58 パーシヴァル様対フレイ殿下
案の定、フレイ殿下は危なげなく四回戦を終え、パーシヴァル様との決勝戦になった。
決勝戦は何か特別なのか、今までの近衛騎士たちが一斉にコロッセオの対決場所に出てきて、試合をする場の周囲に並び、剣を片手で頭の中心にかかるように構える。
胸元で握られた剣は微動だにしない。今日、ここにいる敗退した28人の騎士が、最後の試合を見届けるために整然と並んだ姿は、コロッセオ全体の空気を引き締めた。
どちらが勝っても、彼らは正当に戦い、負け、そして今後従う側になるという意思表示らしい。そういえば、マントを付けた騎士は一人もいなかった。
隊を率いる立場になる人間は、確かに1対1の対決では実力が分からないだろう。きっと、だからこそ、パーシヴァル様は今日この日に全力を出し、フレイ殿下もまた、パーシヴァル様の挑戦に対して挑んだのだろう。
フレイ殿下に人を率いる器があるか、という意味での戦い。そして、パーシヴァル様にとっては、守るべき殿下を倒し、強さと隊を率いる実力があると示す戦い。
私はからからの喉に一息にアイスティーを注ぎ込む。今度は、きっと、聞こえる声で叫びたいと思った。
「武闘大会決勝戦、フレイ殿下対騎士パーシヴァル。試合、はじめ!」
審判の声が高らかに響く。
それと同時に、向かい合ったパーシヴァル様とフレイ殿下が互いに兜を脱いで捨てた。まるでそう決めていたかのように同時に、陽光にきらめく金髪も、燃えるような青みがかった銀髪も、汗でぐしゃぐしゃだ。
でも、きっとそうじゃない。相手の目を見て戦いたかったのだと思う。真っ直ぐ剣を構えて動かない2人の間では、きっと空気も、視線も、言葉以上に何かを語っているはずだ。
暫く、彼らは相対して動かなかった。観客も声を発さない。この2人の決闘を見守る敗者たちが、沈黙しているからだろうか。
先に動いたのはパーシヴァル様だった。
今、パーシヴァル様は両手に剣を構え、剣先を斜めに地面に向けているような姿勢だ。左肩を前に出し、膝を使っていつでも動けるような姿勢で相対していたが、その膝をぐっと縮めて一気に身体を運びながら、斜め下から斬り上げる。
対するフレイ殿下は、それまでのパーシヴァル様と似た構えを取っていた。違うのは、剣の持ち方。刃を前に出すのではなく、剣を後ろに、切っ先に逆に拳を添えるようにして、まるでそれは一突きで相手を倒すような構え。
フレイ殿下が先に動いていたら、また違ったかもしれない。でも、パーシヴァル様が先に動いた。
私には剣のいろはのいも分からない。けれど、どちらも相手の最初で最高の一撃に対して、何かしら対応する構えだったのだと思う。
前傾に構えていたフレイ殿下が、上半身の構えはそのままに、脚を使って斬り上げから後ろに身体を倒して飛んで剣を避ける。
斬り上げた剣をそのまま振り下ろすようにしてパーシヴァル様が攻めると、両手で剣を構えた殿下が斜めに刃を構えてそれをいなす。甲高い金属の擦れる音がした。
そこで剣を落とすようなパーシヴァル様ではない。途中で自分の剣を弾いていなされるまま姿勢を崩さないよう、斬り結ぶ形をとった。
「そろそろ私を認めてもらいましょう、殿下!」
「パーシヴァル! お前はいつも私を見ていなかった! だが、今日は違うな!」
「それはこちらの台詞です! 貴方が見ていた子供の私ではないと、見てくださったことには感謝します!」
斬り結んだまま、力比べの様相を呈した2人が、大きな声で叫び合う。観客も、他の騎士も沈黙したコロッセオの中に、2人の本音が響く。
「私はあなたを、国を、守る者としての矜持があります! なので、あなたを倒す!」
「国を守るのは私の役目でもある! それを証明してみせろ、パーシヴァル!」
ガイン! と、鈍い音をたてて剣と2人が離れる。それでもそこまで遠く無い、何度も剣を合わせ、鈍い音をたて、必死の形相で戦っている。
ここからでは顔が見えないけれど、きっとそうだろうと思う。実力も気迫もお互いに一歩も引く気配がない。拮抗した、最後まで勝ち残った騎士と王太子の戦い。
水を差すような真似は控えなければ。見ていて、と言われたのだから見ていなければ。
私が自分にそういくら言い聞かせても、私は、パーシヴァル様の背を押したかった。
「ミモザちゃん?!」
「パーシヴァル様、勝ってください!!」
いきなり立ち上がった私に驚いた声をあげたお義母様の声は聞こえていたけれど、静まり返って剣戟の音だけが響くコロッセオの中で、私は必死に叫んでしまった。
その声に気を取られるような2人ではない。けれど、私の応援が呼び水になって、コロッセオの中では、パーシヴァル様を応援する声と、フレイ殿下を応援する声と、どちらを応援しているかも分からない声が、波紋のように広がった。
一気に歓声に包まれる。歓声の中で剣を合わせてはいなし、弾き、また打ち合う二人に、コロッセオ中の視線が集まる。
もうすぐ5分経過してしまう。ここまで斬り結んで判定がどうなるかは分からないけれど、パーシヴァル様に勝って欲しい。
私が手を、神に祈るように組んで、それでも視線は外さないまま見詰めた瞬間の出来事だった。
これまで通りに正面から斬り結ぶと思ったパーシヴァル様が、いきなりしゃがみこんだのだ。
フレイ殿下の剣は斬り結ぶ心算で宙を斬り、その剣を立ち上がる勢いのままパーシヴァル様が弾いて飛ばした。
完全に不意をつかれた殿下の剣が、乾いた音をたてて地面に落ちる。同時に、顔の間近を斬り上げた切っ先に、フレイ殿下が姿勢を崩し、そこにパーシヴァル様が鎧を着た胴に剣の平らな面を思い切り打ち込んだ。
金属のぶつかる重くて鈍い音。そのまま、フレイ殿下が倒れる。
「勝者、騎士パーシヴァル! よって、今大会の優勝者は騎士パーシヴァルとなる!」
地面に立ったまま、剣を宙ぶらりんにぶら下げて持っているパーシヴァル様と、倒れたままそのパーシヴァル様を見詰める殿下。二人は、肩で息をして暫くその声が耳に入らないようだった。
一度俯いた殿下が、息を整えるように何度か深く呼吸をして、顔をあげて大きな声で笑った。その顔も、声も、王妃様を思わせる。冷たく熱い、苛烈な薔薇が王妃様だとすれば、フレイ殿下は年若い獅子のようだ。
そして、殿下からパーシヴァル様へ手を伸ばす。パーシヴァル様も、その手を取って立ち上がらせた。
二人が暫く、そのまま固く握手する姿を見て、私は椅子にへたり込むように座ると、いよいよ泣いてしまって眼前がぼやけた。




