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真祖にして元最強の最弱吸血鬼とその眷属にされてしまう少年の話。

作者: 日暮キルハ

 ――運が悪かった。


 森で迷い、武器を紛失し、こんな森にいるはずもない三つの首を持った犬っころ『ケルベロス』に出くわした現在の状況を一言で言い表すのならそれ以上に的確な言葉を俺は知らない。

 

「……あー、そのなんだ。……うん。俺達に今必要なのはさ、対話だと思うんだよ」


「グルルルッッ。ガウッ!」


 よだれを撒き散らしながらアホ犬が吠える。

 対話要らないから肉寄越せってさ。死ねば良いのに。


「ま、まぁ、待てよ。ちょっと話し――ッ!?」


 俺の言葉を無視してそのバカでかい手を振り下ろしたケルベロス。

 そこらの犬なら可愛い『お手』なのかもしれないけど、陥没した地面を見るにケルベロスのそれは威力も見た目も可愛らしさには欠けるらしい。

 

「……このバカ犬……!」


 間一髪、本当にただただ運よくかわしたお手。

 次はない。絶対かわせない。

 それは分かっているので笑いそうになる膝を悪態ついて黙らせて立ち上がり全力疾走。

 

 俺は運が悪い。

 その運の悪さといったら自他共に認める最凶レベル。

 今日だってそうだ。

 いつも持ち歩いてる武器の入ったカバンをどこかで無くしたあげくこんな森にいるはずのないアホ犬に追いかけ回されるはめになった。


「……こんなところに……屋敷……?」


 だから、そんな俺だからここはもっと慎重になるべきだった。

 そんな偶然あるわけないって。俺にそんな幸運が訪れるわけがないって。

 追いかけ回されて逃げ切れないって悟った時にタイミングよくアホ犬のサイズじゃ入れそうにない廃墟が見つかるなんて。

 そんな幸運があるはずないって。


「……っ。ラッキー! 愛してるぜ神様!!」


 それに気づけなかったから、俺はあいつ(・・・)と出会ってしまった。

 

◇◆◇◆◇


「ふざけんなぁああぁぁ!!!」


 ケルベロスが三匹のでかめの犬に分離した。

 そのサイズはギリギリ廃墟のでかい扉を潜れる程だった。

 あとは分かるな?


「グルッグルッ……バヴッ!」


「ガルルルルゥ!!」


「グルァアアッッ!!」


「クソ犬がぁあああ!!」


 走る。走る。とにかく走る。

 地面から伝わるバカみたいな振動で後ろを振り返るまでもなく距離を詰められていることは分かった。


 めっちゃ怒ってるよ。

 扉に顔が詰まってたから「頭三つもあるのに脳みそスッカスカですねぇ? 中に泥でも詰めてるんですかぁ?」って言いながらギリギリ届かない距離でコサックダンス踊ってただけなのにそこまで怒ることないじゃん!

 対話?あんな化け物相手に対話なんかできるわけねーだろ。そんなことするやつ絶対頭おかしいわ!


「あっ……やば……」


 とにかく走る。まっすぐまっすぐずっと走る。

 廃墟はでかいけどそれでも大きさという概念は存在していてまっすぐ走り続ければやがては行き止まりに行き着く。

 

 ……着いちゃったよ。行き止まり。


「グルルル……」


「ガルル……」


「ガルゥッ……」


 そこは部屋だった。

 たぶんこの廃墟でも一番大きな部屋なんだと思う。

 けど、何もない。

 一般的に家具と呼ばれる物が何一つそこにはなかった。

 椅子も机もカーテンもタンスも何もない。

 ただ、キャッチボールでもできそうな広い空間の中央にポツンと一つの棺桶だけがそこにはあった。


「……」


 刹那の思考。

 迫る足音と咆哮。

 俺は棺桶に駆け寄った。

 隠れるためじゃない。

 俺が武器と認識できる何かがそこに入っているかもしれないという一縷の希望。それに賭けて俺は棺桶に駆け寄った。


「…………は?」


 武器と呼べる物は何一つなかった。

 棺桶らしく死体でもあるかと思えばそれもなかった。長い年月をかけて肉を失った骨もなかった。


 ただ、一人の、およそ人とは思えない、美しい何かがそこにいた。


 薄暗い廃墟の中で眩しさすら感じる明るく、そして一本一本に命が宿っているのではと錯覚するほどに瑞々しい生命力を帯びた銀髪。

 見ただけでそれがきっと俺がこれまで見てきた何よりも柔らかくいのだろうと理解できてしまう艶々しい薄ピンクの唇。

 普通だったら不健康に見えたっておかしくないのに、染み一つなくただただ上品なその白い肌は白という色の到達点のようですらあった。

 

 見つめること数秒。いや、もしかしたら一秒にも満たないような短い時間だったかもしれないしもっとだったかもしれない。

 ともかくアホ犬の咆哮にハッと我を思いだし、何かないかと視線を下に向けた俺の視界に入ったのは正体不明の何者かの手足。


 人が一生をかけて美しいものを考えたとしてもきっとこの造形美には及ばない。

 一目でそう察することが出来てしまうほどにすらりと伸びた細く白いその手足は美しかった。

 

 視界に入る容姿の情報全てがそれを人だと言っている。

 そして、同時に否定する。「こんな美しい人間がいるわけない」と。

 

 この世のありとあらゆる美しさを詰め込んだ人形。

 この何者かを説明するのに最も納得がいくのはそれだった。


「……ん? なに、誰? ボクの眠りを妨げるのは」


 しかし、それは喋った。喋ってしまった。

 眩しそうに少しだけ宝石のような青い目を開いて、耳がおかしくなりそうなくらいに綺麗でとろけるような声でそんな風に囁いた。


「……えと……もう、昼ですよ……?」


 我ながらないと思う。

 なんだよ「昼ですよ?」って。

 頭のなかに泥でも詰めてんのか。


「んん……? 誰?」


 どちらかと言えばそれは俺のセリフなのだけど。

 ま、自己紹介は大事だ。

 彼女が何なのか分からないけど、保護するなら保護するである程度の身元は知っておかないといけない。


「ガルウゥゥッッッ!!」


「あ、やばっ」


 自己紹介。名前からいくか年からいくか迷っている間にできれば二度と聞きたくなかった咆哮が聞こえた。

 残念だけど悠長なことやってられる余裕はないらしい。


「失礼します!」


「わっ!? ちょっ、なにっ!?」


 棺桶に手を突っ込む。

 羽毛かと思うくらいに軽すぎる彼女を抱き抱え踵を返して全力疾走。

 後ろで「ガンッ!」って音がした。怖くて振り向けないけどたぶん棺桶が死んだ。


「ガルルル……」


「グルルゥ……」


 前方にはアホ犬が二匹。入り口はガッツリ塞がれているがその巨体じゃところどころに隙間ができる。

 だから迷わず数ある隙間に向かって全力疾走。

 

「……っ」


 狙ったように「お手」が降り下ろされる。

 紙一重かわしたけどチビりそうだし頬がジンジン痛むからたぶんかすった。

 けど、走る。とにかく走る。走らなきゃ死ぬ。


「――っ。よしっ!!」


 最後はスライディングでアホ犬の足と足の間をすり抜け部屋からの脱出を果たした。


「ガルアアッ!」


「グァアアッ!」


 後ろから咆哮が聞こえた。ちょっと迷って振り向いた。

 すり抜けた俺を追おうとしたのだろう。しかし、アホ犬達は自分のサイズを理解できていなかったらしい。

 二匹通るにはどう考えても幅が足りない入り口で詰まっていた。

 ラッキー。


◇◆◇◆◇


 アホ犬達の無様な姿を見て笑い、けれど慢心せずに十分な距離を取った。

 このまま外に逃げよう。


 問題が起きたのはその時だった。いや、気づいたと言うべきか。


「あの、大丈…………え?」


 手元には『灰』があった。

 灰だけがあった。


「………………え?」


 目をぱちくり。

 天井を見上げる。

 そして、もう一度手元に視線を戻す。

 やっぱり灰だけがそこにはあった。


 つい先ほどまで抱えていたはずの誰かはいなくなって、誰かが着ていたワンピースのような服とどこから湧いたのかすら分からない灰だけがそこにはあった。


「……っ!? 動っ――!?」


 この時点ですでに俺のちんけな情報処理能力はとっくに現状を処理できずにいた。

 しかし、さらに理解の及ばない情報は増え続ける。


 ゾモゾモ。

 擬音で表すならそんな感じだろう。

 物言わぬはずの灰がまるで意思を持つ生物の如く蠢き始めた。

 そして、それはどこに行くべきか最初から分かっているかのように迷いなくそれぞれが蠢きある形を作る。


 ――それはつい先ほどまで抱き抱えていた誰かの形に酷似していた。


「……嘘……だろ……?」


 ペタリ、と。

 尻に床からの冷たい熱が伝わる。

 いつ自分は尻餅をついた。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 そんなことは後からいくらでも考えられる。

 今、考えるべきは目の前にある。それ以外にない。

 この女は――


吸血鬼(ヴァンパイア)……」


 あぁ、なんたる不運か。

 俺の死は確定した。


 間違いようがない。

 その整いすぎた見た目も、棺桶で眠る姿も、灰から復活する不死性も、間違いなく吸血鬼の特性そのもの。

 あらゆる生物の頂点に君臨する『幻の種族』そのものだった。


 とうてい俺が敵う相手ではない。

 ましてや武器を失った今の俺など、灰の状態であったとしても簡単に…………灰?なんで?

 伝承によれば吸血鬼にはあらゆる攻撃手段が通用せず、数少ない彼らに傷を負わせることの出来る手段をもって彼らを殺したとしても彼らは灰となり、それほどの時間を有さずに元の姿に何事もなかったかのように戻る。

 ありとあらゆる性能が最高水準に整った『不死の怪物』。それが吸血鬼であることには間違いないのだが、ここで一つ疑問が生じる。


 なぜ、この吸血鬼は俺の手の中で灰になっていたのだろうか。


 武器はない。あっても吸血鬼に傷を負わせるだけの武器など持ち歩いてはいない。素手で傷などむしろつけようとした方が傷だらけになるのがオチだ。

 そもそも、俺は彼女を抱えただけで何ら攻撃に値するようなことはしていない。

 なのに、どうして彼女は灰になっていたのだろうか。


「…………………から」


「……っ。……え?」


 答えは本人の口から紡がれた。

 しかし、理解できない。

 薄らと聞こえたその言葉は、俺がこれまでに聞いた話とはあまりにも違いすぎた。


「急に抱えて驚かすからぁ!!」


「えぇ……」


 なんだそれ。


「あんな……急に抱えられたらビックリして心臓止まっちゃうでしょ!?」


「いや……えぇ……」


 嘘ではない。

 瞳をうるうるさせて非難するような目でこちらを見つめるその姿に嘘は見られない。


「あの……吸血鬼、ですよね?」


「……? うん。それがどうかした?」


「……」


「……?」


 いや、落ち着け。

 つまり、あれだ。この吸血鬼はあれだ。

 俺が急に抱き抱えたのに驚いて死んだ訳だ。


 ……いや、なんだそれ。


◇◆◇◆◇


 幼い頃、貰った本で見た吸血鬼はそれはもう恐ろしかった。

 それは、ギルド所属のハンターとして魔物を狩るようになった今でも変わらない。

 まず、会うことなんてありえない。それどころかそもそも本当に存在するのかさえあやふやな冷淡で冷酷な恐怖の象徴。

 それが俺にとっての吸血鬼。


「ガルルアアッッ!!」


「うわぁっ!! 速く! もっと速く! じゃないとガブッといかれちゃうよ!?」


「うるせえぇぇええっっ!!」


 そんな、よくも悪くも俺のなかで出来上がっていた吸血鬼像は儚く打ち砕かれていた。

 俺のなかでの吸血鬼はちょっとでかくて肉食なだけの犬っころに吠えられただけでショック死したりはしないし、あまつさえ人間に抱えられて逃げることをよしとしたりはなしない。

 こいつ本当に吸血鬼なんだろうか。


「つーか! 道案内くらい! しろっ!!」


「えっと……ずっと寝てたからここの構造とかは覚えてないかな」


「この役立たずが!!」


「酷い!」


 酷いのは俺じゃなくて自分の住処の構造忘れるくらいの期間寝てた自堕落さだ。


「ガヴァア!」


「……っ」


 あぁ、まずい。これは本当にまずい。

 振り下ろされたお手を回避しきれずジンジンと痛む背中にそう思う。

 一人で逃げることさえ困難だったというのに、余計な足手まといまで抱えてちゃいつかは絶対に捕まる。

 このままじゃジリ貧だ。


「なんか……吸血鬼の特殊能力みたいなのはないの!? 魅了とか怪力とかさ!」


「わぁ、物知りだね」


「今、そういうのほんといいから!!」


 もちろんこのまま追い詰められて死ぬなんてごめんだ。

 何か状況を打破できる一手が必要。

 とはいえ、俺個人にそんなものがあるならとっくにやってる。つまりは、この吸血鬼なんかに頼らざるを得ないわけで。


「そうだね。結果から言うなら今のボクには『不死性』以外の特性はまるで扱えない」


「……はぁ」


「ああ! 今思ったでしょ! 役立たずって思ったでしょ!」


 吸血鬼にはあらゆる特性が備わっている。

 例えば『不死性』。読んで字の如く死なない特性。

 他にも異性を籠絡する『魅了』、ありとあらゆるものを砕く力を得る『怪力』といった特性も存在している。


 それが使えたら、と期待したけどやっぱり無理らしい。

 原因は聞いてないし、わざわざこのタイミングで知りたいとも思わないけれど、どうにもこの吸血鬼はかなり弱っているらしいからまぁ仕方がない。


「全盛期のボクは凄かったんだよ! 『紅鎌』のカタリナと言えば当時なら種族問わず――」


「はぁっ!?」


「ひぃっ!?」


 あ、また死んだ。

 いや、それより今はその名前。


「い、いきなり大きな声を出すのはやめてよ!」


「……ほんとに?」


「へ?」


「本当に……あのカタリナなのか?」


「おや、ボクのことを知っているのかい?」


「……」


 知っているもなにも、吸血鬼という言葉そのものがカタリナを指すくらいにはその名は知られている。


 ――最強にして最凶にして最悪の同族殺しの吸血鬼の名。


 御伽噺の登場人物に過ぎないなんて話が昨今じゃ主流だったけど、まさか本当に実在していたのか。

 

「それが何がどうなったらこんなくそ雑魚に……」


「失礼だな!」


 背後で何かが壊れる音がした。

 振り向くまでもなくアホ犬がすぐ側まで迫ってきている。

 

「そういえばさ」


「あ? なに?」


「君の名前聞いてなかったね。ボクは名乗ったんだから君も名乗るべきじゃない?」


「能天気か!! どう考えたって今優先すべきことじゃねえだろ!」


「えー、だってさぁ、もう……へへっ」


「おぃぃっ!? 諦めんな! まだいけるから! そんな全部もう終わったみたいな目をしないで!? 走ってる俺の身にも――!?」


 また、すぐ後ろで炸裂音。

 今度は風圧が首に届いた。

 あぁ、これダメな奴だ。振り向いたら真後ろにいる奴だ。

 そりゃ、この残念吸血鬼もこんな顔になりますわ。


◇◆◇◆◇


 死にたくない。

 その一心で滑り込んだ部屋は幸いなことにアホ犬が入るには些か入り口のサイズが小さすぎた。

 問題はこの謎の部屋、窓が一つもないので出入口が現在アホ犬が無理やり広げて入ってこようとしてる一ヶ所しかないことだ。


 簡単に言うと追い詰められた。なんなら詰んだまである。


「いやいや、死んでたまるかっての。考えろ……なんとかここを打開して逃げないと……どうやって……どうやったら……」


「ねぇ! ねえってば! 名前は!? 名前は何て言うの!?」


「だぁー!! うるせぇええ!! 今それどころじゃねぇだろ!? お前もちょっとは――」


「まあまあ、こういう時だからこそ、きちんとお互いのことを理解するのが大事なんだよ。焦ったところで何か状況が変わるわけでもないでしょ?」


「ん……ぐっ……まぁ、それは……」


「分かればよろしい! さて、それじゃあ聞かせてよ。君のこと」


 そんなことをしている場合じゃない。

 そう思いつつも、だからといって何か他にできることが思い付くわけでもなく、それならせめてもの気晴らしに残念吸血鬼と話すのも悪くはない、か。


「名前は……アルト」


「良い名前だね」


「そりゃどうも。マスターが喜ぶよ」


「……? どういうこと? マスター?」


「俺、捨て子なんだよ。名前をつけてくれたのも育ててくれたのもたまたま俺を拾ったうちのクランのマスターってわけ」


「クラン?」


「ん、あー……俺、ハンターやってるんだ。で、ハンターの所属する組織がクラン。マスターはそこのトップ」


「ハンターってなに?」


「説明がムズい……依頼を受けて魔物や魔族と戦う仕事、みたいな?」


「ふむ……。傭兵のようなものかな」


「まぁ、ちょっと違うけどそんな感じでいい。人間は、あんまり多くはないんだけど、『祝福(ギフト)』って異能力を持って生まれる奴がいるんだ。ハンターは人間よりもよほど優れた身体能力を持つ魔物や人間と敵対する魔族と相対することが仕事だからほとんど祝福持ちになってる」


「……へぇ、祝福、かぁ。今はそんな言い方をするんだ。ねぇ、アルトはそれ持ってないの?」


「一応持ってる……けど、期待すんな。この状況じゃそもそも使えない」


「ふーん、そっか……」


 それきり、何か考え込むようにしてカタリナは黙りこむ。


「……ボクはさ、さっきも言ったけど不死なんだよね」


「言っとくけど、お前を餌にして逃げるってのはなしだから。うちのクランのモットーは人民の奉仕者たれだからな。お前が人かどうかってのはともかく、自衛もできない状態の奴を置いて逃げるつもりはない。……それに、死なないからって痛くないってことじゃないだろ」


「……たぶん、君死ぬよ?」


「奇遇だな、俺も同じ意見だよ」


 肩を竦めて答えると、バカを見るような目をしてカタリナは「はぁ……」とため息を溢す。


「……まぁ、ボクも痛いのは嫌だからね。……悪いのは君だ」


 言うと、カタリナは落ちていた石の欠片で指先をなぞって切り傷を作る。

 そして、怪訝な顔をしてそれを見ていた俺の後ろに回り込むと、背中の傷口にぽたりと指先から血を一滴落とした。


「……おい……おまっ、今の!?」


 吸血鬼は自らの血を流し込むことで相手に力を分け与え、眷属とすることができる。

 力を分け与えるため、吸血鬼本人はその力を多少とはいえ一時的に失うことになる。

 そのため、吸血鬼のなかには決して眷属を作らない者もいたとされている。

 カタリナもその一人だった。つい先ほどまでは。


「言ったろ? 悪いのは君さ、大人しくボクを囮にして逃げればこうはならなかった」


 カタリナが言うのとタイミングを同じくしてこれまでより一際大きな音が響く。目を向ければ、ちょうど扉を広げきったのかアホ犬達が入ってくるところだった。


「さて、あの躾のなってない悪い子達に何を敵に回したか教えてあげないとね。ボクの眷属?」


 そう言って、カタリナは心底悪い笑みを浮かべた。

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