59 閉会のセレモニー
「勝者、騎士パーシヴァルは二階級特進。以上をもって、武闘大会を終了とする! 本日、この場に集まった騎士、そして国民の全てに感謝を!」
夕暮れの中、お義父様の閉会の挨拶は簡素なものだった。
闘った30人の騎士とフレイ殿下が後ろに整然と並び、陛下たちの方へ向かってお義父様が閉会の宣言をする。そぞろ、市民たちは帰り始めていたが、私は涙が止まらずに長椅子の上で背を丸めてハンカチを濡らしていた。
パーシヴァル様はどんな顔をしているのだろう。誇らしい顔だろうか。真剣な顔だろうか。これから背負う重圧と、今日までの努力の結果が実った喜びが綯交ぜになった顔だろうか。
それでも今、私は、一日パーシヴァル様を見ていたことで堰が切れたように泣いてしまって顔をあげられない。お義母様がずっと背を撫でてくれているが、いよいよしゃくりあげてきてしまった。
「ミモザ!」
そこに、パーシヴァル様の声が下から聞こえてくる。どうすればいいだろう、と思ったけれど、パーシヴァル様の声には魔法でも掛かっているのだろうか。
私は俯いて泣いていた顔をあげ、涙を指で拭って観客席の最前列に駆け寄った。
そんなに高低差は無い。すぐそこに、こちらを見上げる笑顔のパーシヴァル様がいる。
(そっか、パーシヴァル様は……嬉しいんだ)
顔を見ればすぐに分かる。だから、私は涙を零したまま、鏡写しのように笑った。きっと、へたくそな笑みだったろう。
パーシヴァル様が両手を広げる。何を意味しているのか分からなくて、涙が引っ込んだ。
嬉しそうにこちらを見上げる美しい顔が、笑ったまま首を傾げる。意味することを悟った時、私は余程理性がなかったのかもしれない。
「おいで、ミモザ」
「はい」
言われるまま、私は観客席の腰当たりまである手摺を乗り越えて、パーシヴァル様めがけて飛び込んだ。
普段だったら絶対にこんなことはしない。怖いし、きっと、人目やはしたなさを気にしてできない。でも今日はできた。
今日、コロッセオで見詰めていた、確かに自分の旦那様なのに、別人のような騎士パーシヴァルではなかったから。そこには、知っているパーシヴァル様がいて私に腕を伸ばしていた。
体が宙に投げ出される感覚は怖かったけれど、絶対にパーシヴァル様なら受け止めてくれると思った。
私も腕を伸ばして、パーシヴァル様の身体に向って飛び込む。夕暮れを反射する金髪めがけて伸ばした腕は、しっかりと彼の身体を抱き締めて、私を受け止めたパーシヴァル様も倒れたりせず私を横抱きに抱えて額をすりつけてきた。
「ミモザ、見ていてくれてありがとう」
「はい、……はい、パーシヴァル様。パーシヴァル様の活躍を、ずっと見ていました」
「そんなに泣かないで。怖かっただろう? 私が生きている日常を垣間見るのは」
「でも、でも、見れてよかったと、思っています……本当に、おめでとうございます、パーシヴァル様」
顔を近づけて抱き合ったまま囁き合っている私たちは気付かなかったが、かなり大勢の人間にその様子を見られていたらしい。
「パーシー! ミモザちゃん! なんて危ないことをしたの!」
それに気付いたのは、観客席の方から降って来たお義母様の怒号のお陰だった。
私はパーシヴァル様の腕の中で真っ赤になると言葉が出てこなくなり、危なくはしたないことをしたという感覚が急に襲ってきて、地面に降りようともぞもぞ動いたが、パーシヴァル様は離してくれる気がなさそうだった。
「すみません、母上。どうしても、今日ミモザが全て見ていてくれたことが嬉しくて、我慢できないので、このまま帰ります。帰ってからいくらでもお説教されますので!」
「あ、パーシー! 待ちなさい!」
夕暮れの中、真っ赤になった私を抱えたまま離す気の無いパーシヴァル様の冷たい鎧の胸元に顔を寄せたまま、私は抱えて走っていくパーシヴァル様のされるままにしていた。
逃げるように告げたパーシヴァル様は、馬車乗り場ではなく厩舎に向かったようだった。今日は騎士も大会と城の警備に駆り出されてがらんとした厩舎の中で、葦毛の綺麗な馬にパーシヴァル様が近づいていく。
独特の臭いがするが、嫌だとは思わなかった。それを言えば、今日はパーシヴァル様も私も汗だくできっと酷い匂いだ。
「この子は、私の愛馬のジェラルド。ミモザ、今日は一緒にジェラルドと帰ろう」
「あの、お疲れでしょうし、馬車で……」
「嫌だ。今日までずっと我慢してきたから、ミモザから離れたくない」
駄々っ子のように言うパーシヴァル様は、鞍の乗せられているジェラルドの上に私を乗せると、背中から私を包むようにして鞍上の人となる。
横乗りで掴まる場所もないまま、パーシヴァル様に抱えられるようにしてジェラルドに乗って厩舎を出る。
夕暮れ時の綺麗な王宮を、ジェラルドは重くもなさそうに私とパーシヴァル様を乗せて並足で進む。
その景色を一緒に見ながら、パーシヴァル様の視線が頻繁にこちらを向いていることに、恥ずかしいやらなにやらで私は抱き着いて顔を隠していたのだが、耳まで赤くなっていただろうからきっとバレバレだったに違いない。
こうして2人きりで、特別な帰り方をすることを私が喜んでいること。そして、パーシヴァル様の優勝を、本当に喜んでいることも。
もっと、怖いとか、行かないで欲しいとか、辞退して欲しいとか感じるかと思ったけれど、パーシヴァル様は剣で結果を出した。
それが本当に嬉しい。そして、即座に私を迎えにきてくれたことが、何より嬉しい。
もとよりそんなにお喋りは上手な方ではないけれど、私はパーシヴァル様の腕にすっぽりと収まったまま、ゆっくりと、のんびりと、一緒に屋敷へと帰った。
……その後、そろってお義母様のお説教を受けてから、お風呂に入り、晩餐となったのも、またいい思い出になったけれど。




