以上恥知らずな態度は取るんじゃない」


 と言って、部屋から出ていきました。


 室内にはわたくしとリコリス、ハンス、レオの四人が残され、部屋の外から錠を掛ける音が響きました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ