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32 貴方は剣で、私は針で

「ふふ、残念だな。ロートン伯爵令嬢に贈ったハンカチ、私も見てみたかった」


「もう10枚は持っていらっしゃるでしょう? 持ち歩いているのに、使って下さらないし……」


「何枚でも独り占めしたい、というのは半分嘘だけど。ミモザ、社交界の華の話を聞いたんだろう?」


 晩餐の後に、私との式を終えたら近衛騎士団に戻るというパーシヴァル様との残り少ない時間を、お茶をする事で満たしていた。昼間は私と過ごす暇がほとんどない。なんだかんだと式の準備は進めているが、基本的には家と家でやる事だから、式に関してはシャルティ伯爵とお父様、あとは夫人が張り切って進めている。


 私たちは基本的に式に要望があるわけでもないので、口は出さない、という事で合意していた。


 パーシヴァル様は、今は伯爵としての仕事を覚えながら、騎士団ではまだ研鑽が必要という事で次期伯爵、のままだ。


 今後もっと忙しくなる。結婚してから、1年もしたら爵位を継ぐことになるだろう。とはいえ、近衛騎士団長としてのシャルティ伯爵の地位はそのままなので、生活環境はあまり変わらないようだけれど。


「えぇ、その……私は本当に社交というものに疎くて、あまりピンとこなかったのですが」


「どんな話だったんだい? 母上が社交界の華という話はよく耳にするのだけど、私もあまりちゃんとは理解していないんだ」


「えぇと……、私はまだ全然、そういうものじゃないですからね。同列にされるのは困るのでそのつもりで聞いてください」


 説明をする前にちゃんと添えておかないと、パーシヴァル様も私を持ち上げそうだ。昼間、メディア様に散々持ち上げられた後なので誤解されるのは勘弁して欲しい、というのが正直な気持ちだ。


「夫人はアレックス・シェリルとしての著書を多数出していらっしゃいます。そのファンの中には王妃様もいて……、他にも、流行に詳しく会話術の素晴らしい方や、詩歌音曲の腕前のすばらしさでよく王宮に招かれる方、刺繍やレース編みが上手な方……、何かしら特技を持って女性の尊敬を集める方が、社交界の華と呼ばれるらしいのです」


「なんだ、じゃあやっぱりミモザは社交界の華じゃないのかな?」


「いえ、私はまだまだ……うまく、お喋りできない事も多いですし。刺繍を褒める為に言ってくださったんだと思います」


 パーシヴァル様との距離感は未だにつかめない所がある。近付きすぎると固まってしまうし、かといって、私はパーシヴァル様の近くに寄りたいと思ってしまう。


 今迄足かせだった引っ込み思案で引きこもりの私は、この人に可愛いと言って貰えたことで少しずつ薄れていっている。最近は少し慣れてくれたので、思い切って肩に頭をそっと寄せて見上げてみた。


「ですが……社交界、女の世界では、パーシヴァル様に守ってもらう訳にはいきません。貴方に恥をかかせる女でもいたくないです。もし、私が戦えるとしたら、針での刺繍です。私の武器は、そうだと思うのです」


「ミモザ……、こんなに素敵なのに、不安なんだね」


「パーシヴァル様と結婚すると決まってから、社交は義務だと思っていました。けれど、今は、社交で支えられるのなら……夫人のように、格好のいい淑女になりたいです」


「では、私はそんな社交界の華になりそうな蕾のために、剣の研鑽を積もう。こうして寄り添いながら、お互い違う戦場にいるのだなと思うと……、うん、以前父上に言われた言葉がちょっと分かった気がするな」


「? 何か言われたんですか?」


 私がきょとんとして聞くと、どこか遠い目をしたパーシヴァル様が考え込んだような顔で壁を見詰めて「これは気が抜けないな」と呟くだけだった。


 一体何に気が抜けないのだろう、と思ったけれど、私は私なりに彼の妻になろうとしている自分に、少しだけ満足していた。

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