34 ミモザの花
私が刺繍糸に選んだのは、ドレスの生地よりも光沢のある白い刺繍糸だ。
そんなに大柄の、派手な意匠を縫い取る時間はないし、それでもスカートにいっぱいに散らしたい意匠は糸を買いに行く馬車の中でずっと考えていた。
学名として定められている「ミモザ」という花は、別名でオジギソウとも呼ばれている。花言葉は『繊細』、道端に咲いている、淡い紫の花だ。
その葉っぱに触れると、お辞儀をするように葉を垂れる。だからオジギソウと言われているのだけれど、この名前はお父様が私に考えてくれたものだと思う。
カサブランカも花の名前だし、ミモザも花の名前だけれど、お母様が花に詳しいということはなかった。なんでも派手な物が好きで、薔薇くらいは知っていたかもしれないけれど、よくエントランスに大輪の百合を飾っては使用人が花粉が服について取れない、と嘆いていたものだ。詳しい人ならばそういう事はしないし、せめて庭師におすすめの花を聞くだろう。
子爵邸の庭だからそこまで広い訳ではなかったけれど、それでもエントランスや居間に飾る花くらいは季節ごとに咲いていた。百合は無かったはずだから、花屋で買い付けさせたのだろう。
お父様は来客がある時には、庭師に花を選ばせてこっそりと替えさせていた。うっかり花を落としてしまった、と言って、勿体ないからと自分の寝室に飾るように言って。お父様とお母様の寝室は当たり前のように別だが、貴族の間でこれは珍しい事ではない。政略結婚ならばなおさらだ。
そんな風に家の事を考えてこなかったし、なんだかんだと私は家の中を観察していたことに、こうやって考えてみて初めて気づく。お父様の手紙には、まだ返事をちゃんと返せないでいたが、なんだかこの刺繍をすると決めたら書けそうな気がしてきた。
ミモザの花を縫い取りしよう。葉っぱも装飾になるようにしながら、繊細な小花を散らすように。
つなげての意匠でなければ一つ一つにそこまで時間は取られない。花をたくさんスカートに散らしてから、お辞儀をするというシダのような葉をバランスよく配置しよう。
私は本と刺繍に逃げた。けれど、その時間が無駄じゃなかったことを、シャルティ伯爵家で知る事ができた。
綺麗なお辞儀をする人でありたい。それでも、花はずっと上を向いているから。太陽に顔向けできない花ではないのだから、自信を持って生きていけるように。
ウェディングドレスの白は、あなたの色に染まります、という意味でもあるらしい。そのドレスの中に、お父様がくれたミモザという花を散らそう。全部繋がっていて、私はパーシヴァル様の妻として生きていくのだから。
「この糸をください」
私はいつも緊張していて、本屋さんでも黙ってお会計を済ませていたけれど、今日は両手にいっぱいの白い光沢のある刺繍糸を、笑顔でください、と言えた。
大変なのはここからだけど、一歩前進だ。