4 シャルティ伯爵と伯爵夫人
「いや、よく来てくれたね。カサブランカ嬢は病弱ということだったが、命に障りは……?」
「いえっ! はいっ! その! お世話になります! 姉はあの、安静にしていれば……はい」
一先ずの着替えと大好きな本だけを入れたトランクを、今日からこの部屋を、と言われて広い部屋を与えられた私は、着替えをクローゼットに移したり机に並べたりして晩餐までを過ごした。
侍女のルーシアが専属で付いてくれて手伝ってくれたので、すぐに終わった。残りの荷物は私が追い返されなかったら、明日届くことになっている。
嫁入りに来たというのに、私は冴えない茶色っぽいベージュのドレスにブローチという、少々芋っぽい格好だ。私の中では、今日は門前払いされる予定だったのに。
それでも受け入れられたからには、嫁として一生懸命やっていかなければ! せめて、浪費癖はお母様から遺伝しなくてよかったと思う。
あのキラキラしく変貌された、釣書の少年の今のお姿を見たら、お姉様は一発で健康になり神の奇跡です、とかなんとか言って私を蹴り出し嫁に収まることだろう。
とはいえ父と伯爵の間ではすでに書面で取り決められている事だ。それを覆すわけにもいかないし、そもそも指名を嘘で断った事だってばれたら危うい。
相手は国王陛下の覚えもめでたい近衛騎士団長様だ。ちょっと、家ごとどうなるか分からない。お父様も珍しくお姉様に暫くの社交活動の禁止を厳命していた。
「遠慮せずに食べてね、ミモザちゃん。お口に合うかしら?」
「いただきます……!」
考え事をしていた私は、伯爵夫人に促されて、さっそくスープを口に運んだ。コーンの濃厚な香りと甘さ、なのにザラつきは全くない滑らかな舌触り。
このスープだけでも延々と飲んでいられそうだ。
シャルティ伯爵は灰色の髪を後ろに撫で付けて口髭を蓄えた立派な方で、伯爵夫人はおっとりとした見た目だが、薄い金髪の洒落たお上品な方だ。
振ってくれる話題に緊張しつつも答えながら、私はなけなしの社交性を駆使して料理を褒めた。
今まで食べてきたものが悪いとは言わないが、なんというか、無駄がなく美味しい。濃すぎたり脂っこすぎたりしてなく、かといって素材の味、だなんてこともない。本当に美味しい。
私のお向かいに座るシャルティ次期伯爵とも会話をした。今のところはまだ、名前で呼ぶほどお互い親しくないので、伯爵、夫人、次期伯爵、と呼び分けている。
「ミモザちゃん、明日荷物が届くのでしょう? 私も手伝ってもいいかしら。もっとミモザちゃんと女同士で仲良くなりたいわ」
「へっ、えっ?! あ、はい、もちろん、そうしてくださると、私も嬉しいです」
こんなドモリ気味の人見知り全開の私に、夫人はとても優しくしてくれる。
しかし、これが夫人の罠だったとは……伯爵と次期伯爵が困ったように笑って顔を見合わせるのを、私は料理を頬張って見逃していた。