彼女が選んだ復讐とは②
ラヴィエルは、フローレンスの血が滲む手のひらを見た途端、顔を顰めた。
「それにしても派手にやったね。かなり痛いだろう?」
「……いえ、見た目よりは痛くはありません。それよりも、早く」
「早く終わらせて、どこに行きたいのかな?婚約者殿」
上着のポケットからハンカチを取り出しながら、ラヴィエルは軽い口調でフローレンスに問いかけた。
「……わたくしが行きたいところなど、言わなくてもご存知なのでは?」
意地の悪い返答をするフローレンスに、ラヴィエルは低く笑った。
「願わくば、私と二人っきりになれる場所……と言って欲しいけれど、その表情は違うようだね」
「……」
「ま、私としても、ついさっきの出来事を一部始終見てしまったからね。それを有耶無耶にはできないし。っということで、二人っきりになるのは後にとっておこうかな」
「……」
ハンカチで手のひらを応急処置するラヴィエルは、意味ありげにフローレンスを見つめる。
対してフローレンスは無言を貫きながらも、どうとでも取れる微笑みを浮かべた。
今朝、侍女のユーナに命じたことは“ラヴィエル様に急に会いたくなったから、内緒で彼をここに呼んで”と彼に伝言を伝える至極簡単なもの。
無論、急に会いたくなったわけではない。彼をこの件の目撃者に仕立てるつもりだった。
リコッタは、ラヴィエルに想いを寄せている。彼を手に入れるためなら、人の命を奪うことすら平気でできるほどに。
そんな想い人に、自分の犯行を見られたら─── 心のダメージは相当なものだろう。
ただ、自分の危機を救ってくれるとは思いもよらなかったけれど。
「で、婚約者殿。今から向かうのは、君が突き落とされたバルコニーがある部屋で良いのかな?」
確信を持ったラヴィエルの問いに、フローレンスは無言で頷いた。
「そうかい。では、行くとしよう」
言うが早いか、ラヴィエルはフローレンスを抱えたまま立ち上がる。どうやら、彼はこのまま居間に向かう気だ。
でもフローレンスは、もう降ろしてとは言わなかった。
もちろん恥ずかしいという気持ちはある。だが、利用できるものは、何だって利用させてもらう気持ちのほうが強かったから。
(あの子を追い込むのには、こっちの方が効果的ね)
「ラヴィエルさま、首に手を回してもよろしいかしら?」
これまで一切触れ合いを持とうとしなかった婚約者の甘えた言葉に、ラヴィエルは目を丸くする。
しかし彼は「光栄です」と言って、フローレンスの為にほんの少し首を下げた。
そしてしっかりとフローレンスを抱き直すと、ラヴィエルは足早に、バルコニーがある居間へと向かった。