断罪される前世の殺人者と、婚約者の選択②
「あははっはははっ、たまらなく可笑しいっ」
腹を抱えて笑い出すラヴィエルに、この場にいる全員が唖然とする。
笑う彼の姿は、喜劇を楽しむというよりは狂気じみていて、うすら寒さすら感じてしまう。
そんなラヴィエルの一番近くにいるのはフローレンスで、この中で唯一、彼に声を掛ける権利がある。
「……ラヴィエル様……なにがそんなに可笑しいのでしょうか?」
彼とは一度目の生と合わせれば二桁の年数を過ごした仲だ。そして婚約者でもある。
そしてフローレンスの知っているラヴィエルは、いつも穏やかで貴族のお手本のような礼儀正しい紳士のはず。
まかり間違っても人前で暴言を吐くことも、女性に対して意地の悪いことを言うことも、無作法に笑い転げるようなこともしない人のはずだった。
けれど目の前にいる彼は別人のように感情を露わにして、思ったままを口にしている。
(この人は、どうしちゃったの?)
付き合いは確かに長いが、実際のところフローレンスはラヴィエルのことは、ほとんど知らない。
特に二度目の生を歩むようになってからは、フローレンスは妹への復讐がすべてだったから、まともに向き合うこともなかった。
だから、ラヴィエルの行動がさっぱりわからなかった。
「私が怖くなったかい?婚約者殿?」
ふいに笑いを止めたラヴィエルは、違う笑みを浮かべてフローレンスに問いかけた。
(まずい……怖いと言えば、全てが台無しになる)
今、ここは舞台なのだ。
そして自分が選んだ役は、婚約者すら利用して妹への復讐を果たす姉。だから怯えた顔など決して見せてはいけない。
「まさか。ご冗談を」
フローレンスはあえてゆっくりと言葉を紡いで、ふわりと笑った。そして自らラヴィエルの元に一歩近づく。
そうすればラヴィエルは満足げに頷き、腕を回してフローレンスを抱き寄せる。しかし目線はアールベンに向けられていた。
「私の名前を言って貰えますか?アールベン殿」
低く静かな声音は、逆らうことができない何かを秘めている。
「……貴方様のお名前は」
ラヴィエルの意図がわからないアールベンはごくりと唾を吞んでから、再び口を開く。
「ラヴィエル・バファラ様でございます。そして公爵家の嫡男様でございま」
「惜しいな。私はもう爵位を継いだから、公爵家当主だ」
「っ……!!」
さらりと告げたそれに、フローレンスは目を見開いた。
貴族の爵位は、よっぽどのことが無い限り結婚と同時に継ぐのが通例だ。
ただ今は、婚約者である自分に黙ってラヴィエルが公爵家の当主になったことを問題にするべきじゃない。
一番大事なのは、公爵家当主に向かってリコッタがどんな態度を取ったのか。
その事実を最大限に活かすことの方が重要だった。