追想③
「お姉さま、このリボンをちょうだい」
「お姉さま、この靴をちょうだい」
「お姉さま、このドレスをちょうだい」
リコッタは、フローレンスが身に着ける全てのものを欲しがった。そして、ほとんどの物を手に入れた。
けれどもリコッタは、フローレンスと同じような淑女にはなれなかった。
それどころか何でも欲しがるリコッタを見て、母ヴェラッザはきつく叱った。時には「どうしてそんな卑しい真似をするの」と頬を叩いた。
リコッタは自分がそんな目に遭うのがどうしても理解できなかった。
そもそも自分は無理難題を押し付けられたのだ。なのに、どうして自分が責められなくてはならないのだろうか。
なぜ母親は自分ばっかりを責めるのだろうか。
お姫様のような生活が待っていると言ったくせに。これでは全然話が違う。
そんなふうにリコッタははっきりと母親に訴えた。勢い余って、父にも訴えた。
ヴェラッザはすぐに激高した。しかしアールベンは長年、娘を平民として扱ってきたことに対して罪悪感を持ち続けている。その為、ヴェラッザほど怒りを露わにすることができなかった。
とはいえ実の娘として正式に屋敷に迎え入れた以上、リコッタには伯爵令嬢としての振る舞いを身に付けてもらわなければならない。
悩みに悩んだ末に、アールベンは好きなだけリコッタにモノを与える代わりに真面目に淑女教育を受けることを約束させた。
それからリコッタは、多少の努力を積み重ね、辛うじて伯爵令嬢として恥をかかない程度の振る舞いを身に付けた。
一方フローレンスは家族がリコッタに掛かりっきりになっている間に、アカデミーで優秀な成績を残し、華々しく社交界デビューを果たし、公爵家嫡男ラヴィエルに求婚された。
そしてあの日───18歳になったばかりのフローレンスは、ラヴィエルとの挙式を3か月後に控えていた。
けれど、幸せの絶頂にいたはずのフローレンスは、リコッタに殺された。
殺害動機など聞かなくてもわかる。
リコッタは純粋に欲しかったのだ。ラヴィエルを。
フローレンスが死ねば、ラヴィエルの婚約者になれるという短絡的な思考から、何の躊躇も無く人一人の命を奪ったのだ。
過去何度も私物を奪われたフローレンスは、死に戻ってすぐにそれを理解した。
***
「初めまして、リコッタ。わたくしフローレンスと言いますの。これからどうぞよろしくね」
玄関ホールに現れたかつて自分を殺した相手に向け、フローレンスは花のような笑みを浮かべる。
これも過去と一緒。そして憎悪を向けるべき相手に笑みを向けるのもシナリオの一部。
対して何も知らないリコッタは、不貞腐れた表情を浮かべてこう言った。
「……そのドレス、あんたには似合わないわ」
一語一句、過去の台詞と変わらない言葉を吐いたリコッタにフローレンスは「……そう」と悲し気に呟いた。
無論そうしたのも、描いたシナリオ通りということで、フローレンスは心の中でニヤリと笑った。