31 社交界の蕾
「先日はありがとうございました、ロートン伯爵令嬢」
「……私こそ、前のお茶会の時はごめんなさい。パーシヴァル様と貴女、2人が入ってきたのを見て……貴女に謝りたくて近くにいたの。そしたら……雰囲気が悪くなって、咄嗟にやったことよ。気にしないで」
そう言って綺麗に洗ってアイロンがけされたハンカチを返された。
どこか寂しそうながらも、吹っ切れたような顔のロートン伯爵令嬢に、私は思い切って繰り出した。
「あの……メディア様とお呼びしてもいいですか?」
「もちろんよ……ミモザ様」
「よかった」
これでお友達と言えるかは分からないが、一歩前進だ。
私は夫人が用意していたあの日の替えのドレスの箱と、自分のささやかながら感謝の気持ちを籠めた刺繍を施したハンカチの箱を侍女に運ばせた。
「これは、夫人があの日のドレスを台無しにしてしまったから、と……夫人のお見立てなので、きっとメディア様に似合うと思うのです」
「まぁ……! 過剰なくらいですわ、そんな……でも、ふふ、アレックス・シェリル先生の贈り物と思えば、家宝にしたい位です」
「わかります……! 私も、自分では予算の扱いがうまくなくて、地味なドレスばかりだったのですが……夫人に見立ててもらったドレスはどれも素敵で、全部大事に着ています!」
「本の中の衣装の描写も素敵ですものね。お召し物やお茶会のちょっとした茶器などにもセンスがあって……」
「えぇ、本の中に憧れを抱くのは、先生のセンスがあってこそだと思うのです」
私たちは顔を見合わせてから、夢中になって話してしまったことが少し照れ臭くて、ふふ、と笑い合った。
「こちらの箱は……?」
「あの……私からのお礼です。メディア様をイメージした刺繍を施しましたの」
「まぁ、開けてみても?」
「もちろんです」
そういって、ドレスの箱の何分の1かの小さな箱を丁寧に開けたメディア様は目を見開くと、そっとハンカチを取り出して拡げてみた。
女性がハンカチを持ち歩くのは、一人で参加するお茶会やお買い物の時だけ。男性がいれば持ち歩く必要は無いが、一人の場で恥ずかしい物は持ってもらいたくない。
一生懸命刺繍したけれど、気に入ってくれたかな、と心配な気持ちで真剣にハンカチを眺めるメディア様を窺っていると、何故かとても目を輝かせて……? いるのかな、たぶん、こちらを見た。
「素晴らしいですわ……! テーブルクロスの時は……本当にごめんなさい。でも、貴女の刺繍が素晴らしいのは分かっていたの……それを認められていたのも悔しくて。でも、こうして私をイメージして縫い取りをしてくれたハンカチを見て……分かりました」
一体何が分かったのだろう? と私は小さく首を傾げる。
「アレクサンドラ・シャルティ伯爵夫人は、社交界の華になる器量を貴女に見出していたのですね。今は蕾……まだそんなに人に知られていませんが、この刺繍は芸術品ですよ!」
「お、おちついてくださいメディア様。私が……社交界の華だなんて……!」
しかし、メディア様は一向に落ち着く気配は無く、一通りハンカチのすばらしさを語った後、私に社交界の華の意味を教えてくれた。
そんなに……大層なものではないと、自分では思っていたのだけれど。




