表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/63

38 王の社交場

「さて、紹介も済んだことだし、いつも通り市井の様子を聞かせてくれるかな?」


 王妃様は実に大胆に、背もたれと手摺付きの豪奢な椅子に身体を預けて、スリット入りのドレスから脚を覗かせて組んで座っている。その様子が全く嫌味が無く、媚びるような色気も無く、ただただしっくりとくる。


 青い薔薇、と思ったが、間近で見る王妃様はまるで獅子だ。『水晶靴の王妃』とは全くイメージが違うので、帰り際にハンカチを渡そうとは思うものの、次はもっと似合う刺繍の物を贈りたい。


 お茶会の席には私を含めて10人が招かれていて、一番の上座に王妃様が座っている。


 話す順番は決まっているようで、これがいつもの面子なのだろう。市井の様子といっても貴族街のことだろうと思っていたら、ここに呼ばれる人はやはり少し特別なようだった。


「そうですね、私の経営するブティックの系列店では、市井の流行りとして完全に肩を出したワンピースが流行っているようです。貴族間では2年程前の流行ですが、ちょうど上の部分をゴムを入れて縫う事でずりおちて来ないし動きやすい、暑いから風が当たる面積が大きい、……少し大胆に見える、というのが理由のようです。夏場なので薄く安い生地でフリルを重ねるようにして作ったものが、体型面もカバーしてくれるようで人気ですわね」


 と、言ったのはお義母様と同じくらいの年代のウェンベルト侯爵夫人だ。まさか、事業を行って、それが一般市民の方にまで波及しているとは思わないし、そこまで細かく把握しているなんてすごい事だ。


「食べ物ですが、南東から入って来た香辛料をふんだんに使ったカレーという料理なんですけれど、最初は辛すぎたので我が家で研究したところ、スパイスの配合と材料次第で辛くないものにできましたわぁ。市井で売られる肉は臭みがある野生のものも多いですから、このスパイス自体をカレーとは別に携行品として流行らせられるといいのですが……我が国では採れないスパイスもあるので、現状はやはりお値段が高くなってしまいますわねぇ」


 続けたのはおっとりとして丸い顔と身体をした優し気な、メイベル伯爵夫人だ。メイベル伯爵は輸出入の部署に勤めている方よ、とお義母様がこっそり教えてくださったが、それを国にどう広げていくか、どう活用するかを夫人が研鑽しているということに驚く。


「ふぅん、服の流行は巡るものだからな。また2年後位には貴族でも肩を出したものが流行るかもしれないな。ただ、同じでは芸がない。デザイナーには今から新しい肩を出しつつ、斬新なデザインを少しずつ考えさせてくれウェンベルト夫人。そして、香辛料についてだが、我が国で採れるスパイスとハーブ、特に臭み消しに有効な物はリストにあげてくれ。ジビエは寄生虫と臭み消しさえできれば王宮でも出せるごちそうでもある。市井は寄生虫は火を通せば安全だと思って食べているだろうが、臭いばかりはな。カレーの辛みが取れたものは貴族街のレストランで出してみてもいいだろう。どうかな? ペルシア夫人」


 王妃様の指示に先の二人が会釈して答え、話を振られたペルシア公爵夫人は貴族街にいくつも店舗があるレストランのオーナーだという。ペルシア公爵は他の事業をやっていて、奥様は奥様で事業をなさっている……すごい、と素直に遠い世界のことのように聞きいってしまう。


 ドレスの流行りがどう、食事は何が美味しい、新しいお菓子は……という感覚ではない。もはやこれは会議だ。


 この国の流行を作る会議の場にいる。なんだか、掌に汗をかいてしまった。緊張感があるという訳ではないけれど、私なんかが……という自虐癖が心の中で顔を出しそうになるのを、ぐっと堪えた。


「メイベル伯爵夫人のレシピの協力がありましたら、ぜひに。香辛料が安定して確保できるまでは、特に大きな1店舗で実験的に出してみようかと思います。それに……我が国のハーブや、葡萄酒などでアレンジを加えてシチューにしてみてもいいかもしれませんね。肉料理として。カレーは薄焼きのパンと食べるものですが、我が国の主流は固焼きの保存の効くパンです。ある程度我が国に寄せた物、も開発していきたいですわね。ご協力していただけるかしら、メイベル伯爵夫人」


「えぇ、もちろん。喜んでご協力しますわ。チーズと牛乳を使ったシチューが主流ですが、牛だとどうしても臭いが……きっとハーブと葡萄酒で作ったシチューは美味しいでしょうねぇ」


 おほほ、と二人のご夫人がその場でさくさくと話を進めてしまう。


「ミモザ嬢、どうだい? 私のお茶会、楽しめているかな?」


「は、はい! あの、皆さま……特技があって、それを貴族だけではなく市井にまで目を向けて拡げてらして……とても勉強になります」


 私は唾を飲み込みながら辛うじて答えたが、緊張しているのが丸わかりだったのだろう。あはは、と王妃様が笑って、まぁお茶でも飲みなさい、と勧めてくれる。


「この国は貴族だけで成り立っているわけではないからな。このように、手広く市井の……平民の生活についても考えなければならない。外貨を稼ぎ、国の大局に使う金や食糧は男の仕事だが、こういう細かい所は女の仕事だ。ミモザ嬢は変に気取らないし、素直でよろしい。今後もこういうお茶会は開かれる、勉強するつもりで都合の合う時には招待に応じてくれるか?」


 本当に、綺麗な女性の声なのに、なんて力強いお言葉なのだろう。私はまだ伯爵夫人でもないけれど、勉強に来てもいいという。これはきっと、この先もこうして世代を継いで、女性が事業を回していく仕組みを途絶えさせないためなのだろう。


 私にできるのは刺繍くらいで、何が役に立つかさっぱりわからないけれど、王妃様のこのお誘いに首を横に振るのは恥ずかしいと思った。


「ぜひ……ぜひ、お勉強させてくださいませ」


 硬い声と表情になったが、私はそう告げて頭を下げた。ごく自然に、この方は女性社会の王だ、と思った気持ちから、頭を下げていた。

先が読みたい、続きが気になる、と思ってくださる方、広告下の星で応援してくださると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ