二度目の死と、復讐の始まり②
チックタックと重厚な柱時計の針が進む。
フローレンスは刺繡の手を止めて、バルコニーに出た。一度目の生と同じように。
そして、予め決めていた所定の位置に立つと、手すりに手を突き外を眺めるフリをする。
しかし実際は目を閉じて、あと数分でこの部屋に入ってくるリコッタを待っていた。
あの日、なぜ自分がリコッタの気配に気付かなかったのか、フローレンスはバルコニーに出てわかった。
今日は少し風が強かった。庭に植えてある木々の枝がしなる音と、葉が擦れあう音がバルコニーまで届いているから。
それともう一つ。あと数分で、この部屋には更に音が加わる。その瞬間に、リコッタはそっと扉を開けてこの部屋に入ってくるのだろう。
きっと、もう彼女は廊下にいる。気配を消して、自分を殺す瞬間を待っているのだろう。
そんなことを考えていたら時計の針がカチッと止まり、ボーン、ボーンと時刻を知らせる鐘の音が部屋に響き渡った。
時間に厳しい曾祖父の代に特注で作られたこれは、鐘の音が良く響くように設計されている。言葉を選ばなければ、騒音に近い迷惑な品だ。
そんな耳障りな音に慣れるために、フローレンスは長年この部屋で過ごしてきた。たとえ騒音の中でも、たった一人の気配を感じ取れるように。
その努力は功を成し、微かに扉が開く気配が伝わってくる。慎重にこちらに向かってくる人の気配も。
フローレンスはこくりと唾を吞む。けれど、絶対に振り向かない。まったく気づいていないという体を貫く。そうすれば───
「お姉さま、死んでちょうだい」
一度目の生と同じように物騒極まりないリコッタの言葉を耳にしたと同時に、ドンと背中に強い衝撃を覚えた。
あの日と全く同じように、ふわりと身体が浮く。
けれどもフローレンスは、自分の身に何が起こったのか今度はちゃんとわかっていた。頭の中で何度も何百回も、何千回もこうなることをイメージしてきた。
だから身体は無意識に、事前に用意していたバルコニーに括りつけていたロープに手を伸ばす。風に揺れているそれを何とか掴むことができた。
けれども、予想以上に強い力で突き落とされたせいで、掴んだと同時に腕にかかる衝撃が半端ない。シルクの手袋があっという間に裂け、皮膚にロープが食い込む。
その状態で重力によって身体は地面へと引っ張られる。火傷のような痛みが手のひらに走った。
その結果、フローレンスは結局一度目の生と同じように、地面へと叩き付けられ……る、はずだったのだけれど。
「危ない!!」
切羽詰まった馴染みのある声が耳朶を差したと共に、ドンッと強い衝撃が全身を襲う。
けれども痛みはまったく感じない。あるのは、誰かの力強い腕の感触だけ。
少し遅れてフローレンスは気付く。自分は地面に叩き付けられる直前に、誰かに抱き留められたということを。
その誰かとは───
「お転婆が過ぎるよ、我が婚約者殿」
安堵と焦燥と、それから微かな怒りを滲ませて、フローレンスにそう言ったのはラヴィエルだった。