57 二回戦からの快進撃
ある程度一回戦で実力者が絞られたからなのか、二回戦からの試合は一瞬で決まるか、時間いっぱいで判定待ちになるかのどちらかだった。
パーシヴァル様は抜きんでていたように思う。剣も、戦いも、想像の中でしか見たことの無い私ですら、『鮮やか』と思ってしまう程に。
二回戦の最初の試合、パーシヴァル様は一回戦より素早かった。相手の構えなど委細構わず、パーシヴァル様の刃と身体を一直線にする構えからの、一気に急所すれすれを狙う突き一つ。それで勝ち上がっていく。
他の試合も勿論白熱していたし、恐ろしいまでの気迫と、試合が進むにつれてのコロッセオ全体の盛り上がりに、私はずっとドレスを握っていた手に汗をかいていることにも気付かなかった。
パーシヴァル様はもう、此方を見ない。二回戦が終わり、三回戦に進み、四回戦になるというのに、パーシヴァル様が見ているのはじっと爪を研いで待っているフレイ殿下なのだろう。
眼前の敵……試合相手に試合時間中は集中し、それでなおその先にフレイ殿下を見据えているのだと分かる。
フレイ殿下も三回戦から試合を始めていたが、やはり体力に余裕があるからか、逆にゆったりとした試合運びのように見えた。
相手の攻めを見てから、自分の動作を決める。相手の動きを読むこと、相手より先に動くこと、それはパーシヴァル様がやっているが、体力自体は温存できても精神力を削るだろうと、私は想像できた。
フレイ殿下はその精神力すら温存している。体力の温存は一回戦の後の二回戦にのみ恩恵があるが、その分精神力に余裕が生まれる。
相手の動作を待つこと、それに合わせて自分が動くというのは、戦いの上で有利なのかもしれない。どこで反撃されるか分からない、相手がどう動くか分からない、という状態でいるよりも、相手がこう動いたらこう返す、というような余裕を感じる。
同じ扱いをしてはいけないのだろうけれど、私が最初に姉のカサブランカにお酒を掛けられそうになった時には何も考えることができなかったけれど、二回目にティーカップを投げつけられそうになった時には「あぁ、ティーカップを投げつけられるな」と思う余裕があった。いえ、避けなければとかまでは考えが及ばなかったけれど。
パーシヴァル様がやっていることは、まさに最初にお酒をかけようとしたカサブランカのそれだ。それを、理性と思考の上でやっている。相手の状況をねじ伏せて、無理矢理倒すという気迫の剣。一歩間違えれば反撃を喰らうだろうに、パーシヴァル様の姿を見ている私は、あぁこの人は負けない、と心のどこかで確信して見ていた。
対するフレイ殿下は、ティーカップを投げつけられた時の私と同じことを、もっと高度な次元でやっている。相手の動作を見て、その先の結果を瞬時に判断し、どう反撃するのかという一連の動作には隙も無駄もない。
思考の上で精神的に余裕があるのは、確実にフレイ殿下だろう。それでも。
それでも、私はパーシヴァル様に視線が釘付けになっていた。
余裕のある微笑みを浮かべるパーシヴァル様でも、私相手に固まってしまうパーシヴァル様でもない。
今そこにいる、近衛騎士パーシヴァルという存在の圧倒的な気迫と剣。私の知らない、戦うパーシヴァル様。
お義母様の少し困ったような表情の意味が分かる。
これは試合。だけれど、戦場では1対1はそうそう起こり得ない。
試合なのに、見ているだけで身が竦むような恐怖が確実に自分の中にある。知らない旦那様の姿。命のやり取りをする騎士の姿。圧倒的で、その存在感と気迫に圧される。いつもなら隣にいるはずの同じ人とは思えない。
それでも確かに、大事な人がその命を賭けて戦場に立つ、その一端を私もお義母様も見ている。きっと、騎士団員の応援にきた家族も同じ気持ちだろう。
心配と、信頼。勝利を確信する気持ちと、決してそれを受け容れられない気持ち。
綯交ぜになる複雑な感情を、どうしていいか分からない。ドレスを握る手に力がこもった。
『見ていて』
パーシヴァル様の穏やかな笑顔と言葉、声音が、鮮やかによみがえる。
私が見ていることをパーシヴァル様は望んだ。きっと、こんな気持ちになることだって分かっていて。
見ていることが、パーシヴァル様にとって力になるなら、私は見ていよう。
試合でなく、戦場に行くときにはきっと、待っていて、と言われるのだろう。でも、今は試合だ。見ていることがパーシヴァル様の背を少しでも押せるのなら。
「頑張って……!」
聞こえるはずもない、からからに乾いた喉から絞り出すように出てきた、私の掠れた声。
四回戦が始まり、パーシヴァル様が中央に歩み寄り、剣を構えたその姿に。
届かないと分かっていても、もう充分に頑張ったことを知っていても、私の中から溢れてきた声。
兜を被っているから分からないけれど、その声に一瞬、パーシヴァル様が此方を見た気がした。
試合の開始の声と同時に、パーシヴァル様は今までで一番の早業で剣を繰り出す。
もはや私の目では追い切れない、何が起きたのか理解できないまま、相手の剣が宙を舞い、尻もちをついた騎士の首に剣先を向けている。
「勝者、パーシヴァル!」
その声に、私は言葉にならない叫びをあげそうになる口を、両手で抑えた。
次、フレイ殿下が勝ち上がれば、いよいよ二人の決勝になる。
私はあのマントを、パーシヴァル様に渡したい。今日、この大会が終わった後に。他の誰の為でもない、パーシヴァル様の勝利を信じて、パーシヴァル様の無事を祈って刺繍を入れたマントを。




