52 武闘大会での再会
その日の賑わいは凄まじいものだった。
私はお義母様と一緒に、王宮にあるコロッセオという建物に向った。今日は平民もチケットを買えば観戦できるらしく、そちらの入り口の混雑ぶりは凄まじい。食べ物を売る屋台も立ち並び、大変な盛況ぶりだった。まるでお祭りだ。
外から見たときは円型の味気ない建物に見えたけれど、近付けばこの調子だ。貴族専用の入口は空いており、馬車から降りて、ところどころ燭台がある暗くて長い、登りの緩い傾斜がついた通路をずっと先にある出口まで歩いている。
パーシヴァル様とは、結局昨夜もゆっくり話はできず、顔や身体の擦過傷や打ち身の痕が服の外にも覗いていて、晩餐の席でもどう声をかけていいか分からずに今日を迎えてしまった。
ただ、今朝パーシヴァル様が朝早く出掛ける時、見送りに出た私が不安な顔をしていたら、笑顔で頭を撫でてくれた温かさが、まだ残っている気がする。
顔をあげた私に、パーシヴァル様はただ「見ていて」と言って出かけていった。私は、人が戦う所を見るのは初めてだけれど……想像の中、本の中の戦いは頭の中に浮かんでも、実際に剣を打ち合う所を見るのは初めてで、怖くもあるけれど……。
絶対に目を逸らさない、と、決めてお義母様と一緒にここにきた。
通路の先、出口まであと少しの所に、逆光に光る銀髪が見えて、一瞬足を止める。お義母様が、私を庇うように一歩前に出て淑女の礼をする。私も戸惑いながらそれに倣った。
「いい、頭を上げてくれ。今日は……非礼は詫びたが、改めて、ミモザ嬢に伝えたいことがあって待っていた」
頭を上げた私はお義母様に目配せし、そして声の主、待っていたフレイ殿下をまっすぐに見る。
「……今日は、私とパーシヴァルが必ず決勝で当たるだろう。決勝までは当たらない組み合わせになっている、クジというのは不思議なものだが、そういうめぐりあわせのようだ。私は、決して手を抜かない。必ず勝つ。……それだけ、言っておかなければと思った」
私に対しての非礼は、確かに冗談にしては過ぎたものだったが、パーシヴァル様から伺った限り、フレイ殿下が見ているのは私ではなくパーシヴァル様だ。
先日、私も言葉でさんざんお返ししたので済んだ話ではあるが、フレイ殿下はそれを気にして自分がわざと負けるような真似はしない、とわざわざ私に宣言しにきたらしい。
パーシヴァル様は、必ず勝つとは言わなかった。ただ、見ていて、と言っただけだ。私は、今日までのパーシヴァル様がどれだけ頑張って来たかを知っている。だから、その結果がどちらに転ぼうとも、見ている。
「フレイ殿下……、はい、私はパーシヴァル様の妻です。なので……、応援はできませんが、全力で当たられる事をパーシヴァル様も望んでいると思います」
「そうか」
「私はパーシヴァル様を応援いたします。勝って欲しいと……結果、手に入れるものの為ではなく、今日までのパーシヴァル様が報われることを、望んでいます。ですが……、その、フレイ殿下。パーシヴァル様もフレイ殿下と全力でぶつかることを望まれているはずです。ですので、あの……」
頑張ってください、とパーシヴァル様を応援する手前言うのもおかしな話だ。そこで言葉に詰まってしまったが、殿下に意図は伝わったらしい。
「あぁ、私も、パーシヴァルも、子供の頃とは違う。全力で戦おう」
そう告げて、通路の先へと消えていった。
「ミモザちゃん、パーシーに見ていてと言われたの?」
フレイ殿下が去ったあと、お義母様に尋ねられて、私は不思議に思いながら頷いた。
「そう、あの子が……ミモザちゃんが強い子だって、ちゃんと理解しているみたいで嬉しいわ。さぁ、行きましょう。コロッセオの中はとてもすごいのよ。最前列に席があるから、迫力も凄いわよ。もちろん、剣の刃は潰してあるから大きな怪我や死人が出る事は滅多にないから安心してね」
それを聞いて、私は少しだけほっとした。そして、滅多にない、ということは可能性は残っているのかと、やはりまた少し体が強張る。
「その、滅多というのは……」
「暑いじゃない? 鎧を着ていると余計に暑いのよ。私たちはパラソルの下に席が用意されてますけれどね、なけなしのお金でチケットを買った平民の観客が脱水症状で倒れちゃうことがあるのよ。だから、水を配り歩く人もいるのよ。だから、今はほとんど安心していていいのだけれどね」
答えを聞いて少しだけ拍子抜けした私は、お義母様がわざと私の緊張を解こうと話してくれたことに気付いて顔を見合わせて笑ってしまった。
「でも、パラソルの下だからと言って油断してはダメよ。ちゃんと冷たいお茶が回ってくるから、観戦に夢中にならずに水分を摂ってね」
そう言ったお義母様と一緒に、白く光るコロッセオの入り口を潜った。




