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短編・中編集(ジャンルいろいろ)

おかえりなさい

 PCの前に座りかれこれ数時間。

 まったく指が動かず、真白な画面をただただ見つめるばかり。


 私は働きながら小説を書いている。

 といっても、プロではない。

 自分で書いた小説を投稿サイトに上げて、書かれた感想を読んで一喜一憂するだけのアマチュア作家だ。


 以前は誰かに読ませることなど全く意識せず、ただひたすらに書き綴った作品をPCのフォルダに保存していた。読み返すときはとてもワクワクしたし、推敲も苦にならなかった。

 作品賞を狙って応募することもできたが、そうする気にもなれない。

 私はただ書いてそれが形になるだけで満足だった。


 そんな私が書けなくなったのは、つい先週のこと。


 数か月前、ふと思い立って今まで書いていた作品を投稿サイトにアップロードした。


 当初はなんの反応もなく、かなり落ち込んだ。

 どうやらサイトによって読者の好みがあるらしく、それに合わせた内容で無いと読んでもらえないらしい。

 そのことに気づいた私は、徹底的に読者の求める作品を研究し、傾向と対策を練った。


 何度かプロットを書き直し、一般的な読者が好むと思われる作品の構想が出来上がったので、勢いで投稿してみた。

 作品には流行のキーワードをいくつもしのばせ、内容も読みやすく、展開もできるだけフラットに。

 ストレスは最も嫌われるらしいので、主人公がどんどん強くなってモテモテになる話にした。


 すると徐々に感想を書いてくれる人が現れて、モチベーションが上がっていく。

 最初は全く反応がなかったというのに、あまりの違いに驚いた。


 それから継続的に作品の更新し、かなりの数の読者を獲得することに成功する。

 今ではそれなりに知名度を誇る作家であると自負している。


 しかし……いつからか、書くことが苦痛になった。


 他人の反応が怖くなった?

 そういうわけではないが……半分正解かもしれない。


 私の書いた作品には多くの感想が寄せられたのだが、その中には反応に困るものがいくつかあった。どう返せばいいか悩んでいると、また別の感想が飛んでくる。

 全ての感想に返事をする必要はないと思うのだが、私にはどうしてもそれができない。

 結局、悩みながら返事を書いたのだが、すぐにまた別の感想が書かれた。


 私の作品に否定的な意見を述べる感想だった。


 感情的にはならず、むしろエネルギーが奪われる。

 これからこの感想に返事を書くと思うと、それだけで気が滅入ってしまう。

 いっそのことブロックしてしまおうか?

 悩んだものの……その決断は下せなかった。


 感想、感想、また感想。


 嫌ではないのだが……正直、全ての感想に返事を書くのは疲れる。

 私はついに感想返信を打ち切ってしまった。

 感想欄もあまり見ないようにした。


 すると、今度は逆に感想欄が気になってしまい、執筆が進まなくなった。

 見ないようにすると気になって書き進めることができない。

 そんなジレンマに悩まされる。


 もう……書くのを止めてしまおうか。

 そんな風に考えていると……。


 ぴろりん。


 スマホがメッセージを受信した。

 久しく会っていない友人からだった。


 緊急事態宣言が解除されたので、久しぶりに会おうと。

 その日はちょうど仕事が休みだったので、彼の誘いを受けることにした。



 

 駅前の雑踏で彼を待つ。

 しばらくして道路の向こう側に手を振る人物が目についた。


 こちらも手を振ってこたえると、彼は信号が赤になる前に小走りで道路を横断する。


「よぉ、久しぶり」


 にこやかに白い歯を見せて挨拶する彼は、以前にあった時と変わらないまま。

 がっしりした体系に短めの髪。

 スーツ姿がとてもよく似合う。


「久しぶり、最近どう?」

「まぁ……ぼちぼちだよ。そっちは」

「俺もまぁ……なんとかやってる」


 雑談をしながら予約をした店へと向かう。


 駅前の雑居ビルの中にあるその店は、最近オープンしたばかり。

 こんなご時世によくやるとよと感心しつつ、奥の部屋へと通される。


 小さなテーブル席に案内された私たちは、さっそく生ビールで乾杯した。


 彼とは学生時代からの付き合いで、定期的に顔を合わせている。

 それでも数年に一度くらいだが。


 どうして彼とつるんでいるのか、自分でもよく分からない。

 なんとなくの付き合い……を続けた結果、社会人になっても切れない不思議な縁が残っている。


 私たちは共通の友人の近況や、仕事の話などをして盛り上がった。

 そして……。


「そういえばさぁ……まだ小説書いてるの?」


 彼は何気なく尋ねて来た。


 私は学生時代のころから小説を書いている。

 彼にも作品を読んでもらったことがある。


 その時はあまり感想を言ってくれなかったのだが……。


「うん、まぁ……書いてるよ」

「そっか」

「あの……実は……」


 私は彼に小説を投稿サイトに上げていることを告白した。


「そうなんだ……へぇ」

「後でメッセージで送るから読んでくれよ」

「ああ……分かった」


 彼は特に気にすることもなく、その日はそのままお開きになった。

 数日後、あるメッセージが彼から寄せられる。


 全部読んだけど面白かったよ。


 彼はその一言だけ、メッセージを送信してきた。


 まぁ、こんなものか。

 私は彼の反応に、妙に納得してしまった。


 本当は作品のことについて語りたかったのだが、無理だったようだ。


 本来はこれが普通の反応なのだろう。

 私の作品を読んだところで、感想を述べてくれるはずもない。


 普段、私の作品を読んで感想をくれるのは、私ではなく私の作品を目当てに集まって来た人たちだ。

 逆に彼は私を目当てに会ってくれる人なので、私の書いた作品には興味がない。

 それ以上の感想が思いつかなかったのだろう。


 私は一人、自宅へと戻り、PCを立ち上げる。

 書き途中だったテキストを開いて、最新の箇所までスクロール。

 途中で放置されたその文章は、物語の途中で止まったままだ。


 さぁ……これからどうしようかな。

 悩んでいると……。


 ぴろりん。


 メッセージが届いた。

 彼からだった。


「俺も詩を書いたんだ。良かったら読んでくれよ」


 彼の送って来たメッセージにあるアドレスをタップする。

 私が利用しているのと同じ投稿サイトだった。


 その詩の書きだしはこうだ。


『切ない想いを言葉に変えて


 つたない言葉を歌にして


 そうして歌が風にのり


 やがて貴女に届けと願う』


 その四行から始まる詩は、とても美しく、私の胸を打った。


 あんな男がこんな作品を書けるのだなと感心していると、再び彼からメッセージが送られてくる。


「感想を聞かせてくれよ」と。


 私は適当にメッセージを書いて送った。

 良かったよとか、そんな感じの短い言葉だ。


 向こうも「そうか」と反応しただけだった。


 その日は何もする気になれず、そのまま就寝することにした。




 その数日後。

 彼の作品にはたくさんの感想がついていた。


 このサイトにはポイント評価というものがあり、読者の裁量で2~10のポイントを作品につけることができる。

 彼の詩を読んだ読者たちは、こぞって10ポイントの評価をしていた。

 加えて、ブックマークと呼ばれる機能を使い、お気に入り登録もしている。

 ブックマークすると2ポイント加算されるので、最大で12ポイント投入できるのだ。


 彼の作品は数日かけて詩ジャンルのランキング1位になった。

 正直ちょっとうらやましかったのだが、驚いたのは彼が継続的に詩を投稿し続けていること。


 あんな男がいくつもの詩を書いて高い評価を受けているなど、以前の私からしたら想像もつかない。

 しかし、目の前で現実として起こっている。


 いったい……何故。


 私はメッセージで彼に連絡を取った。


「あの詩はどうやって書いたんだ?」


 私が尋ねると彼はすぐに返事をよこす。


「カミさんを思って書いたんだよ。

 そのことを活動報告に書いたら、なんかスゲー反応が来て。

 それからスゲー伸びたわ」


 あまりに語彙力の乏しいそのメッセージの内容に、どうしてこんな男がとさらに頭を悩ませる。


 それからしばらく、彼のアカウントの行動履歴を追った。


 確かに彼は活動報告に奥さんのことを書き綴っていた。

 いくつも、いくつも。

 書かれているのはそのことばかり。

 しかし、これがなんだというのだ?


 彼がブックマークしている作品を読むと、どの作品にも必ず彼は感想を残していた。

 細部まで読み込み、暖かい言葉を送り、心の底から作品に共感を示す。

 そんな感想。


 また、彼は送られた感想にも、一つずつ丁寧に返事をしていた。

 彼とつながりのある作家の活動報告を覗くと、必ずコメントを残しているのが分かる。


 なぜ、そこまでしてあの作品を読んでもらおうとしたのか。

 いや……そもそも彼は作品を読んでもらうために、感想を残したのだろうか?


 私には分からない。


 それからしばらくして、彼に活動の理由を聞いてみたのだが「なんとなく」としか返ってこない。

 そのなんとなくの理由を聞きたかったのだが……。


 すると、もう一つ続けてメッセージが送られてくる。


「そう言えば言ってなかったけどさ。

 カミさん、去年事故で死んだんだよ」


 ……え?


 初耳だった。

 何故、教えてくれなかったのか。


「わりぃな……どうしても言えなくて。

 一応これでもかなり悩んだんだ。

 子供だってまだ小さいし……。

 でも、今は向こうの実家も手助けしてくれるし、

 なんとかやっていけてる」


 そんな彼のメッセージを読んで、私は何も返事を返せなかった。


 私は彼の書いた詩を読み直す。


『切ない想いを言葉に変えて


 つたない言葉を歌にして


 そうして歌が風にのり


 やがて貴女に届けと願う』


 その四行には次の言葉が続いている。


『いつかからなず会えると信じて


 今日も同じ歌を送る


 貴女が笑うと信じて


 貴女がほほ笑むと信じて


 二人でずっとともに歌う


 貴女を決して忘れたりしない』


 胸いっぱいにあふれた想い。

 涙があふれる。


 ああ……なんでこんなにも切ないのか。

 どうしてこんなにも悲しくなるのか。


 最初は何にも思わなかったのに……彼の書いた詩があまりに愛おしく感じる。


『良く晴れた朝も


 雨の降る夕方も


 寒くて凍えそうな夜も


 貴女が見守ってくれると信じて


 二人で歌を届けよう


 貴女が愛したこの子とともに』


 私は食い入るように画面を見つめる。

 その先には……。


『もし貴女が帰ってきたら


 ずっと伝えたかった言葉がある


 この子と共に伝えたい


 おかえりなさい』


 ……ああ。


 私は目元をぬぐい、天井を仰ぎ見る。

 声を上げて泣いてしまいたい。

 感情を抑えるのが精いっぱいだった。


 しばらくして、彼からメッセージが届いた。


「気持ちを切り替えるいいきっかけができた。ありがとな」


 その言葉の後には、あまりに不似合いなニコニコした絵文字。

 そして流行のキャラクターがお礼を言うスタンプ。


 私は短く、こちらこそと返した。



 それから数日後。

 私は自分の作品を無理やり完結させた。


 もう続きが書けそうになかったので、書くのをやめにしたのだ。


 あの作品は誰かの好みに合わせて書いただけの作品。

 好きで書いたものではない。


 そして……ずっと放っておいた最初に投稿した作品の続きを書き始める。


 これは、ポイントも、ブクマもほとんどついていない、感想なんて一つもない、ほぼ無名の作品。

 今更、更新したところで、誰かが読んでくれるわけでもない。


 しかし……私が一話分だけ続きを投稿すると、ある感想が書かれた。


『おかえりなさい』


 匿名で書かれたその感想。

 他には何も書かれていない。

 だが……私の心を動かすのに十分な力があった。


『ただいま』


 私は感想返信で、そう答えた。

この作品は、愛猫家奴隷乙氏企画の風に乗せる詩(詩)参加作品です。

企画主のご厚意で詩ジャンルでなくても参加させていただけることになりました。



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― 新着の感想 ―
[良い点]  引き込まれました。内容にググッと……。 「創作とは何か?」と改めて考えてしまいました。いろいろな意見はあるでしょうが、やっぱり〝単なる消費物〟であって欲しくはないな~と思います。 [一言…
[良い点] 非常に心を揺り動かされました。 不覚にも涙しました。 最後の「お帰りなさい」が見事なタイトル回収になっている点に唸りました。 作中詩、素晴らしかったです。 全体の構成も流石は作者様の作品だ…
[良い点] 静かに心が、揺り動かされました。 このような作品を名作と云うのでしょう。 素晴らしい作品をありがとうございました。
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