そうして始める二度目の人生②
目の前にあるオルゴールは粉々になっている。薔薇の銀細工さえも。
ただ、そんなこと人の手でできるわけがない。それに一度目の死の直前まで、このオルゴールは壊れることなくフローレンスの部屋にあった。つまり、
「……これが私の代わりに」
───死んでくれたのね。
信じ難いけれど、でも、唯一過去と違うのはこれだけしかない。付け加えるならオルゴールは母の形見であり、自分の宝物。
長年心から大切にしているものには命が宿るという。
それは物を大切にしなさいという教訓なだけかもしれない。でも、フローレンスは亡き母が自分の命を救ってくれたのだと信じることにした。
(ありがとうございます。お母様)
フローレンスは再び涙を零す。しかしそれは、頬に二筋跡を残しただけで止まった。
自分は、間違いなく死に戻ったのだ。
ならこの奇跡としか言いようがない二度目の生をどう生きるか、指針を示さなければならなかった。
無論、自分を殺してくれた妹に復讐をする。ただ、どんな復讐を与えようか。
奇しくも、今日は妹を迎える日。半分しか血の繋がっていない異母腹のという前置きが付く妹リコッタと、その母ヴェラッザを。
「─── そうね……決めた」
しばらく思考を巡らせていたフローレンスは、おもむろに立ち上がった。
次いで、粉々に砕けてしまったオルゴールをハンカチに包んで、チェストの一番奥にしまい込む。
それから部屋続きになっているバスルームで顔を洗い、乱れた髪を整える。瞳は少し赤いけれど、それでも幾分かマシになった。
と、ここで扉をノックする音が聞こえてきた。
「失礼します、お嬢様。そろそろお出迎えのお時間になりましたのでお迎えにあがりました」
静かに入室したのは、これから数年後フローレンスの侍女となるユーナだった。
「そう。では行きましょう」
まだあどけなさを残すメイド姿のユーナに、懐かしさを感じながらフローレンスは何食わぬ顔で玄関ホールへと向かった。
ホールに到着すれば、すでに父はいた。しかし、敢えてフローレンスと目を合わせようとしない。
(まぁ、そうよね。気まずいわよね。よそで拵えてしまった女と子供を正妻の娘に対面させるなんて)
かつて、この時はこれ以上ないほど父親を汚らわしい目で見ていたことを、フローレンスは思い出す。
もちろん今回も、同じように父に侮蔑の目を向ける。それがフローレンスが描いた復讐へのシナリオだから。
そしてシナリオ通り、使用人の手によって玄関ホールの重厚な扉が開き、亡き母とは似ても似つかない気の強そうな女ヴェラッザと、髪の色が父親と瓜二つの少女が足を踏み入れた。
「初めまして、フローレンス。今日からわたくしが貴方の母よ。それとこの子は貴方の妹リコッタ。どうぞよろしくね」
先手必勝とばかりにヴェラッザは早口でフローレンスにそう言った。
対してフローレンスは、ゆったりとした笑みを浮かべて「ええ」と頷いた。
───復讐のシナリオは、大変順調に進みだした。