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56 お昼の時間

 一回戦で午前中の試合が終わり、新たな対戦表がランチの具を挟んだパンと一緒に配られた。


 お茶のお代わりも大きな容器でそれぞれのテーブルに置かれ、向かいの平民側でもお昼を売り歩く声、それを買う声が盛んに聞こえてくる。


 パーシヴァル様にすぐにも会いに行って激励したかったが、それは禁じられているらしい。気が立っている騎士の傍に行くのは良くないことらしく、遠方から騎士団に入団した家族や友人、恋人を応援にきた平民も会えるのは試合が終わった後らしい。


 ずっと緊張して強張っていた身体では、見ただけでは食欲も湧かなかったが、一口齧りついたら意外とお腹が空いていることが分かった。


 お義母様と一緒に対戦表を見ながら、騒がしくも先程までの緊張感が解けた喧噪の中でお昼を行儀よく食べる。あまり外で食べる、という事がなかったが、こうして外で摂る食事もいいなと思った。


「あぁ、やっぱりフレイ殿下が二回戦免除ね。名前がないわ。パーシーはまた初戦だから、少しは休めるだろうけれど……」


「皆さん、勝ち上がった方ばかりですから……、いえ、パーシヴァル様ならきっと大丈夫です」


「ふふ、そうね。それに、二回戦免除は良いことばかりではないのよ。執筆も刺繍もそうだと思うのだけれど、一度休憩や食事が挟まると集中力が途切れたりするでしょう?」


「そうですね、その日はもういいか、となってしまいます」


「戦わずに、フレイ殿下は集中力を切らさないでおかなければいけない……、という点では、パーシーが有利でもあるわ」


 そんな会話をしながらパンを食べ終わった私とお義母様は、お茶もしっかりと飲んで、順にお手洗いに立った。


 私が先に済ませて、お義母様が入れ替わりでいった。ちょうどお昼時は混み合うこともあって少し時間が掛かってしまったが、適度に汗もかいていたし、一応済ませておきましょう、という感じだったので別段困ったわけではない。


「やぁ、今日は楽しんでいるか?」


「王妃様……!」


 戻った所には、ちゃっかり私の席に座った王妃様がいらっしゃる。王妃様が頻繁にお茶会を開いていらっしゃるのは貴族の女性陣では知らない人がいない事実なので、目立ちはするが、すぐに場に馴染んでいた。


「私の番ね。少し王妃様とお話して待っていてちょうだい」


「は、はい」


 お義母様が立ち上がると、王妃様がお義母様の席に移って私はお隣の自分の席に座った。


「一回戦、皆よい試合だったな」


「はい。とても……、すごい気迫と、技でした」


「ややこしいから名前で呼ぶが、アレクサンドラはいつもこの緊張感の中にいる。近衛騎士団長の前口上を聞いたろう? あの声の迫力は、背負っている命と責任の重さが籠った声だ。家ではもちろんそんなそぶりは見せないだろうが、アレクサンドラはいつだって、近衛騎士団長を心配している」


「……」


 王妃様の言葉に、私は沈黙を返すしかなかった。


 確かにお義父様はいつも優しく穏やかで、お義母様もそんなそぶりは全く見せない。きっと、暗黙の了解なのだろう。


 パーシヴァル様もそうだ。家では、私に優しい、時々固まってしまう優しい人。ここの所はずっと二人の時間は持てなかったけれど、それはもしかしたら、勝ちたいがための鍛錬の他に、自分の厳しい面を私に見せたくなかったのかもしれない。


「ミモザ嬢、君はいずれ騎士団長となったパーシヴァルに、アレクサンドラのように接することができるか?」


 泣き暮らすような、心配しっぱなしの妻では、家でもパーシヴァル様は気が休まらないだろう。


 だが、私とパーシヴァル様はちゃんと誓い合っている。約束がある。


 ぎゅ、とドレスを握って、私はへたくそに笑った。これを他人に言うのは初めてのことだ。


「えぇ、もちろんです。……パーシヴァル様は剣で、私は針で、共に戦う仲間ですので」


 私の言葉に、王妃様は目を見開くと、声を上げて笑って席を立った。ちょうどお義母様が戻って来たところで、どうされました? と王妃様に尋ねている。


「いや、いい嫁を貰ったのだな。アレクサンドラも鼻が高いだろう」


「ふふ、ミモザちゃんはいい子でしょう? ダメですよ、もううちのパーシーの奥さんですからね」


「大丈夫だ、その点はしっかりフレイを叱りつけておいた」


 その言葉に目を丸くしたのは私だ。王妃様が叱りつけたうえで、私は自分でも相当なことを言ってしまった。


 やりすぎだったのではないかと今更不安になっておろおろしていると、王妃様が「気にしなくていい、いい薬になった」と仰って去っていかれた。


 入れ替わりで席に戻ったお義母様が小さく笑う。少し困ったような笑いだった。


「いい薬になりすぎて、本気にさせてしまったけれどね。パーシーのことを侮ってくれていたらよかったけれど……いえ、それじゃあパーシーにもフレイ殿下にも失礼ね。さぁ、午後が始まるわよ」


 お義母様の声に、私はコロッセオの中心に視線を戻した。パーシヴァル様は順調に勝ち上がればあと4回の試合が残っている。


 まだまだ、緊張はほどけそうもなかった。

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