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26 社交界の華

「なっ……、どなたですの? 何故ミモザなんかを……」


「なんか、ではございません。それに、まずは謝罪が先ではありませんか?」


 私は呆然とロートン伯爵令嬢を見つめていた。


 シャンパンに濡れた髪も顔もドレスも台無しだが、彼女の毅然とした表情と言葉は、とても美しい。


 私がハンカチを差し出そうとあたふたしてる間に、カサブランカは悔しげな顔でロートン伯爵令嬢に謝った。周りの目が自分たちを見て、静寂が成り行きを見守っているのに流石に気づいたからだ。


「申し訳ございません、ロートン伯爵令嬢……」


「結構。私がミモザ様を庇った故の事故ということにします。……ですが、ノートン子爵令嬢? 貴女は社交界で浮名を流す前に、女社会をもう少し学ばれた方がよろしいですわ」


「なにを……」


 女社会をもう少し学ぶ? と、私もやっと取り出せたハンカチを片手にきょとんとしてしまった。カサブランカが言い返そうとするのを、どこまでも毅然としたロートン伯爵令嬢の声が阻む。


「アレックス・シェリル……彼女の本は王妃様の愛読書の一つです。そして、『病弱だったので知りようも無かったかと思いますが』ミモザ様を傷付けたらアレックス・シェリルは筆を折る、というのは今1番の話題でしてよ」


「は……?」


 アレックス・シェリル、が誰なのかもカサブランカは知らないようで、片眉を上げて固まっている。たぶん、聞き取れたのは王妃様の愛読書、と、今一番の話題、という所だけだろう。


「ロートン伯爵令嬢、こちらを……」


「ミモザ! ロートン伯爵令嬢!」


 ハンカチを差し出すと、彼女はそのハンカチにも私が刺繍している事に気付いたようだ。それでも素直に受け取って顔を押さえるようにして拭いている。そこにパーシヴァル様が現れた。後ろに、お父様とお母様、そして鎧姿のシャルティ伯爵と、盛装の夫人を連れて。


「パーシヴァル様……」


「大丈夫か? ロートン伯爵令嬢、何があったのだろうか?」


 展開の速さについていけない私は彼の名前を呼ぶことで精いっぱいで、明らかに頭からシャンパンを被ったロートン伯爵令嬢に心配そうに声を掛けていた。


「私は……アレックス・シェリルの筆を折られるのを防いだにすぎません。そちらの事情は存じませんが……ミモザ様にシャンパンをかけようと、ノートン子爵令嬢がされまして」


 少し硬い声でロートン伯爵令嬢は答えた。好きな人に心配されて嬉しいことも、自分の行いに間違いがなかったこと、それを説明するだけで、感情を滲ませることを控えたように思えた。


 私はそんなロートン伯爵令嬢があまりにも素敵で、思わず近付いて彼女を抱き締めてしまった。


「な、何をしていらっしゃるんですミモザ様!」


「ありがとうございます、ロートン伯爵令嬢……!」


 それがたとえ、私のためじゃないとしても。アレックス・シェリルのファンとして、彼女の断筆を止めるためだとしても。身を挺して守ってくれた彼女に涙が出る程嬉しくなった。


「……ここは、一度控室に行こう。ロートン伯爵令嬢、よければ妻に送らせてもらえるだろうか。君はどうやら、私の妻をも守ってくれたようだ」


「ロートン伯爵令嬢、私が貴女をこの場から誇り高い淑女として家まで送るわ。御礼は改めてさせてちょうだい、風邪をひく前に帰りましょう」


 シャルティ伯爵と夫人の言葉に、ロートン伯爵令嬢は頷き、夫人にロートン伯爵令嬢は連れられて去っていった。


 去り際に、私にこう残して。


「今度……ハンカチを返しにいってもよろしいかしら?」


「えぇ……、えぇ、是非、いらしてください、ロートン伯爵令嬢」


「ありがとう。――楽しみにしているわ」


 シャルティ伯爵家の登場とロートン伯爵令嬢が会場を出るのを夫人がエスコートする様に、様子見をしていた周りの人達がそっと歓談に戻って行く。今日の主役は大使だ、ちょっとした騒ぎになった事をシャルティ伯爵は陛下に詫びに行き、お父様とお母様、まだ何が起きたか理解できていないカサブランカと、私とパーシヴァル様は夜会の休憩室の一つに入り、話し合う事となった。


 今日はまだ、役者がそろっていない。とにかく事実確認だけをし、私たちは会場を出た方がいいだろう。


 私を庇うようなパーシヴァル様の姿に、カサブランカの憎々しげな視線が向いているのが、少し気にかかるけれど。

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