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28 ノートン子爵家の終わり

「今日はご足労願ってすまないな。お呼びたてしたのは他でもない先日の夜会の件だ」


 今、シャルティ伯爵邸の応接間にはシャルティ伯爵、伯爵夫人、パーシヴァル様、私、そしてお父様とお母様、お姉様が一つのテーブルを囲んでいる。


 お茶は出されたが茶菓子は無い。歓迎する意図がないという証だ。先のシャルティ伯爵の声も重たいものだった。


「そしてもう一つ……、まずは夜会の件からが順序としてはよかろう」


 陛下への報告があがった。たぶん、我が家の件も一緒に奏上されたに違いない。


 ただ顔合わせをさせて誤解を解こうというつもりが、カサブランカがあそこまで逆上するとは思わなかった。


 『病弱だから』と断った事で引きこもりに近い生活をしていたのが、本当に精神面を病ませてしまっていたのか、私が居なくなったことで常にストレス発散していたことができなくなったからなのか……、そこまでは、分からないけれど。


 いよいよ、あの話をされるんだ、と思うと手にも背にも冷や汗がつたった。怖い、けれど、このまま何も知らぬ存ぜぬで通せる話ではない。


 そんな私の緊張を隣で感じ取ったパーシヴァル様が、目の前のお父様、お母様とお姉様に視線を向けたまま、私の片手をそっと包むように握った。心配しないで、というように。


「まずは、ノートン子爵令嬢、カサブランカ殿。貴方は今後王室関連の社交行事への出入り禁止だ。隣国の大使を歓迎する夜会において、あのような非常識な行動、王室の名誉に傷がつく。その場で捕縛されなかった事、罪状の追及なく出入り禁止で済んでいる事に感謝するように」


「なっ……! ……く、わ、かりま、した」


 何か言い返そうとしたカサブランカの意気を、シャルティ伯爵の視線が一瞬で殺してしまう。普段は温厚で優しいシャルティ伯爵だが、近衛騎士団の騎士団長の任に就いている方である。小娘一人の反発心など、視線一つで殺してしまえる。


「そしてもう一つ……。ノートン子爵、どうされる? 私から話してもかまわないかね?」


「えぇ、構いません。調べられたのはシャルティ伯爵です、私は最後に結論だけ伝えましょう。そこは私の責任です」


「あい分かった。――ノートン子爵夫人、貴方はノートン子爵との婚姻後、平民の男との浮気が確認された。我が家にカサブランカを招こうとしたのは本当だが、その前にノートン子爵に了解を取り身元調査を行った。浮気相手は今もまだ結婚もしておらず適当な女の家を転々として仕事もしていない。髪色と目の色が貴女と同じ、という口説き文句で口説いた、と言っていたな。身に覚えがあるだろう?」


「……何を仰っているのか、私には」


 一見落ち着いて見えるお母様の表情が、話を聞くうちに消えていった。そして、シャルティ伯爵の方を見もせずに、平坦な声で答える。顔色が少し悪い。


「認めなくとも、男の身元は押さえてある。そして、その頃ノートン子爵は領地に戻っていた。1ヶ月程の妊娠の発覚の前後や出産の前後は無いことではない。しかし、その男と逢引していた期間、当時の貴女付きの侍女、主治医、産婆や乳母の証言から、赤子の様子が早まったり遅くなったりした形跡がない、生理が止まった時期などが判明した。……貴女の浪費癖のためにノートン子爵は当時そこまで調べられなかった。多少の違和感を抱えたまま、実の娘としてカサブランカを育てた。そのカサブランカもまた、貴女と同じで浪費癖が酷かったようだが」


 領地を赤字にしないように働きづめていたのには感服に値する、とシャルティ伯爵は言って言葉を切った。


 顔を真っ赤にしているお母様の表情が恥辱と怒りに満ちている。その隣のお姉様は話を聞いて全て悟ったのだろう、背を丸めて顔を青くしていた。


「さて……当時すぐに調べていなかった私が悪かったと思う。ただし、それは半分だけだ……、妻の管理も行き届かぬ無様な子爵として今後生き、領地はまた、別の誰かが賜る時に譲ろう。離縁し、カサブランカは完全に私の血縁で無い事から、君と共に実家に送り返す。もちろん、浮気に使った金銭、他にも社交の為にと我が家を圧迫していた分の半分は君の実家に……大きな商家だからね、半分は払ってもらおうか」


 シャルティ伯爵の右手側の長椅子の端に座ったお父様は、隣のお母様に真剣な目を向けていた。


 お父様はいつも、お母様の言葉に、目の力に、どこか怯えているのかと思っていた。それか、諦観のようなものを感じていたのか。


 だが、今のお父様は間違いなく、誇りと責任を背負った『ノートン子爵』だ。


「ミモザが出て行ってから私が仕事の合間に全ての書面をまとめ、君の実家にも話は通した。貴族を謀ったことは罪になる……そうだね、本当の理由は公にはしない。あまりにも醜い……詰めの甘い私も、君に侮られたことも、本当に情けないが……私は家督を譲られた子爵だが、それでも貴族社会に入ってすぐ平民の情夫と繋がり私に育てさせた。自覚はあったのだろう?」


 語調は穏やかだが、そこにはどこにそんな胆力を隠していたのだろうと思う、お父様の力強さがある。


 お母様は確信を持って尋ねられ、悔し気に紅の乗った唇をゆがめたが、その口が開くことはなかった。


「離縁状は実家に後程届けさせる。君らが買ったドレスや宝飾品もね。それを処分して慰謝料を払うのも、そのまま持っていて実家に払ってもらうのでも構わないが、残念ながら二度と君の家は貴族相手の商売ができないだろう。私と結婚することが、そのつながりを作っていたからね。……ふぅ、こんなに長くしゃべったのはいつぶりだろうか。私の発言権も無かったからね……、ミモザにも、辛い思いをさせてしまったし、させてしまうが、君はシャルティ伯爵家の人間として胸を張って生きなさい」


 ゆっくりと、だがはっきりと告げたお父様は背筋を伸ばし、晴れやかな顔で私に言ってきかせた。微笑むようなことは無かったが、それでも胸のつかえがとれたような、そんな顔だった。隣に座った母は、何も言い逃れができないと悟り、生家で待ち受けるこの先の人生を思って両手で顔を覆っている。


 お父様はそっと紅茶のカップを取って、もう隣の二人とは他人とでもいうように紅茶を飲んだ。本当に、お父様がこんなに長くしゃべったのは初めて聞いたかもしれない。


 私の目の前にはカサブランカが座っていて、俯いてわなわなと震えていた。


「じょ……冗談じゃないわよ!」


 そして彼女は、私に向って紅茶のカップを……ワンパターンしかないのだろうか……中身をかけるのではなく、投げつけてきた。

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