そうして始まる二度目の人生①
(これは一体......どういうこと?)
フローレンスは鏡に映る自分の姿を見て、驚愕した。
ついさっき、バルコニーから転落して花壇に頭を打ち付けて死んだはずだった。
なのに、ふと目を開ければ、幼い自分に戻っていたのだ。
そしてここは慣れ親しんだ自分の家───ルンフィ邸の自室。ただ、配置は少し違う。本棚に並んである書籍も、幼い頃に愛読していたそれ。
これは時が遡ったとしか思えない。
そんな状況判断をしてみても、フローレンスは全く以て理解ができなかった。
フローレンスは、鏡に手のひらを当ててみる。ひんやりと冷たく、無機質な感触がしっかりと伝わってくる。空いている方の手で、頬をつまむとしっかりと痛みがあった。
「......夢じゃ......ない?」
声まで幼くなっていることに、フローレンスは更に驚く。
姿見に映る自分は、淑女がまとう足首まで隠れる丈の長いドレスではなく、膝下までのリボンやフリルがふんだんに使われた子供用のそれ。
靴もヒールではなく、爪先が丸いデザインのフラットなもの。
そして今着ているこのドレスは見覚えがある。
特別な日に、父が用意したもの。そしてその日限りしかフローレンスは袖を通すことをしなかった。
(......つまり、私は10歳の自分に戻ったってことかしら?)
夢ではないならそうとしか考えられない。
考えられない......けれど、やはりそう結論を下したとて簡単に納得できる訳もない。そもそも国教では、死んだ魂は神の御前にて、これまでの人生の裁判を受ける。だから美しく生きなさいという教えだった。
フローレンスは敬虔な信者ではないが、幼い頃から耳にタコができるほど聞かされていれば、どうしたってその考えを捨てることはできない。
そんなふうに、部屋をうろうろと歩きながら、フローレンスが必死にこの現実に折り合いを付けようとしていたその時、あるものが視界に飛び込んで来た。
それは亡き母の、形見であるオルゴール。
薔薇の銀細工が美しいそれが、あろうことか粉々に砕かれていた。
「......っ」
フローレンスは大きく目を見開いた。そして震える手で、オルゴールだったそれに触れる。
ガラスのコップを割ったかのように変わり果てたそれは、どんな腕の良い職人でさえ修復は難しいだろう。
亡き母の嫁入り道具のそれは、もちろん特注の一級品で、世界中探したって同じものは二つと無い。
それが、修復できないほど破壊されてしまった。
その事実にフローレンスは、はたはたと涙を溢す。
けれども、その唇はなぜか弧を描いていた。