追想①
フローレンスの産みの母サフィニアは、パール色の髪に淡い水色の瞳を持つ儚く美しい容姿の持ち主だった。
また見た目と同様にサフィニアは元々身体が弱く、フローレンスが5歳の時、肺炎で息を引き取った。
その後、伯爵位を持つ父アールベンは、後妻を迎えることなく一人娘であるフローレンスを最愛の妻の忘れ形見として、大切に育てていた。
……というのが、表向きの話。
実際のところ、アールベンはサフィニアが存命中にヴェラッザと知り合い男女の関係になっていた。そしてサフィニアの預かり知らぬところで、リコッタは生まれていた。
当初アールベンは資金援助をしながら関係を続けていくつもりだった。
けれどもヴェラッザに強く説得されたのか、予想以上にリコッタに対し親心を強く持ってしまったのかはわからないが、フローレンスが10歳の時に正式にヴェラッザを後妻として迎えることにした。
フローレンスにとってそれは許し難いことだった。
しかし、たった10歳の少女がそれを強く訴えたとて、父親の意思を曲げることはできない。
父アールベンはフローレンスを愛していたが、その愛は支配的なもので、娘の気持ちに寄り添うものではなかった。
そして後妻を迎えた後は、アールベンの愛は次第にヴェラッザとリコッタに傾いていった。
といっても、フローレンスがルンフィ家で孤立していたわけでも、継母から迫害を受けていたわけでもない。
サフィニアに瓜二つの容姿を持って生まれたフローレンスはとても美しかった。そして5歳の頃から厳しい教育を受けていたので、聡明であり父にとっては自慢の娘であった。
対してリコッタは出自が平民ということもあり、どうしてもフローレンスに比べると劣る部分が多々あった。
けれどもリコッタの髪はアールベン譲りのキャラメル色であり、天真爛漫な性格は無条件に父親に愛される要素を持っていた。
つまり自慢の長女と、ただただ可愛らしい次女─── 父親にとって、理想の姉妹であった。
また継母であるヴェラッザは、平民から伯爵夫人になることを選ぶ肝が据わった女性であり、強かな一面も持っていた。
そして計算高いヴェラッザは、フローレンスを虐げるよりも、リコッタを一日も早く一人前の淑女に育てることを選んだ。
そんなふうに大人たちはあっという間に、新しい環境を受け入れた。
けれど、フローレンスは10歳、リコッタは8歳とまだ幼かった。
突然変わってしまった環境を受け入れることも、新しい姉妹と仲良くすることも到底できなかった。
特にリコッタは、淑女としての教育が始まった途端、激しい窮屈さを覚えるようになった。何より生まれながらにして伯爵令嬢として育てられてきたフローレンスと比べられるのが苦痛だった。
しかしその不満を口に出したとて、子供のワガママとして雑にあしらわれるだけ。
それが重なり、もともと努力嫌いのリコッタが苛立ちの限界を迎えるのは、大人が思っている以上に早かった。
その結果、全ての不満と怒りはフローレンスに向けられることになってしまった。