断罪される前世の殺人者と、婚約者の選択①
「やめろ」
短く、でもしっかりと怒りを表して、ラヴィエルはフローレンスからリコッタを引き剥がした。
すぐにリコッタは頬を張られたかのように顔を歪め、信じられないといった感じで大きく目を見開いた。次いで、子供が癇癪を起こすように奇声を発した。けれども、
「私の婚約者に触れるな」
フローレンスを抱きよせるラヴィエルの声は相変わらず静かだった。しかしその絶対的な声音はリコッタを黙らすのには十分なものだった。
「どうしてっ!?私のほうがラヴィエル様の婚約者に相応しいのに!!」
「はっ、ふざけるな」
金切り声を上げるリコッタに対し、ラヴィエルは侮蔑の目を向けた。
そして、そのまま言葉を続ける。
「誰が誰の婚約者に相応しい? 冗談じゃない、なぜ私が君の婚約者にならないといけないんだ。大変、不快だな」
「……そんな……酷い。酷いですわっ。そんな言い方、あんまりですっ」
辛辣なラヴィエルの言葉に、リコッタはボロボロと涙を零す。
しかしラヴィエルはどこまでも冷たかった。
「酷い?自分が何をしたのかわかってて、そんなことを言うんだな。最低の人間だな、君は」
「……っ、し、信じられない。私にそんなことを言うなんて───……ちょっと、あんたっ。ラヴィエル様に何を吹き込んだの!?」
「やめろ。フローレンスは、君のことを一度だって悪く言うことはなかった」
「嘘よっ。そうじゃなかったら、どうして私がそこまで酷いことを」
「言われる筋合いは無いとでも?本当に、おめでたい性格だな。これは君が招いた結果だ」
「……なっ」
きっぱりと断言したラヴィエルに、リコッタは唯一の味方である父親に目を向ける。
そうすればアールベンは、額に嫌な汗をかきながらも口を開く。
「ラヴィエル殿、恐れながら……娘は決して悪い子ではないのです。どうかそのような物言いは……その……どうか……」
娘可愛さから、格上の貴族に物申したアールベンだったけれど、ラヴィエルの形相があまりに恐ろしく最後は言葉尻を濁してしまった。
そんな情けない父親にリコッタは非難の目を向け、ラヴィエルは冷笑を浮かべる。
「なるほど。つまり貴殿は、私にこれ以上娘を悪くいうのはやめろと?」
「......は、はい。リコッタはこう見えてとても傷つきやすい繊細な子なんです」
「そうですか。それは初耳です」
そう言った後、ラヴィエルは堪えきれないといった感じで、ぷっと吹き出した。それから表情を変えて口を開く。
「ですが、私が言ったのはあくまで事実です。それと、私はリコッタ嬢が嫌いです。たとえフローレンスと出会わなくても、彼女を婚約者に選ぶことはなかったでしょう。天と地がひっくり返っても、絶対にあり得ない」
「......っ」
息を呑むアールベンに対し、ラヴィエルは再び口を開いた。
「それと、貴方にとって娘はどうやらリコッタ一人だけのようですね」
チラッとフローレンスに視線を向けたラヴィエルに、アールベンは彼が言いたいことを瞬時に悟った。しかし言葉が出てこない。
ここで違うと言えば「じゃあなぜ、リコッタだけを庇うのだ」と責められるし、この場でラヴィエルの言葉に同意するなどという愚かなこともできるわけがない。
そんな葛藤はここにいる誰の目にも明らかで───ラヴィエルは突然、声を上げて笑いだした。