彼女が選んだ復讐とは③
ラヴィエルに横抱きにされて居間に戻ったフローレンスは、その光景に目を丸くした。
居間にはリコッタと両親がいた。しかも継母のヴェラッザは鬼の形相で、リコッタの髪を掴んで手を振り上げている。そしてリコッタは、継母から逃げるように手足をばたつかせている。
そんな二人を、父アールベンは青ざめた表情で呆然と見つめていた。
(お父様はやっぱりって感じだけれど、まさかお母様がここまで取り乱すなんて……これは予想外だったわ)
今朝、朝食が終わった後、フローレンスは父に自分が殺される時間に、庭に来て欲しいと耳打ちしていた。嫁ぐ前に少し二人だけの時間を取って欲しいと。もちろん父親にも目撃者になってもらうつもりで。
ただこれまで自分の願いなど聞いてくれた試しがなかった父親が、都合よく動いてくれるかどうかは賭けだった。
でも、フローレンスは賭けに勝った。
ちなみに継母の存在は無視していた。どうせお願いしたところで、自分の思うようには動いてくれるわけがないと思っていた。
それに、何といっても彼女はリコッタの母親だ。最悪、何かを察してリコッタの犯行を事前に止める可能性だって否定できなかったから。
けれども、蚊帳の外にいるはずだった継母は悲鳴に近い声で、リコッタを罵倒し殴ろうとしている。
品の良さなど欠片もないその惨状に、フローレンスは可笑しくて声を上げて笑い出しそうになった。
しかしその前に、自分を抱いている彼が静かに口を開いた。
「───……お取込み中失礼しますよ」
人の上に立つ人間にしか出せない声音で断わりを入れたラヴィエルは、フローレンスを抱いたままゆっくりと3人の前に立つ。
予期せぬ来訪者であり格上の公爵家の嫡男の怒りを滲ませた声音に、アールベンとヴェラッザは顔色を失った。リコッタに至っては言葉にできないほど動揺し、「違うのっ、そうじゃないのっ」と意味不明な弁明を始める始末。
そんな面々をラヴィエルは眉一つ動かさず、じっくり一瞥してから口を開いた。
「さて、どこから話をしましょうか」
その言葉だけで、ラヴィエルはこの場を支配していた。
しかしフローレンスだけは違った。彼が次の言葉を紡ぐ前に「降ろしてください」とそっと囁く。
すぐさま自分を抱いている主から不満げな視線を貰ったけれど、それに気付かないフリをして首に回していた手を離した。
そうすれば溜息と共に、フローレンスは床に降ろされる。
「ありがとうございます」
「不本意だけどね」
肩をすくめたラヴィエルに、フローレンスは薄く笑ってリコッタの前に立った。
そしてとても悲し気な表情を作って口を開く。
「ねえ、リコッタ。どうして私を殺そうとしたの?……酷いわ。わたくし、あなたのこと、ずっと大事な妹だと思っていたのに」