なにもしない日常
自分を殺したリコッタと、その義理の母親を玄関ホールで迎え、フローレンスの死に戻りの生活が始まった。
「食事の前の祈りは、今日はリコッタに任せよう」
当主であり父であるアールベンは、目を細めてリコッタにそう言った。
「......え......今日も私がやるの?」
食前の祈りを当主から指名されるのは家族の中で名誉なことである。
けれども、リコッタは露骨に嫌な顔をした。
(どうせ、覚えてないんでしょ?)
声に出すことはしないが、フローレンスは冷めた目で義理の妹を見る。
朝晩と食事を共にするようになって、早1ヶ月以上が経過した。
継母であるヴェラッザは、女主人として堂々とした様子で過ごしているが、実の娘のことになると途端に庶民の母の顔になる。
「リコッタ、どうしたの?お父様があなたを指名されたのよ。さぁ、早く祈りの言葉を唱えなさい」
「......嫌よ、面倒くさい。それに何で、私ばっかりなの? あっちは全然やらないのに。ずるいわ」
あっちと言ってリコッタは隣に座るフローレンスを指差す。
言葉遣い云々の前に、人として礼儀を欠いたその態度に、つい彼女の指をへし折ってやりたい衝動に駆られる。
しかし敢えてフローレンスは微笑んだ。
「なら、一緒に祈りましょう、リコッタ。......お父様、お義母様、今日はそれで宜しいでしょうか?」
伺うような眼差しを向ければ、両親は即座に頷いた。
リコッタを助けたフローレンスだけれど、誓って二度目の人生は義理の妹と仲良くしたいだなんてこれっぽっちも思っていない。
ただ一度目の自分がやったことと、同じようにしただけ。
(......過去の私はずいぶんお人好しだったのね)
前菜の後に運ばれてきたスープを、フローレンスは音を立てずに飲みながら苦笑する。
ちなみに隣からは意地汚く豪快にそれを飲み干す音がする。
テーブルマナーのレッスンはリコッタを屋敷に迎えた5日目から始まったというのに、一向に上達する気配は無い。
「こらリコッタ。きちんとナイフで切り分けてからお口に運びなさい」
今度は豪快に白身魚のソテーにかぶりついたリコッタに、ヴェラッザは鋭い声で注意する。
「もう、お母様は一々うるさいわ。お腹の中に入れば全部一緒じゃない?……ねえ?お父様もそう思うでしょ?」
「……ああ、そうだな。でも、リコッタの口は小さいから少しは切り分けなさい」
「はぁーい」
父はリコッタのことを褒めて伸ばしたかったのをフローレンスは思い出す。そして自分が同じころ、フォークを落とした数だけ手の甲を鞭で叩かれたことも。
(ま、別に構わないわ。リコッタには前と同じようになってもらわないと困るし)
テーブルマナーのお手本のような優雅な手つきで、フローレンスは白身魚を切り分ける。
すぐに面白くなさそうなリコッタの視線を感じたけれど、気付かないフリをする。これも、以前と同じ。
フローレンスは来るべき日に備え、粛々と一度目の生と全く同じように演技をする。
でもそれは、意外に難しい。なにせ、先のことを知っているのだから。それでもフローレンスは、徹底して自慢の長女を演じ続ける。
─── そして年月は、ゆっくりと過ぎていった。