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39 ささやかな贈り物から

 帰り際、庭から渡り廊下の入り口に立って夫人たちを見送る王妃様に、一番最後にお義母様と私は挨拶をした。


 その際、持ってきたプレゼントの小さな箱を従者から受け取り、王妃様にそっとお渡しする。どんな方か存じ上げなかったから、贈っていいものかどうか悩ましいとは思ったけれど、今後も参加して欲しいというのなら、私も私にできる精いっぱいで王妃様に応えたいと思う。


 刺繍が……他の方のように市井にどう浸透するかは分からないけれど。


「これは……?」


「あの、王妃様もアレックス・シェリルの愛読者とお伺いしましたので……『水晶靴の王妃』をイメージした刺繍のハンカチをお持ちしました」


 アイスブルーの箱にかかった金色のリボンを無造作に解いて蓋を開けると、刺繍の一番きれいな部分が見えるようになっている箱の中身をまじまじと王妃様は見詰めている。


 一流のお針子が一点もののドレスを仕上げているだろう王妃様に、私の刺繍は拙く見えるかもしれないけれど……、と不安に思っていると、王妃様はそのハンカチを取り出して広げてまじまじと眺めている。


「ミモザ嬢は、あれかな? 図案はどうしているんだ?」


「私は……その方や、その、アレックス先生の本や、他にも本や人からインスピレーションを得て刺繍をしています。図案は……描いたことがないです」


 私の言葉に、お義母様まで目を丸くしている。王妃様もだ。


 何か変なことを言ってしまっただろうか、と固まっていると、王妃様は丁寧にハンカチを畳むと箱に戻し、ご自分の従者に部屋へ、と言って運ばせた。


「とても気に入ったよ、ありがとう。そう、図案を引かずにあれだけのものを……ふふ、いいね。シャルティ夫人、素晴らしい娘を得たじゃないか」


「えぇ、えぇ。うふふ、まさか図案を描いていないとは思いませんでしたわ。彼女は昔から、私の新刊が出るたびにイメージの刺繍を施したハンカチを贈ってくださったんですけれど……」


「なに、それは見たいな。今度是非持参してくれ」


「実は、テーブルクロスもあるんですのよ」


「それは貸出はあるのかな? ミモザ嬢」


 にこにこと自慢気満足気に笑うお義母様と、好奇心と圧倒的な迫力の美で此方を見てくる王妃様に見詰められて、私は一歩後ずさりながらこくこくと首を縦に振るので精いっぱいだ。


 指ではじいたら首を振り続ける人形のようだったに違いない。今、自分がどんな表情をしているか想像するのも難しい。


「では、アレックス・シェリルのお茶会を王宮で催してもいいだろうか? 先生」


「おほほ、構いませんわ。王妃様のお好みのままに……あぁ、その時は、もう一人若いお嬢様をお呼びしてもいいでしょうか?」


「構わないよ。今度のお茶会はアレックス・シェリルのお茶会だ、招待客も君に任せよう。予算も何も王宮が持つ。好きに招待客も選びなさい」


「ありがとうございます、王妃様」


 お義母様が深く礼をするのに合わせて、私も頭を下げた。どことなく男性のような話し口なのに、下品な所や野卑たところが無い。礼を欠いているとも思わないし、とても気品がある。


 そんな王妃様は、あぁ、忘れていた、と呟いた。


「私の名前はオパール。オパール・フォン・クロッカクス。一応この国の王妃……というのはまぁ、分かっているか。人目が無い所でならば気軽にオパールと……」


「駄目ですよ、王妃様。ミモザちゃんがいじめられます」


「あぁ、そうだな……、仕方ない。いつか花開いた時には、そう呼んでもらおう」


 お義母様が窘めてくれなければ(王妃様を窘めるお義母様も凄すぎるのだけれど)私は王妃様を名前で呼ぶことになっていたのだろうか?


 お、恐れ多すぎる……! 呼ぶだけで心臓が破裂してしまう……!


「光栄、です。今はまだ、どうか、王妃様と……」


「あぁ、いつかまた。きっと呼んでくれる日が来ると信じているよ、ミモザ嬢」


「ありがとうございます……」


 今日は、帰ったらきっと倒れるように寝込む気がする。緊張にばくばくと煩い心臓のまま、お義母様と一緒に御前を失礼して馬車へ向かった。

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