不思議の鐘を聞く男
その鐘の音を聞いたなら、
近く親しい誰かが死ぬだろう。
家族かも知れない。
友かも知れない。
それは、特別なことではない。
老衰だって病気だって、
はたまた酷い悲劇だとて
変わらぬ村の道理であった。
その鐘の音を聞いたのは、
いつが初めてだったのか。
大好きだったクロが、
翌朝死んだ。
冷たくなった大きな身体から、
しぶとく繁殖していた蚤が逃げ出す。
ぞろぞろと、声も無く。
その鐘の音を聞きながら、
親しい人と酒を呑む。
聴いているのは俺だけだ。
弔いの鐘はまだ鳴らぬ。
止めて欲しいと鳩が哭く。
その鐘の音を聞く筈もなく、
あの人の手を取る事もなく、
親しい人は酒を呑む。
深く沈んだ藍色の底
黒々と、尚黒々と、
その鐘の音は鳴っている。
命ある
すべてのものを
容赦なく
連れ去る時を告げている。
親しい人よ、
あの人に会うこともなく
逝くのだろうか?
酔って別れた道の先で、
あの人が立つ窓辺を、
腹立ち紛れに通ってやった。
親しい人を連れて行く、
そのわけ隔てない時は、
今その鐘が告げているのに、
その鐘の音をあの人に、
聞かせることもできぬまま。
その鐘の音も聞こえずに、
ちらり
冷たい月の眼が、
あの白魚の指先で、
かきあげる金の調べを透かして嗤う。
harbinger of the death (死の前兆)は、告げるだけで、いわば先ぶれ。伝達者。