63 それは最初の物語の舞台
「ミモザ、起きて。疲れただろうけど、着いたよ」
「パーシヴァル、様……あら、やだ、ごめんなさい、私ったらはしゃいで眠ってしまって……!」
「慣れない馬車の旅だったろう? 仕方がない、よく頑張って起きていた方だよ。――ほら、ここが私たちの滞在する屋敷だ」
「まぁ……!」
私は、余りの感動に口許を手で押さえて示された屋敷を見た。
敷地をレンガ造りの背の低い塀が覆っていて、そこに絡まるように薔薇が咲いている。遅咲きの薔薇は色の濃い赤で、緑も濃い。
白い屋敷は一部が二階建てになっている大きな平屋建てで、赤くて丸い瓦が並んでいる。屋敷全体にも蔓草が這っているが、ある程度手入れされているのは見ていればわかる。雨漏りをしそうな程ぼろぼろとか、壁にひびが入っているという訳でもない、ちゃんとした屋敷だ。
だけれど、一番驚いたのは、私は王都の外に出た事がないのに……。
背に森があり、人によっては古ぼけた、と言いそうな風情の屋敷だが、私はこの場所を『知っている』のだ。
「ここはね、君との初めてのデートで、君が教えてくれた女騎士の物語……『ボルグの騎士』の舞台になった、ボルグという領地。この屋敷の挿絵が載っていたからね、母さんに聞いたらモチーフがあるのよ、と教えてもらって。王家の直轄地だとも調べて……気に入った?」
「パーシヴァル様!」
私は感動のあまり目に一杯涙を溜めて、喜びのまま笑顔で向かいに座っていたパーシヴァル様に飛びつくようにして抱き着いた。
馬車が少し揺れたが、気にしない。本当に、本当に、嬉しい。ここを選んでくれたこと、随分と本をお勧めしたけれど、最初の思い出を大事にしてくれたこと。調べてくれたこと、手配してくれたこと、何もかもが嬉しくて、私は随分大胆なことをしているという自覚が無くなっていた。
「本当にありがとうございます。これ以上ない新婚旅行です、嬉しいです。あぁ、どうしましょう、パーシヴァル様、私、私……パーシヴァル様がやっぱり大好きです」
「…………」
「パーシヴァル様……?」
支離滅裂なことを言ったせいか、パーシヴァル様の返事がない。と思って少し身体を離すと、久しぶりに本格的な脳停止をしていた。
私の背を抱こうとした形跡はみられるけれども、くっついたまま離れていないせいで、パーシヴァル様が全然動く気配がない。最近は少しの触れ合いや甘い言葉の応酬でも慣れてくれていたのに。
私がずっと抱き着いているからだ、と気付いたのは、御者席から「到着しました」との声が聞こえてからで。
真っ赤になった私がパーシヴァル様からそっと離れて、ドアの外の御者に小声で「小一時間、待ってくれるかしら。ごめんなさい」と外に控えた御者に告げたけれど、果たして小一時間でパーシヴァル様が戻ってきてくれるかは私にも分からなかった。
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